「舞姫」「高瀬舟」などの名作を世に残し、さらには軍医としてトップにまで上り詰めた森鴎外。若いころには将来を期待されドイツに留学したこともある、明治時代のエリート中のエリートです。
そんな森鴎外ですが、何が原因で亡くなったかご存知でしょうか?鴎外の死因や死にまつわるエピソードには、明治時代をエリートとして「生きるしかなかった」鴎外の葛藤や苦しみが表れている、と筆者は感じます。この記事で、1人の人間としての森鴎外の人生に思いを馳せていただければ幸いです。
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森鴎外の死因は何?
死因は「肺結核」
1922年7月9日の午前7時を過ぎたころ、森鴎外は60歳で亡くなりました。60歳というと今でこそ「まだ若くで亡くなったんだな」と思いますが、明治・大正期の男性の平均寿命は43歳なので、鴎外はだいぶ長生きです。同じ時代を生きていた文豪・夏目漱石が49歳で亡くなっていることからもうかがえます。
鴎外の死因は肺結核だったといわれています。結核菌という細菌が肺で増殖することから起こる病気です。現在では薬で治すことができる病気ですが、大正時代には不治の病とされていました。
公的な死因は「腎萎縮」
森鴎外は亡くなった当初、「腎萎縮」が死因とされていました。こちらは腎臓が硬くなって縮んでしまう病気で、正常な腎臓の機能が失われてしまう大変危険な病気です。
確かに、鴎外は腎萎縮も患ってはいました。けれども直接的な死因となったかというとそれは疑わしいところで、現在では肺結核が原因だろうといわれています。どうして最初から肺結核を公表してはいけなかったのでしょうか?
それは、鴎外が軍医であったことが関係しています。鴎外が肺結核を患ったのはドイツから帰ってきて最初に結婚した27歳ごろだと言われています。最初の妻・登志子も離婚後に肺結核で亡くなっているので、もしかしたらこの女性から移ったのかもしれません。
27歳から亡くなるまでの間、鴎外は軍医として戦争に出征したり小倉で軍医部長を務めたりした後、46歳の時には陸軍の軍医総監にもなっています。そのように医者として活躍する鴎外が、人から人に感染する結核という病を持っていることが知れたら、政府としても陸軍としても、また鴎外個人としても、都合の悪いことだったのではないでしょうか。そのような経緯があって、鴎外の死因はしばらく隠されることになりました。
森鴎外が家族に伝えた遺言とは?
死の床で「馬鹿らしい!」と叫んだ鴎外
死の間際、意識が朦朧とするなか森鴎外は「馬鹿らしい!馬鹿らしい!」と叫んだといいます。鴎外に付き添っていた看護師・伊藤久子によると「臨終の床にあるとは思えないほど、大きく太い声だった」そうです。この話には鴎外の次女・小堀杏奴(あんぬ)による異説もありますが、鴎外のことを知るうえで大切なエピソードだと思います。
エリート官僚であり、日本近代文学を牽引する小説家でもあった鴎外。その最期の言葉が「馬鹿らしい!」だったとは、意外に思う人も多いでしょう。何が鴎外にそう叫ばせたのでしょうか。「個人の幸せ」について、深く考えさせられるエピソードです。
「余は石見人森林太郎として死せんと欲す」
葬儀の直後、森鴎外のお墓はゆかりのある東京・向島の弘福寺にありました。現在の東京・三鷹の禅林寺に移されたのは関東大震災の後のことです。ちなみに、鴎外の生まれた島根県津和野町の永明寺にも分骨されています。
さて、三鷹にあるお墓には「森林太郎之墓」とだけ刻まれています。たくさんの肩書きがあった鴎外ですが、それらを表すものは何もありません。どうしてでしょうか。
それは、鴎外が残した遺言に「私は石見人・森林太郎として死にたい」「墓には名前のほか、何も彫ってはならない」と書かれているからです。死の間際、友人の賀古鶴所(かこ つるど)に頼んで口上筆記してもらったもので、宮内庁や陸軍に縁はあるものの「あらゆる外形的取扱いを辞す」とあります。肩書きによった扱いをしてくれるなということですね。
この遺言を読むと、先ほどご紹介した「馬鹿らしい!」という最期の言葉が信憑性を増すように感じます。
森鴎外死因に関するまとめ
森鴎外の死因について、死の間際のエピソードや遺言の話を交えながらご紹介してきました。いかがでしたでしょうか。
軍医として、また小説家として大成し、一見すれば何の非の打ち所もない人生を送ったかのように思える鴎外。けれども、鴎外は幸せだったのでしょうか。さまざまなエピソードを見ていくと、どうもそう感じていなかったのではないかと思えてしまいます。
鴎外が本当に求めていたものはいったい何だったのでしょうか。もちろん鴎外は亡くなってしまったので、当人に聞くことはできません。けれども、私たちには鴎外が残した作品があります。
今度、鴎外の小説を読むときにこの記事でご紹介したエピソードを思い出してくれると幸いです。そしてみなさんにとっての幸せが何であるのか、ぜひ思いを巡らせてみてください。