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P.T.バーナムとはどんな人?グレイテストショーマンのモデルを紹介

2017年に公開されたグレイテスト・ショーマンという映画のモデルになった「フィニアス・テイラー・バーナム」(P.T.バーナム)という人物をご存じでしょうか?

P.T.バーナムはアメリカの有名な実業家で、優れた商売の才能を活かして大成功を収めた人です。見世物小屋と呼ばれる興行を行って大成功し、その後サーカスや動物園などを組み合わせた「世界最高のショー」を主催したことでも有名です。

グレイテスト・ショーマンはP.T.バーナムの人生に焦点を当てたミュージカル映画で、ゴールデングローブ賞などの賞に輝きました。

グレイテスト・ショーマン

コネチカット州で生まれたP.T.バーナムは、23歳の時にニューヨークに移り住み興行師としての人生をスタートさせます。色々なパフォーマーと共に公演を成功させ、ついにはヨーロッパのヴィクトリア女王の前で公演するほどになりました。

1850年には新たな事業として、スウェーデンのナイチンゲールと呼ばれたオペラ歌手ジェニー・リンドをアメリカに招待して全米ツアーを行いました。一晩で1000ドルをかけた公演は瞬く間に大人気となり、全米にオペラを流行らせました。

この記事では映画「グレイテスト・ショーマン」を見てP.T.バーナムに魅せられた筆者が、バーナムの生涯について解説していきます。

P.T.バーナムとはどんな人物か

名前フィニアス・テイラー・バーナム(Phineas Taylor Barnum)
誕生日1810年7月5日
没日1891年4月7日
生地アメリカ合衆国コネチカット州ベセル
没地アメリカ合衆国コネチカット州ブリッジポート
配偶者チャリティ・ハレット (1829–73)
ナンシー・フィッシュ (1874
埋葬場所マウンテングローブ墓地

P.T.バーナムの生まれ

P.T.バーナム

1810年7月5日、アメリカの独立記念日の翌日にコネチカット州ぺテルで生まれました。父親は宿屋兼商店を営んでいて、バーナム自身も12歳のころから事務員として働き始めました。

P.T.バーナムの性格

グレイテスト・ショーマンのパフォーマーたち

バーナムはホラ吹きとしても有名でした。集客をするためとエンターテイメント性を追及するために、今でいう誇大広告を度々打っていたのです。

しかし彼の商才は本物で、売れるものを見極める目は天才的でした。それを証拠に「親指トム将軍」や「ジェニー・リンド」など数々の公演を成功させ、パイオニアであり続けました。身体障害者たちを商売に利用したことで批判も受けましたが、誰よりも彼らを平等に扱っていたのではないでしょうか。

P.T.バーナムにの関連する人物

地上最大のショウ

バーナムは多くのパフォーマーを見つけ商売をしてきました。1835年に黒人奴隷だったジョイス・ヘスを買い取って興行師としての第一歩を踏むと、1842年には「親指トム将軍」ことチャールズ・ストラットンを引き連れてヨーロッパツアーを成功させています。

スウェーデンのオペラ歌手ジェニー・リンドと全米ツアーを回り、1881年にはジェームス・ベイリーと手を組んで「バーナム&ベイリー・サーカス」を立ち上げ世界中を巡業しました。

P.T.バーナムの功績

功績1「宝くじ販売から不動産投機までありとあらゆる仕事を経験」

見世物小屋

商売をしていた父親の影響が大きかったのか、バーナムも商売人としての道を歩み始めます。聖書の訪問販売から不動産登記、宝くじの販売と多岐に渡りました。見世物小屋で興行師になったかと思えば、全米の公演を取り仕切るイベンターをしていたこともあります。

晩年はサーカスを立ち上げ、結局1891年に亡くなるまでにいくつもの事業に挑戦して栄光を築いていきました。

功績2「バーナム&ベイリー・サーカスの創設者」

象のジャンボ

バーナムは1871年に「地上最大のショウ」という名前の世界に類を見ない規模のサーカスを立ち上げます。あまりの規模の大きさに従来の馬車での移動が困難になり、業界で初めて列車を使って全米を興行しました。

