小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

柳田国男をよく知れるおすすめ本9選【子供から大人向けまで】本

「子供からテレビアニメにでてくる妖怪のことをいろいろ聞かれるし、大人向けに書かれた妖怪本を読んでみたいな」
「日本でむかしから云い伝えられている奇譚伝説をまとめた本はないのかな」

そのように考えて書店で本を探された結果、「柳田国男」にたどり着いた方もいらっしゃるかと思います。しかし、柳田国男の著作群には農政官僚として書かれたもの、民俗学研究として書かれたものなどもあり、さながら霧のたち込める樹海のようでもあります。読み始める前にすでに迷ってしまうという方や、その深淵を覗いただけで足のすくんでしまう方も多いと思います。

今回は柳田国男の著作のうち、おすすめの書籍9選を紹介します。子供向けからと大人向けまでの切り口でわけて選定しました。ぜひ参考にしてみてください。

こども風土記/母の手鞠歌 (岩波文庫 青 138-4)

読んでみて

子どもの遊び、その中でも歌をとりあげたエッセイ(『子ども風土記』)と、母親が鞠つきをしながら歌った歌をとりあげたエッセイ(『母の手毬歌』)の二本立てです。

子ども向けに書かれたものですが、今日では大人が読むのにも適しています。例えば「かごめかごめ、かごの中の鳥は」ではじまる遊び歌はどちらかといえば今の子供たちよりは、中高年世代にこそなじみ深いものだと思うからです。

そこに込められた意味が、まさかこんなに深いものだとは…。民俗学という耳慣れない学問の導入として、また子どもたちに伝えてゆく読み物としても大変興味深いです。

みんなのレビュー

女性に加えて、子供というのが柳田民俗学では特権的な地位を得ている。無邪気な好奇心、周囲のものに対する鋭敏な感覚、そして親が捨てたものをしばらくは大事に保存しようとするある種の保守性。どちらも男より女子供に多くある要素である。そして、これは近代人よりも古代の日本人に多く見られた要素であることを示唆する。柳田にとって女子供は、ルソーにとっての自然人でもある。なんてことを言うと女性蔑視だと言われかねない世の中であるが、柳田はここに日本文化への貢献を見、かつこうした文化が失われていくところに近代日本の問題を見る。

引用元:読書メーター

桃太郎の誕生 (角川ソフィア文庫)

読んでみて

いわゆる昔話として、「桃太郎」をはじめとする代表的な作品を取り上げて、全国に分布する亜種を採集、物語の要素を分析し、その言葉の端端や展開にどんな意味があるのかを解き明かそうという壮大な考察です。

いま、よく知られている、私たちが子どもの頃から馴染んでいる「昔話」が、じつはそう遠くない過去に集約された物語で、日本史の中においては比較的「新しい話」という語りには、驚くほかありません。これからも語り継がれてゆくべき昔話が、その実際はどのようなものだったのか、という謎は大人にも子供にも興味の対象になるはずです。

みんなのレビュー

「桃太郎」「瓜子姫」など今も広く知られる昔話や日本各地に伝わる説話を収集・分析し、その変化の過程や源流にある日本人古来の信仰を考察しようという一冊です。柳田先生の日本民俗学に対する熱い思いが伝わってきます。推論を脱しえぬ部分が多い分野ですが、昔の人がどのように物事を考え、どうやって物語が伝えられてきたのか、古に思いを馳せて考えることはロマンに溢れとても楽しいことだなぁ、と改めて実感しました。

引用元:読書メーター

どら猫観察記

読んでみて

柳田国男の家に住み着いた「どら猫」の逸話を中心に、猫についての考察を行った作品です。柳田国男作品の中でも、かなりライトな、気軽に読めるお話ではないかと思います。入門編として読むのも良いかもしれません。

内容は、序盤の書き振り(「一般に人間は猫を疎遠にする傾向を示して居る。」など)とは裏腹にじつは猫たちのことをこまやかに見つめていた柳田国男が垣間見えて楽しいです。

みんなのレビュー

「猫を飼う人が少なくなった」「人と猫との関係は終わった」みたいなことが書かれていて???と思ったのですが、その後も、そうしたことをアタリマエみたいにしてお話が進んで行きます。猫が人語を話したというような話も紹介されるのだけど、何よりも、どうして柳田先生がそんなことを考えてしまったのかが不思議でした。今日のペットショップの状況とかを見たら、びっくりするでしょうね。

引用元:読書メーター

妖怪談義 (講談社学術文庫)

