他にも大病を患っていた
食道がん
藤田さんは2008年4月に食道がんも患っています。
食道がんは下咽頭から食道までの粘膜に発生するがんで、過度の飲酒や喫煙が原因ともいわれています。食道がんの初期は症状が出にくく、健康診断や人間ドックによって発見されることも多いです。しかし腫瘍が発生した場所によっては、違和感を感じることもあり発見につながる場合もあります。
藤田さんは体調不良を感じて検査を受けたところ運よく食道がんが発覚し、治療に専念するため当時出演していた舞台「剣客商売」の公演を降板して入院しました。投薬、放射線治療を行うとともに8時間に及ぶ手術を乗り越え、2008年10月の下旬には仕事に復帰しています。
慢性閉塞性肺疾患
食道がんから復活した藤田さんでしたが1年後の2009年10月には慢性閉塞性肺疾患によって、出演予定だったドラマ「JIN-仁-」を降板しています。
慢性閉塞性肺疾患とはCOPDとも呼ばれ、タバコの煙などに含まれる有害物質に長期間さらされた肺が炎症を起こして呼吸機能が低下した状態のことです。以前は慢性気管支炎や肺気腫という名前で呼ばれていて、息切れ、咳や痰、呼吸困難などの症状が表れます。
慢性閉塞性肺疾患の原因はほとんどが長期にわたる喫煙によるもので、生活習慣病の一つに数えられている病気でもあります。タバコを吸わない人でも約5%の人が慢性閉塞性肺疾患を患っているとされていて、副流煙による「受動喫煙」の恐ろしさも物語っています。
藤田まことさんの闘病生活
多額の借金に悩まされていた
藤田さんは食道がんを患ってから大動脈瘤破裂で亡くなるまでの闘病生活の中、多額の借金に悩まされていました。
借金は奥さまである幸枝夫人の事業の失敗によるもので、30億円にもおよぶ多額なものでした。幸枝さんは飲食店やブティックなどを京都や大阪の一等地で経営していましたが、バブル崩壊がきっかけで負債を抱えてしまいます。
藤田さんは病気になる前からドラマや映画の撮影の合間を縫って、トークショーや歌謡ショー、クラブなどに出演し続け10年で借金を完済しています。
しかし闘病生活を送っていた2009年に未払いの3億円に対して大阪地裁から支払いを命じられ、藤田さんが亡くなるまで借金生活は続いたのでした。
「必殺仕事人2010」での復帰を目指していた
藤田まことさんは闘病生活中も2010年3月から撮影予定だった「必殺仕事人2010」での復帰を目指して、ベッドの上でも台本を読んでいたと言います。
藤田さんの訃報を受けて「必殺仕事人2010」の制作は一度中止されましたが、藤田さんの事務所から「亡き藤田も必殺の撮影を願っている」と激励され制作を再開しました。主演を東山紀之さんが引き継ぎ、藤田さんも回想シーンを利用して出演を果たしています。
番組の宣伝や公式サイトでは、「追悼・藤田まことさん」や「中村主水に捧ぐ」などの言葉で、「中村主水」こと藤田まことさんに哀悼の意を表現しています。2010年7月10日に放送された「必殺仕事人2010」は関東地区で14.4%、関西地区で19.9%の視聴率を記録しました。
藤田まことさんの葬儀
密葬にもかかわらず約100名が弔問に訪れた
藤田さんの葬儀は2010年2月19日に執り行われ、長男の原田知樹さんが喪主を務めました。
告別式は藤田さんの意向により近親者のみで行う密葬の予定でしたが、寺の外には別れを惜しむファンが集まり結果的に100人ほどの参加者となりました。出棺の際には藤田さんの棺に向かって「もんどー」と呼びかけるファンもいたと言います。
偲ぶ会には約600名が参列した
葬儀に参加できなかった芸能界や政財界の関係者から「藤田さんにお別れを言いたい」という要望があったので、遺族は藤田さんの78回目の誕生日にあたる、2011年4月13日にお別れ会を計画します。しかし2011年3月11日に東日本大震災が発生し一度は中止されました。
その後、2011年11月24日に東京国際フォーラムにて「藤田さんを偲ぶ会」が改めて開催され、俳優の三田村邦彦さんや京本政樹さん、黒柳徹子さんや東山紀之さんなど藤田さんと親交のあった人々約600名が参加しています。
当日はアナウンサーの徳光和夫さんが司会を務め、在りし日の藤田さんの映像を放映するなどして藤田さんを偲びました。
藤田まこと死因に関するまとめ
いかがでしたか?
藤田さんの死因は大動脈瘤破裂によるものでしたが、それ以前にも食道がんと慢性閉塞性肺疾患という大病も経験しています。そしてどの病気にもタバコが遠因として関わっていることは間違いないでしょう。
禁煙に成功していたにもかかわらず藤田さんはタバコに関係する病気を患ってしまったのです。タバコを吸っていなければ病気にはならなかったかもしれないと思うと、長年蓄積されたタバコの煙による有害物質の恐ろしさがよくわかりますよね。