小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

中上健次のおすすめ本9選【文学賞受賞作品から映像化作品まで】

「中上健次って聞いたことはあるけれど、初めて読むにはどれがおすすめ?」
「中上健次の有名な作品ってどれだろう・・・?」

1992年に他界した中上健次ですが、今でもその存在感は健在で、中上健次へのオマージュ映画や小説をしばしば見かけます。そのため、リアルタイムで中上健次を知らない若い世代でも、興味を持つ人が後を絶ちません。

とはいえ、彼の作品は大半がドロドロとした血縁関係に絡めとられる若者の話で、興味はあるけれど、どれから読めばいいか分からずに何となく手を出せない、という人が多いのではないでしょうか?筆者も最初にどれを読むか本当に悩み、中上健次フリークの友人たちに聞いて回った記憶があります。

そこで今回は、学生時代に中上健次作品に触れて以来、その衝撃を忘れられずに愛読し続けている筆者が、「文学賞受賞作品」「映像化作品」「作家や芸能人に影響を与えた作品」の3つのカテゴリーに分けてご紹介します。きっと今の気分にぴったりの中上健次作品を見つけられるはずです。

文学賞受賞作品

読んでみて

第74回芥川賞を受賞した、中上健次の代表作といえる小説です。中上健次はウィリアム・フォークナーという、1949年にノーベル文学賞を受賞したアメリカ文学の巨匠に多大な影響を受けていました。

中上健次は、架空の土地に住む人々を様々な作品で繰り返し登場させるフォークナーの手法を取り入れています。フォークナーの作品群は「ヨクナパトーファ(物語の舞台)・サーガ(一族の歴史を描いた叙事小説)」と呼ばれますが、中上健次は紀州熊野を舞台にしたので「紀州熊野サーガ」と表現されます。「岬」はその最初の作品です。

危険な匂いのする父に加え、兄弟は自殺してややこしい家族関係という設定は中上作品らしいものですが、中でもこの小説は、そういった血縁関係に起因した宿命に抗おうとする健全な肉体を持つ青年・秋幸の葛藤の描き方が圧巻の一言です。読後には中上健次の渾身の一撃を感じます。

みんなのレビュー

震える文学。くすぶる地と血、そこから生まれる新たな生の漲りのような物語。

どれも良かったが特に表題作『岬』は群を抜く。閉塞するような仕事と複雑な家族関係、土地のしがらみのなかで生きる主人公と、中盤の事件からラストにかけての言葉の奔流に呑まれそうになる。

理解できたとは言いがたい、飲み下すので精一杯の読書だったが、これは何度でも再読したい小説。私の中の苦しみと、この小説の中にあるものは、とても近い気がする。

honto

枯木灘

読んでみて

第31回毎日出版文学賞、第28回芸術選奨新人賞を受賞したこの作品は、「岬」の続編になります。血縁関係も複雑で、プライバシーなど何もないような狭い土地に、自分の意思とは関係なく色々なものに絡めとられていく苦悩を、主人公の秋幸は土方という仕事を通して浄化しようとします。

この小説は、自分の置かれている境遇とは全く違う設定なのに、秋幸のもがき苦しむ姿がまるで自分のことのように感じるのは何故なのか、筆者は問い続けながら読了しました。現代社会ではもはや信じ難い物語の設定の中に普遍性を見出せる作品が書けることが、中上健次の凄さだと感じます。

みんなのレビュー

やっぱり、中上健次ってすごいなぁ。まぁ、不幸そうだけど。それはともかく、人は繰り返すのか。血がそうさせるのか。

作品自体にも多くの反復があり、同じ場面、同じ過去が何度も出てくる。普通なら、うっとおしくなるはずだが、むしろ、不可欠な要素にさえ思えてくる。真っ白な日の光、山、海に囲まれた狭隘な土地に濃密な人間関係。その中で秋幸は苦悶する。自分とは何なのか。読み手も疲弊させるが、一度、読み始めたら離れられない魅力がある。

読書メーター

映像化作品

千年の愉楽

読んでみて

オリュウノオバという産婆を軸に、中本という高貴な家の、汚れた血を引き継ぐ若者たちの生き方を語る話です。描かれている事柄はとても泥臭いのに、生死の境さえあやふやな、神話的な物語にまで昇華させている点は評価が高く、筆者も初読の時は何だかわからないけれど、とにかく凄い!という印象でした。