読んでみて

柳田国男が妖怪について語った本なのですが、妖怪の紹介にとどまらず、どこまでも深掘りするのが柳田国男の柳田国男たる所以です。

読み進むにつれ、地方特有の地理や歴史に裏付けられた暮らしや、その中に生きる人間の魂のありようまで解き明かそうとするかのような、筆者の信念を感じるようになりました。

妖怪について語っているのに、まるで妖怪はなにか触媒のようなもので、そのじつ生々しい人間の生について語られているような気がしてなりません。

みんなのレビュー

妖怪。未だにその二文字を目にするだけで心躍る。小学生の夏休みに祖母から買って貰った水木しげるの妖怪辞典を延々と読んでいた時代から今に至るまでその手の話が大好き。柳田国男による彼が生きた時代よりほんの少し前の日本の隅々に感じられた妖怪たちの姿と習性の研究。今はもう例えば『本所七不思議』があったという場所も夜中でも明るくなってしまい彼らの姿を幻視することもなかなか一般人では出来ないけれどこうして文章として残されている限り絶滅は決してしない。妖怪は情報と記憶の中に生きる生命体だ。

引用元:読書メーター

日本の昔話 (新潮文庫)

読んでみて

昔話を集めた本書は、おなじみの「むかしむかし、あるところに…」という書き出しではじまるお話がおおく、テレビ版「まんが日本むかしばなし」を観ていた世代としては懐かしさを禁じ得ません。

注意すべき点は、これらの昔話は創作ではなく、あくまで収集されたものだということでしょう。さらにあとがきにもあるように「子ども向け」の話を集めたものとなっています。各地には多くの物語が口伝されていること、それは財産であり将来に渡していかねばならないことなどに思いを馳せながら、先へ先へと読み進めてゆくことができました。

みんなのレビュー

昭和5年の「はしがき」は児童向けの文章だが、口伝される間にお話が変わっていく原理をきちんと説明している。これだけで著者が信頼に足る人だと分かる。お話は色々転載されてきたらしく、知っているものが多い。「牛方と山姥」は、執拗に追って来る山姥の恐ろしさが癖になって何度も読んだ。我ながら変な子供だったと思う。良い爺と悪い爺の話は各地にあり、人の強欲さとは大したものだ(自分も同じだけど)。長者になる話、神様の話、力持ちの話もバラエティ豊か。動物の話は憎らしかったり親切だったり、自然の中の暮らしを感じる。

引用元:読書メーター

日本の伝説 (新潮文庫)

読んでみて

『日本の昔話』の姉妹版として「伝説」を集めた書籍です。「昔話」も「伝説」も同じじゃないの…と思われるがしれません。このことについては、序文で柳田国男自身がふれています。いわく「昔話は動物の如く、伝説は植物のようなもの」なのだとか。

たしかに、ある地域に土着する伝説は、よその土地へ移っていくことはありません。そういう目線で読むと、昔話とは異なり耳新しい話が多く、新鮮な気持ちで読むことができます。土地柄を伝えてくれる話だけに、こうした伝説ののこる土地を旅して回りたくなりますよ。

みんなのレビュー

息子のための絵本選びの参考にしようと思い、再読。土地にまつわる物語を直に話して聞かせてくれる人がいれば、とつくづく思う。イエのしがらみから開放された現代は、資本主義的な自由と引き換えに沢山のものを失った。それはもう取り戻せないけれど、今改めて神話や伝説の持つ力を見直してみても良いのでは、と思う。流転の激しい人と人との関係に〈絆〉なんて軽薄なキャッチコピーを貼り付けるよりも、人と土地、ひいてはその来歴にまつわる豊かな物語を結びつけることが出来れば、それを仲立ちに自然な集まりが生まれるのでは。

引用元:読書メーター

口語訳 遠野物語 (河出文庫)

読んでみて

柳田国男の代表作として知られる本書は、遠野郷(現在の岩手県遠野市)に語り継がれる物語りを集めた説話集です。元は文語体ですが、文語体になじめないという方も多いと思います。こちらの口語体の方が読みやすさという点では優っていると思います。

個人的に印象深いのは河童のお話でした。というのも、この本を読み、旅のついでに遠野まで足を伸ばしたことがあったのです。いまも遠野市にある常堅寺裏をながれる小川はカッパ淵とよばれています。昼なお薄暗く、川面を眺めていると、この遠野物語に記されたことが単なる伝承だとはとても思えません。遠野物語を読むたび、私は遠野を訪れた日を思い返します。

