日本文学の歴史を語る上において欠かすことのできない文豪、夏目漱石。作品の素晴らしさは語るまでもありませんが、夏目漱石はその生涯にたくさんの名言を残しています。
「夏目漱石はどんな名言を残したの?その意味は?」
「『月が綺麗ですね』という名言が有名だけど、どのような経緯で生まれたの?」
この記事では人生、恋愛、哲学、芸術の4つのカテゴリから夏目漱石の名言を紹介して行きたいと思います。夏目漱石の名言を知って、人生の励みにしたい方は必見です。
この記事を書いた人
一橋大卒 歴史学専攻
Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。
夏目漱石の名言と意図、背景
有名な名言
「月が綺麗ですね」
夏目漱石の名言の中で最も有名なこの言葉。日本人が直接的な愛情表現を表すのを苦手とすることを理解し、日本特有の侘び寂びの文化に合うように変化させた情緒あふれる名言ですよね。
もともと英語教師をしていた夏目漱石が「I LOVE YOU」という英語を弟子に翻訳させますが、その答えが「我汝を愛す」だったため幻滅します。「日本人はそんなことは言わない。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ」と言ったことから生まれたとされています。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」
夏目漱石の名著「草枕」の冒頭の一節です。全ての人は理屈を通す人か、情に厚い人か、意地っ張りな人かにだいたい分類されるとしたら、そのどれもが人の世では生きづらい。つまりどんな人でも生きづらさを抱えながら生きているのですよ、という意味の言葉です。
この3つの要素のバランスをうまくとって生きていくのが人間であり、自分の性格に合わせて調節して行きましょうという意味に取れます。生きづらさを感じている人には勇気を与えてくれる言葉ではないでしょうか。
「のんきと見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする」
「吾輩は猫である」に出てくる名言です。悩みなんてなく、楽観的に生きているように見える人でも様々な問題を抱えて生きているのだということを気づかせてくれる言葉です。見た目だけで判断してはいけませんよという警句の意味もあるのかもしれません。
以前、ある本の著者がこの言葉を読んだ時に、お笑い芸人の明石家さんまさんが脳裏に浮かんだというようなことを記していました。表面的に見ている部分だけでは人は計り知れませんよね。
人生・人間に関する名言
「鋳型に入れたような悪人は世の中にあるはずがありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです。だから油断できないんです。」
名作「こころ」の中に出てくる言葉です。世の中の人全員が善の要素も悪の要素も抱えて生きている、ごく普通の人間と思われる人の中にも悪人が存在するのだということを語るセリフです。
世の中が不景気になって、働く場所がなくなった人が犯罪を犯すこともあるということです。仕事があれば真っ当に働ける人も、職を失って食べることが困難になれば自暴自棄に陥って悪人になってしまう可能性があるという警鐘を鳴らしている言葉でもあると考えられます。
「ナポレオンでもアレキサンダーでも勝って満足した者は一人もいない」
「吾輩は猫である」からの一節です。世界三大征服者である、ナポレオン、アレキサンダー、チンギスハンの3人のうち二人の名前が使用されています。人間の欲は計り知れず、どこまでもどこまでも膨張するのだということを表した言葉だと言えます。
いくら力がある人でも名誉を求めればさらに大きな名誉を、富を得ればさらに大きな富を得ようと飽き足らずに欲が膨らんで行ってしまうものです。人生の目的はどこにあるのか改めて考えさせられる深い一句ですよね。
「あせってはいけません。ただ、牛のように、図々しく進んでいくのが大事です」
夏目漱石から芥川龍之介に宛てた手紙の中に認められた一文です。夏目漱石は生涯で手紙をたくさん書いたため、書簡集だけで本が一冊できるほどです。その中でも自分の才能に気付きながらもどう発散したらいいのか悩んでいた芥川龍之介に宛てたこの言葉は多くの人にも響きます。
今現在壁にぶつかっている人や周囲の評価に流されそうになっている人に胸に留めてもらいたい一言です。夏目漱石自身も世間の評価に悩まされていた時期があったため、図々しく生きることの大切さを伝えたかったのでしょう。
恋愛に関する名言
自分が幸福でないものに、他を幸福にする力がある筈がありません」
こちらは「行人」からの言葉です。「行人」では膨大な知識を有する学者である主人公の兄が、自分の苦悩を和らげるためには知識なんて無意味だという徒労感に襲われます。兄は自分の妻を愛しているはずなのになぜか心の底から信用することができないという切なさから出た言葉です。
学を身に付け、出世をすることが幸せなのか、一生を共にする人を心から愛せる人が幸せなのか、現代を生きる私たちにもさまざまな問いを投げかけてくれる一節です。
「愛嬌というのはね、自分より強いものを倒す柔らかい武器だよ」
「虞美人草」からの引用です。外交官志望の行動的な主人公が哲学的な思想を持つ友人に向けた言葉です。自分より強いものを打ち負かすにはさらに強い力や大きな権力が有利な条件として出てきますが、時に愛嬌やユーモアが張り詰めた空気を溶かして相手を打ち負かすこともあるということです。
攻撃的な態度や言葉が剛とするならば、愛嬌は柔であり、二つのバランスを上手く取れた方が実は相手を上回れるのではという夏目漱石の提言と思われます。これはスポーツの世界でもビジネスの世界でも通用する考え方でしょう。
「嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ」
この言葉は「草枕」に出てくる名言です。人間は男と女の関わりから多くのことを学ぶものです。人生においてたくさんの恋愛をしてきた人は甘い思い出も苦い思い出も心の中に刻まれていると思います。
本気の恋をすると辛いことが多いです。嬉しい恋ばかりだと帰って物足りなくなり、恋をしない時の方が楽しかったと思うようになるかもしれません。嬉しい恋も辛い恋も両方あっていいのだと、どちらも大切なのだということに気づかせてくれる言葉です。
哲学に関する名言
「色を見るものは形を見ず、形を見るものは質を見ず」
「虞美人草」からの一節です。表面や見てくればかりを気にして、物事の本質を捉えようとしないことへの批判から来た言葉です。また、人の顔色ばかりを気にして、他人の評価が気になって自分が本当にしたいことができない人への忠告のようにも受け取れます。
大人になってくると、本当に大事なものは目に見えないのだなと気づかされることがたくさんあります。サン・テグジュペリの「星の王子様」でも同じような言葉が出て来ますよね。精神的に成長した人にこそ響く言葉だと思います。
「何か素晴らしいことを達成するための努力というものは、決して無駄にはならないということを覚えていなさい」
努力に関する偉人の言葉は数多くありますが、とらえかたは人それぞれかと思います。夏目漱石は努力は必ず報われる、成功すると言っているのではなく、自分が世の中のためになることを成すために努力を重ねることはたとえ失敗したとしても無駄にはならないと説いているのです。
努力を重ねれば必ず成功するというのはありえないと多くの人は感じると思います。しかし、努力をして失敗したときに得られるものが大きいことは納得のいく方も多いのではないでしょうか。生きていく上で努力を重ねることは不可欠です。うまくいかない時はぜひこの言葉を思い出してください。
「ある人は十銭をもって一円の十分の一と解釈する。ある人は十銭をもって一銭の十倍と解釈する。同じ言葉が人によって高くも低くもなる」
同じ数字や同じ分量のものが手にする人によってとらえ方が違うということを示した言葉です。人はお金持ちになりたがりますが、お金を手にしたらその分だけお金の価値が下がり、結局はもっと豊かになりたいと求めてしまうものです。
物質の豊かさや富の多さによって幸せの尺度は決まるわけではないということを改めて認識させられる言葉です。
芸術に関する名言
「あらゆる芸術の士は、人の世をのどかにし、人の心を豊かにするが故に尊い」
「草枕」の冒頭文「智に働けば角が立つ〜」の後に出てくる名言です。「智に働けば角が立つ〜」で人の世の住みにくさを説く一方で、そんな人の心を安らげてくれる芸術は素晴らしいということを訴えています。
人間自身が住みにくい世の中を作って、その人間が住みにくさの中で煩悶としているのに、芸術家たちはそんな人々の心を和ませるために日々新たなものを想像していることに頭が下がります。改めて新しい物事を生み出すことの尊さを実感できる一節です。
「四角の世界から常識と名のつく一角を摩滅して、三角のうちに住むものを芸術家と呼んでもよかろう」
こちらも「草枕」からの引用です。比喩のような文章ですが、うまく芸術家の本質をとらえている一文ではないかと思われます。理屈に頼るようになると何かと角が立ち四角四面な窮屈さを感じるようになるが、その角を取ってくれるのが芸術であるということを示しています。
「住みにくき世から、住みにくき煩いを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、画である。あるは音楽と彫刻である」後にこのような文章が続きます。芸術の大切さを目の当たりにできる言葉です。
「芸術は自己の表現に始まって自己の表現に終わるものである」
夏目漱石が45歳の時に上野で開かれた文部省美術展覧会で鑑賞しているときに発された言葉です。晩年の夏目漱石の脳裏に頻繁に浮かぶようになっていた思想で、自身の作家活動を続ける中で気づいた一つの信条のようなものです。
世間の評価や批評家の言葉にばかり気を取られていると、創作家は堕落するだろうと恐れていた漱石らしい言葉です。いつの世の芸術家にも当てはまると思います。
夏目漱石の名言集や関連書籍
生れて来た以上は、生きねばならぬ―漱石珠玉の言葉―
若い頃に自らの生き方と世間から向けられる目との間で葛藤した夏目漱石の残した言葉の数々は豊富な知識と深い洞察が織り込まれています。夏目漱石研究の第一人者である石原千秋が厳選し解説しています。人生の壁にぶつかっている人に呼んでほしい名言集です。
漱石のことば
ミリオンセラーを記録した「悩む力」の著者である姜尚中が選ぶ珠玉の名言集です。夏目漱石の残した言葉は今現在でも人々の心に響きます。生きづらい現代だからこそ噛み締めることのできる名言をぜひ味わってみてください。
夏目漱石の名言についてのまとめ
夏目漱石の名言について、誰もが知っている有名な言葉から4つの視点で解き明かした言葉まで幅広く解説してきました。この世界を生きる全ての人がどこかで暗い感情を持ち、もがきながら生きていると思います。そんな時に偉人の名言に触れると救われることが少なからずあるでしょう。
夏目漱石は自身も苦労人のため、人々の心に響くような名言をたくさん残しています。夏目漱石の名言を知って勇気付けられた方はぜひ名言集や小説も呼んでみてください。新しい言葉に出会えるかもしれません。
もっと人々の頭がよくなるようなことを記入してほしい。
それに、もっと正しい情報を提供してほしい。
勉強にならない!!
頭が悪くなる‼