死刑囚の最後の言葉ランキング100選【日本&海外】

90位:大谷高雄-強盗殺人犯

死刑執行までのテープは資料として提出されたという

「先に行っています。極楽では私が先輩ですからね」

大谷高雄は、神戸3人組で強盗を行い警察官から奪った拳銃で射殺した人物です。1955年に死刑執行され、死刑までの53時間をテープに録音することを了承しています。

最後の言葉は保護課長に対していった言葉だといわれています。この53時間のテープは、ラジオで放送されたそうです。

89位:ロバート・タワーリー – 銃殺殺人犯

彼が最期に残した言葉の意味は?
出典:Wikipedia

「私は家族を愛している。ポテト、ポテト、ポテト」

ロバート・タワーリーは、アメリカの死刑囚であり、1991年に絞殺による殺人を行い逮捕されました。2012年に薬物注射による刑の執行が行われ、上記の言葉を残したのです。

死刑囚とはいえ家族を愛する心を持つのは当然の事。ただその後に、「ポテト」という言葉を3回述べた理由は分かりません。彼にしか分かり得ない何かがあったのでしょうか。

88位:ジェフリー・ウィリアムズ-警察殺人犯

ジェフリー・ウィリアムズ
出典:カラパイア

「アホなポリ公たち、てめえらはさっさと子供たちを殺すのを止めやがれ。若くて罪もない子供たちを殺すのを。。。俺がひとり殺したり殴ったりしたら、さぞかし俺を殺したいだろう。すべては神がしくんだことさ。聞いているか? 俺は俺のことを愛してくれる奴はみんな好きだ。愛してくれない奴は嫌いだ。」

ジェフリー・ウィリアムズは1999年に警察官を銃殺した人物です。

この日、彼は盗んだ車を運転している所を警察官に呼び止められ、逮捕されそうになると警察官の胸を撃って逃亡。警察官は無線で応援を呼ぶものの、そのまま死亡しました。

死の間際に彼は「自分を愛してくれない奴は嫌い」「アホなポリ公達」と罵詈雑言を並べ立てます。反省する事もなく、自らの正当性を主張する様は図々しいの一言です。

87位:服部純也-焼殺殺人犯

服部純也
出典:MATOMEDIA

「執行だけはされたくない。生きて償いたい。死ぬ訳にはいかないのです。何が何でも死刑を廃止して下さい」

服部純也は、2002年に女子短大生を拉致して強姦し、灯油をかけて生きたまま焼殺した事で死刑になった人物です。

服部は幼少期から非行を繰り返す覚醒剤の常習犯。少年院送りになった事もある、筋金入りの犯罪者でした。

服部は死刑判決を受けた時、「マジかよ…」と舌打ちするなど、反省の色を見せていません。最後まで死刑になる事を拒むなど、自らの罪と向き合う事はありませんでした。

86位:中村覚-強盗殺人犯

彼は獄窓の歌人とも呼ばれた
出典:bookface’s diary

「犯罪なき世の中がうちたてられますように・・・・アーメン」

中村覚は1959年に強盗殺人事件を起こし、死刑判決を受けた人物です。

彼は中学卒業後から強盗殺人未遂や放火等を起こし、長期的に刑務所暮らしを続けていました。1962年に死刑が確定し、1967年に刑は執行されました。

中村は俳句の才能が開花。俳句界では「島秋人」と名乗り、その名を知られるようになりました。早くに俳句に出会っていれば、彼も犯罪に手を染める事はなかったのかも知れません。

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