みんなのレビュー

口語訳と言っても、岩手県遠野市の方言はそのまま用いてくれているので、遠野の雰囲気を損なわずに、とても読みやすい仕上がりになっています。いろんな話がありますが、やはり村娘をさらい、子供を産ませて、さらにその子を食べる「山男」系の話が怖いですね。ちなみに、遠野の昔話でみかける「どんとはれ」という言葉は、結末話法です。「さあ、お話はこれでおしまい。今から現実世界へ戻りますよ」「このお話は私の責任ではありません。あくまでも物語の世界のことですよ」といった意味合いがあるそうです。

引用元:読書メーター

山の人生 (角川ソフィア文庫)

読んでみて

山にまつわる伝承を集めてこれを紹介しつつ、考察を行なうという趣向の書籍です。本書を読むと、いかに日本人の暮らしの中に「山」という存在が密着していたのかをつよく感じることができます。

天狗や鬼や山姥など昔話によく現れる怪異な存在は実在のものであるということ、山に消え、或は山から現れる人々の逸話が各地に残されていることなどどの逸話も大変に興味深いです。

山が呼吸するかのように人を飲んだり吐き出したりしている様子は、不気味に思える一方でどこか人々にやすらぎを与えていたような気もするのです。そしてこのような研究こそ、日本と日本人というものを考えるときに必要不可欠なものではないかと感じます。

みんなのレビュー

かつて日本各地の山々で見られた鬼、人攫い、山人についての論考。現代では信じがたい話ばかりだが、百数十年前までは各地で当たり前に聞かれていた。つまり、長らく山地に多くの人が暮らし、山と関っていたからこそ、そこを舞台とした豊かな物語世界が生まれたといえる。ところで、柳田は戦前にこの論考を著している。戦後、日本の林業は廃れ、多くの人が都会へ流出し、山は荒れた。序で紹介される悲惨な一家無理心中談は、後の時代の山地の姿を予見していたといえ、著者の洞察力の深さを窺わせる。

引用元:読書メーター

海上の道 (岩波文庫 青 138-6)

読んでみて

こちらは海についての考察です。「海上の道」という標題のとおり、日本人がいかに海をわたってこの地にたどりつき、現在につながっているのかを考察しています。柳田国男晩年の長編作品です。

四方を海に囲まれた日本では、自然、海と濃厚に関わりながら生きざるをえなかったことがわかります。そうした背景をベースに、椰子の実や徐福伝説、乙姫伝説などの考察を読むのは、愉快な気持ちになりました。読み進むうち、まるで揺蕩う海に浮かんだまま温かい眠りにつくような、まるではるかな古の時間が蘇ってくるかのような、不思議な感覚に覆われました。

みんなのレビュー

民俗学研究。「名も知らぬ遠き島より流れ着いた椰子の実一つ」の藤村の詩でも知られる、柳田国男先生の海洋民俗学の代表作。稲作、製鉄、太陽信仰などが黒潮に乗って南方から日本に渡来した仮説が民俗学的見地から述べられてますが、当時は稲作も鉄器も中国から朝鮮半島経由で来たのが当然と思われてたので、内容は受け入れられませんでした。しかし今では科学分析で稲作の南方由来や、製鉄が縄文末(弥生初期には確実)から存在した事などこの本の予測の方が正しかった事が証明されてます。古典的先入観を多様性が打ち破った一つの例ですね~

引用元:読書メーター

まとめ

いかがでしたでしょうか。今回は柳田国男の著作について、「初心者向け」「経験者向け」という切り口でご紹介いたしました。とかく「日本民俗学の祖」と前置きされることが多い柳田国男ですが、その実、語り口は平易で、世上いわれるほどには「難解」ではないと感じられます。ただ、その思索と記述は奥ゆきが相当にふかく、うかつに飛び込むと幻惑される感覚があります。

子ども向けに書かれたものですが、今日では大人が読むのにも適しています。
これからも語り継がれてゆくべき昔話が、その実際はどのようなものだったのか、という謎は大人にも子供にも興味の対象になるはずです。

はじめて柳田国男作品を読む場合は、子供向けとして紹介した作品(『こども風土記/母の手鞠歌』『桃太郎の誕生』)を、読んでみてはいかがでしょうか。その先の作品、とくに『遠野物語』や『海上の道』などの大作は、しっかりと準備ができてからでもおそくはないと感じます。

この国に住んだ私たちの祖先がどのような物語を聴いて育ち、後世に語り継いできたのかということについては、もっと関心がもたれるべきですし、研究のテーマとしても身近でかつ非常に興味深いものです。それらを知ることは、現代の日本に住まわっている私たちにとってのつとめでもあると感じられます。

この記事を読んで、1人でも多くの方が柳田国男の独特な世界に足を踏み入れてくだされば幸いです!