この作品は2012年に寺島しのぶ主演で映画化されました。井浦新や高良健吾など適材適所のキャスティングで、女性が放っておかない男がいることを理屈抜きに納得させられました。第69回べネチア国際映画祭オリゾンティ部門に正式招待されます。映画公開後に若松孝二監督が急逝し、この作品が遺作となりました。

みんなのレビュー

日本人ならこいつだ!!と久々に思えた傑作。この濃さがたまらなくよい。『カラマーゾフ~』一族の濃さも最高lvだが負けてない。路地という閉鎖空間ももちろんこの濃度をあげているが。
人物は粗野なのに文体は精選、内容は血なまぐさいのに視点は常に冷徹。この対比が、切り詰めた空気を作っている。

部落地区の話ではあるのだが(外界との交わりから)相対的に差別が描かれる、のではないので、被差別がテーマではない。外界との比較なしでここまで濃い地縁を描いているのがまたすごい。

honto

軽蔑

読んでみて

2011年に廣木隆一監督によって映画化された作品です。周りは知り合いばかりという田舎町と、六本木や歌舞伎町という都会のど真ん中との対比を、映画の持つ視覚的強さで最大限に生かして表現した奥寺佐渡子の脚本の巧さに舌を巻きます。演技力の高い俳優たちが揃っていたので、長回しシーンが生の舞台を観ているようで刺激的でした。

先に映画を観ていたので、原作は静かな印象を受けました。中上健次はフリージャズの影響を受けていて、文章が長かったり特徴的な句読点の使い方をすることで知られていますが、本作もそれが強く感じられます。真知子の心模様の表現力はさすが!の一言に尽きます。

みんなのレビュー

中上健次の作品ではなんだか異色な感じがする、女性視点だからかな。断トツに読みやすいので、苦手な人におすすめ。

しかし奥は深い。「男と女、五分と五分」鮮烈という言葉のよく似合う純愛小説。

honto

火まつり

読んでみて

1980年に三重県熊野市で起きた一家七人殺し事件を題材に、同名映画のオリジナル脚本として完成したものを、後に小説化した作品です。小説では登場人物たちの心の葛藤が、中上健次らしい言葉の洪水のような圧倒的な表現力で描かれます。

映画は1985年に北大路欣也主演、柳町光男監督で制作・公開されました。もともと和歌山県では火祭りが伝統行事として有名ですが、この映画と小説の影響力は凄まじく、「火祭り=中上健次・熊野」という連想は今でも続いています。

例えばジョージ朝倉が中上健次作品からイメージして世界観を紡ぎ出した漫画「溺れるナイフ」は2016年に映画化されましたが、火祭りで舞う姿がコウという男の絶対的なカリスマ性を際立たせる重要な場面として使われます。このように日本のカルチャーに根付きつつあるという意味で、「火まつり」は今も大きな存在感がある作品です。

みんなのレビュー

文字から熱気、殺気が漂ってくる作品。所謂、山の田舎で閉鎖的、悶々とする感じを体感できる作品でした。ゆとり世代の僕にはホラー過ぎる住民だらけでした。

読書メーター

蛇淫

読んでみて

1974年に起きた市原市両親殺人事件をモチーフに創作された作品です。血の繋がりからくる柵を、中上健次は繰り返し描いていますが、特に本作は女性の恐ろしいまでの強さを感じます。妊娠・出産をするのが女性だからなのか、全てを受け入れて生きていく女性の肝の太さは怖いくらいです。

本作は1976年に長谷川和彦によって映画化されました。色々な意味で、今では撮影できないだろうと思わせられるシーンの連続で衝撃的です。その年のキネマ旬報邦画ベストワンに輝き、高い評価を受けています。古い作品ですが、大学の授業で教材として扱われることも多くあります。

みんなのレビュー

どの話の主人公もみな荒くれもので、シンプルな思考形態を持って生きている人物として書かれているな、と思った。シンプルであるが故に閉塞感を感じる生活が生々しく描かれている。そしてシンプルであるが故のストレートな衝動、感情の昂りのエネルギーは凄まじく、鬼気迫るものを感じるシーンがいくつもあった。

困窮し、抜き差しならない状況下での愛憎入り混じる夫婦間のやり取りの中で、荒くれた人物像の奥に潜む繊細な心の揺らぎが垣間見える瞬間は哀しくもあり、美しいと感じた。

honto

作家や芸能人に影響を与えた作品

十九歳の地図

読んでみて

本作は芥川賞候補作にもなった中上健次の初期の作品です。青臭い、どうしようもない男の青春を描いています。いたずら電話をかけるなど、令和の今になっては一昔前の青春ではありますが、その根底にある世間への苛立ち、勝手に貼られる社会的レッテルへの怒りなどは時代を超えて理解できるものだと思います。

