死刑囚の最後の言葉ランキング100選【日本&海外】

95位:李 珍宇-強姦殺人犯

真ん中に写るのが犯人の李 珍宇
出典:goo

「死ぬのは嫌だーー」

李珍宇は、1958年に女子高生を殺害して死刑判決を受けた人物です。

彼は在日朝鮮人で、通名は金子鎮字。事件当時は18歳でした。犯行の経緯は女子高生を強姦する為、ナイフで脅すが抵抗された為に殺害するという身勝手なものでした。

李は後にキリスト教の洗礼を受け、獄中で支援者と往復書簡を交わします。李の刑は1962年に執行され、彼は22歳の生涯を終えています。

94位:孫斗八-強盗殺人犯

孫斗八
出典:日本犯罪調査

「貴様ら騙し討ちにするのか、卑怯だぞ」

孫斗八は1951年に洋品店を営む夫婦を殺害し、金品を強奪した事で死刑判決を受けた人物です。

彼も在日朝鮮人。真冬に薄着で洋品店を訪れた姿をみて、店主は彼に同情し、飲み屋で酒を振る舞い、身の上話を聞いています。

その後、孫は再び洋品店を訪れて店主と妻を殺害して金品を強奪。恩を仇で返したのでした。

1963年に刑は執行されますが、その間に様々な行政訴訟を起こして、刑の回避を図り続ける等、往生際の悪い人物でした。

93位:津田暎-誘拐殺人犯

死刑囚は教誨師から教えを受ける
出典:Wikipedia

「神様のところに行きます」

津田暎は、1984年に誘拐殺人を行った人物です。

当時、少年野球チームの指導員をしていた津田は、チームに所属する泰州君を誘拐。絞殺後に父親に身代金を要求したのです。1985年に死刑が確定し、1998年に刑が執行されました。

津田は獄中で教誨師から話を聞き、キリスト教の洗礼も受けています。刑執行前には、刑務官に礼をいい、教誨師に上記の言葉を残していますが、最期まで遺族への謝罪の言葉はありませんでした。

92位:加納恵喜-強盗殺人犯

加納恵喜
出典:meyou

「死を待ち続ける生活に疲れました」

加納恵喜は、2000年に名古屋市のスナックで女性経営者を絞殺した人物です。

彼は1950年に生まれてから、窃盗などで刑務所での服役を繰り返し、1983年に殺人を犯して懲役15年の判決を受けていました。

加納は人生の大半を刑務所で過ごし、生きる事に執着はありませんでした。また死刑廃止論者の弁護士に、「死刑はあった方がいい」と述べる等、死刑に賛成の姿勢を示しています。彼の刑は2013年に執行されました。

91位:正田昭-死体遺棄殺人犯

正田昭
出典:Wikipedia

「アーメン」

正田昭は、「バー・メッカ殺人事件」と呼ばれる、1953年に証券ブローカーを殺害し屋根裏に遺棄した事件の犯人です。正田も元証券ブローカーであり、当初無罪を主張するものの死刑が確定しました。

死刑確定後は、小説を書くようになっていたといいます。そしてキリスト教に傾倒していたといい、最後の言葉も祈りでした。

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