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渋沢栄一が設立に関わった会社・企業はどこ?代表的な10社とその現在を紹介

2024年上半期をめどに導入される新一万円札。その肖像画に選ばれた人物こそ、今回の主人公・渋沢栄一です。近代日本経済の礎を築いた実業家であり、教育や慈善活動にも力を入れたことでも知られています。2021年大河ドラマ「青天を衝け」の主人公としても登場しますね。

今回は渋沢栄一が設立に携わった会社・企業を取り上げ、彼の功績を振り返ってみましょう。

渋沢栄一が設立に携わった会社・企業はなんと約500社

渋沢栄一が設立に関わった企業は何と約500社に上ります。銀行・金融をはじめ、交通やガス、食品などあらゆる業種にまたがる企業を築き、それら多くが現在の日本経済を支える代表的な企業へと発展しているのです。

これからご紹介する10社も、誰もが一度は聞いたことがある有名企業につながっていきます。

渋沢栄一が設立に携わった会社・企業10社を紹介

それでは渋沢栄一が設立に携わった10社をご紹介しましょう。

1.第一国立銀行(現在:みずほ銀行)

第一銀行

1873年に渋沢が設立した日本最古の銀行。「国立」という名前ですが、民間資本による民間経営の銀行です。渋沢は大蔵官僚時代から設立を指導し、1875年には初代頭取に就任しました。その後、第一国立銀行は、第一銀行、第一勧業銀行を経て、現在は「みずほ銀行」として存続しています。

2.日本鉄道(現在:JR東日本)

日本鉄道

1881年に設立された日本初の私鉄。現在の東北本線や高崎線、常磐線などの路線を建設・運営し、JR東日本の礎を築いた会社です。

当時は自動車がまだなかったので、移動手段は徒歩か鉄道。さらに、現在のように首都圏に人口が集中していたわけでもなかったので、地方を走る鉄道でも十分に利益を生んでいました。渋沢は、このような鉄道に目を付けて、全国各地の鉄道会社の建設に携わっていくのです。

3.帝国ホテル

帝国ホテル東京

1890年に開業した日本を代表する高級ホテル。隣接する鹿鳴館とパイプをもつホテルとして、井上馨が渋沢と大倉喜八郎(1837~1928 明治・大正期の実業家)の2人を説いて、1888年に有限責任帝国ホテル会社を設立させ建設したものです。渋沢は帝国ホテルの初代会長を務めています。

現在は、三井不動産が筆頭株主となり、再開発計画が進んでいるようです。

4.東京海上保険会社(現在:東京海上日動)

東京海上日動火災保険

1879年に誕生した日本初の保険会社です。渋沢は創業時の株主に名を連ね、会社設立後は岩崎弥太郎とともに相談役に就任しています。

また、初代頭取を元宇和島藩主・蜂須賀茂韶が務めました。この人物は、東京鉄道組合や明治火災保険など実業のほか、教育や国際交流(自身も英国への留学経験あり)など幅広い分野で渋沢と交流していました。貴族院議長・枢密院顧問など重要なポストを歴任したことでも知られています。

5.田園都市株式会社(現在:東急電鉄、東急不動産)

田園都市株式会社本社

1918年に設立された住宅地開発会社です。宅地開発だけでなく鉄道事業も展開し、現在の目黒区や大田区や品川区にあたる地域の開発に大きく貢献しました。さらには、今では高級住宅街として知られる田園調布の整備を進めたことでも知られています。

6.東京瓦斯会社(現在:東京ガス)

東京瓦斯株式会社本社

1885年に設立された民間のガス会社。当時の東京府が担っていたガス事業を払い下げられる形で、渋沢と浅野財閥の創始者である浅野総一郎によって設立されました。

7.東京株式取引所(現在:東京証券取引所)

東京株式取引所

1878年に渋沢栄一らが出願して設立された日本初の公的証券取引機関です。渋沢は日本に株式制度をもたらした人物の一人でした(現在の東京証券取引所には渋沢のパネルが飾られています)。株式会社制度との出会いは、幕臣時代のフランス留学です。自ら事業を起こさずとも、株式を買えば誰でも事業に参加できる仕組みに感銘を受けたそうですね。

戦後、東京証券取引所として新たに事業を開始し、今に至っています。

8.大阪紡績株式会社(現在:東洋紡)

大阪紡績株式会社

1882年創業の紡績会社です。1886年に設立された三重紡績会社と合併して東洋紡績株式会社(2012年に「東洋紡」に社名変更)となりました。両社ともに渋沢が設立に携わっています。

渋沢は綿糸・綿布が輸入に依存している現状を憂いて、大規模な紡績事業を展開、やがて事業は飛躍し、綿糸と綿布は日本の代表的な輸出品へと飛躍していったのです。

9.抄紙会社(現在:王子製紙、日本製紙)

抄紙会社

1873年に渋沢栄一を中心に設立されました。1893年に王子製紙株式会社と名前を変えています。工場が東京の王子に設立されたことが後の社名の由来となっています。

戦後はGHQの財閥解体施策よって解体され、苫小牧製紙、本州製紙、十條製紙に分割、前者2つは現在の王子製紙につながり、十條製紙は現在の日本製紙として存続しています。

10.共同運輸会社(現在:日本郵船)

共同運輸会社

1882年に設立された船会社。日本の海運業を独占していた郵便汽船三菱会社に対抗して、渋沢栄一らが共同運輸会社を設立しましたが、両社の価格競争が激化し共倒れの危機に陥ってしまいます。三菱の岩崎弥太郎の死後に、政府の仲介によって両社は合併し、日本郵船が誕生しました。

現在は三菱グループの中核企業として存続しています。

渋沢栄一が設立に携わった会社・企業で現存しているところは?

上述した10社はいずれも現在まで存続し、日本経済を支える重要な役割を担っています。他にも、いすゞ自動車、キリンビール、サッポロビール、清水建設、川崎重工業、第一三共、古河機械金属、新日鐵住金、太平洋セメントetc..、渋沢と関わりがあった企業として、これだけの有名企業をあげることができます。あなたのお勤めの企業にも渋沢の貢献があるかもしれません。

渋沢栄一の関わった会社・企業に関するまとめ

渋沢栄一は、株式制度などの変革をもたらし、日本の主力産業へと成長する新たな事業を興しました。明治のスローガンである「殖産興業」、その旗手となった渋沢栄一は、「日本資本主義の元祖」ともいえるかもしれません。令和の時代になって、彼の偉業に再び注目が集まっています。

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