もはや伝説のシンガーソングライターとなっている尾崎豊の、ファーストアルバム「十七歳の地図」は、本作のイメージと尾崎豊本人が重なることから、「十九歳の地図」へのオマージュ作品として制作されました。

1979年には柳町光男監督によって映画化され、1980年カンヌ国際映画祭・批評家週間に正式出品されています。

みんなのレビュー

中上健次の身体性の強いくらくらするような文体のはじまりはこんな感じだったのかー。「枯木灘」より「軽蔑」より濃くて尖ってて良い。本当にこれは十九歳で読むべきだったなあとは思いつつも、今読んでも疼くものがある尖りかた。

honto

鳳仙花

読んでみて

内容的には「紀州熊本サーガ」の三部作の前日譚であり、中上健次の実母をモデルに描かれたと言われます。新聞連載だったこともあり、次から次へとついつい読みたくなる展開力を特に強く感じる作品です。そういう意味でも、中上健次を初めて読む人にもおすすめです。

本作は、芥川賞受賞作家の村田沙耶香や、中上健次の娘であり作家の中上紀など、女性に人気という点で特徴的な作品です。主人公のフサは28歳で既に5人の子供がいるという現代日本では稀な設定ですが、恋に落ちてすぐに子供を孕むフサを、どこか俯瞰的に、女性という性別を超えて冷静に読んでしまう不思議な感覚を抱かせる、珍しい部類の小説だからかもしれません。

村田沙耶香は中上健次の最初の印象は「神様」のイメージだったと言っていますが、作家にとって大きな刺激になる小説だと思います。

みんなのレビュー

読み始めたら止まらない。エンタメ系ではないのに、これにはびっくり。このあとの、3部作も読みたくなること必至です。ちょっと文章がわかりにくいところや、方言に戸惑うところもあるけれど、はまってしまいました。お勧めです。

読書メーター

路上のジャズ

読んでみて

ジャズ好きの作家といえば村上春樹が知られていますが、中上健次もまた「狂」と言って良いほどのフリージャズ好きでした。本作を読んでいると、人種差別問題を背景に持つジャズは、「路地」に生きる人々を描き続けた中上健次にとって、もはや分かち難いものであったと感じます。

メフィスト賞や三島由紀夫賞を受賞している作家の佐藤友哉が、本作へのオマージュとして「灰色のダイエットコカコーラ」を発表しました。佐藤は中上健次がきっかけで純文学に憧れたそうです。作家のいとうせいこうは「破壊せよ、とアイラーは言った」という本作収録のエッセイで、中上健次をかっこいいと思った、と話しています。

みんなのレビュー

ジャズ(特にフリージャズへの偏愛が語られる)に関するエッセイや対談の他、中編「灰色のコカコーラ」を収録。ジャズ、ドラッグ、無気力にまみれたジャズ喫茶での日々と暴力の勃発をとりとめもなく語る濃密な文体が凄い。

また、初作「赤い儀式」も収められているが、既に濃密な文体の基礎ができているように思える。これを10代で書いていることに驚愕。

読書メーター

まとめ

青山真治監督の映画作品に「北九州サーガ」と呼ばれる三作品があります。このうち二作目の「EUREKA」は、役所広司主演でカンヌ国際映画祭に出品され特に高い評価を受けていますが、青山真治監督が中上健次に傾倒し、これらの作品を創ったことはよく知られています。

筆者はこの3作品がきっかけで、中上健次の世界に迷い込みました。気分転換とか通勤通学の暇つぶし程度に楽しめる読書も良いですが、中上健次の作品は全くそれに当てはまりません。軽い気持ちで読み始めると、彼の言葉がボディーブローのように効いてきて、自分の立っている場所さえあやふやに感じ、怖くなります。

逆にいえば、中上健次の作品はそれほどに衝撃的で、忘れられない読書体験をもたらしてくれます。こんな感覚になる文学作品は稀で、生前にノーベル文学賞候補に挙げられていたのでは?という話も納得です。この記事をきっかけに、一人でも多くの人に中上健次の作品で濃密な読書時間を過ごしてもらえたら嬉しいです。

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