1881年には「クーパー&ベイリー・サーカス」を経営していたジェームズ・ベイリーと手を組み、「バーナム&ベイリー・サーカス」を創設します。ディズニー映画「ダンボ」の母象のモデルになったアフリカ象ジャンボが大人気となりました。

功績3「バーナム効果の語源となった 」

心理学

バーナム効果とは誰にでも当てはまるような性格や特徴を、自分だけに当てはまることだと勘違いしてしまう心理現象のことです。‟誰にでも当てはまる要点というものがある”というバーナムの言葉にちなんで、1956年にアメリカの心理学者ポール・ミールによって名づけられました。

P.T.バーナムの名言

最も崇高な芸術とは人を幸せにすることだ

映画「グレイテスト・ショーマン」の締めくくりに表示された一言。P.T.バーナムのショーは賛否両論に分かれたものの、彼の人生が表現された一言です。

自分の成功は自分でしか築き上げられない

若いころからありとあらゆる仕事を経験し、失敗や成功を重ねながら自分にしかできないことを探し続けたバーナムだからこその一言です。

P.T.バーナムにまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「オペラ歌手リンドの公演で50万ドルを稼いだ」

オペラハウス

ジェニー・リンドは「スウェーデンのナイチンゲール」とも呼ばれたオペラ歌手です。ショパンメンデルスゾーンといった著名な作曲家たちと親しく、ヨーロッパ中でソプラノを歌い人気を集めていました。バーナムが1844年に行ったヨーロッパ巡業の際にリンドと出会い、アメリカツアーを持ちかけました。

リンドはこの興行での収益を彼女が行っていた慈善事業に使うことが出来ると考え、この提案を承諾しました。1850年にリンドはアメリカに降り立ち、バーナムと共に約1年に及ぶツアーを行い大成功を収めました。

93回の演奏会に出演したリンドは約35万ドル(約3800万円)を稼いでおり、主催者であったバーナムに至っては約50万ドル(約5400万円)を稼いだとされています。

都市伝説・武勇伝2「慈善事業家として1億5000万円を寄付した」

タフツ大学 ストラットンホール

バーナムは慈善事業家としての一面もあり、博物館や美術館などに寄付を行っていました。1875年にはブリッジポート市長にも選出され、ブリッジポート病院の設立を支援しています。

マサチューセッツ州のタフツ大学に理事として就任したバーナムは、現在の価値で1億5000万円にも上る寄付をしています。大学内の博物館には「バーナム&ベイリー・サーカス」で大人気だったアフリカゾウの「ジャンボ」の剥製が展示されていました。

P.T.バーナムの年表

1810年 – 0歳「アメリカ・コネチカット州に生まれる」

P.T.バーナム

父親の後を継いで商売人になる

アメリカのコネチカット州べサルで生まれたP.T.バーナムは、父親が元々営んでいた宿屋兼商店を手伝いながら商売を始めます。聖書の訪問販売から不動産投機まで、あらゆる仕事をこのころに経験しました。

1829年には週刊新聞「ザ・ヘラルド・オブ・フリーダム」を創刊するも、掲載された記事が名誉棄損で訴えられてしまいます。それが原因でバーナムは2ヶ月のあいだ収監されることになりました。

1829年 – 18歳「チャリティ・ハレットと結婚」

チャリティと子供たち

大恋愛の末の結婚

貧しい身分だったバーナムが恋をしたのは、幼馴染で上級階級のお嬢様チャリティ・ハレットでした。バーナムは1829年にチャリティと結婚したのち子供を4人授かりました。しかし3人目の子供は3歳で亡くなっています。

1835年 – 24歳「ニューヨークに移住し興行師になる」

19世紀のニューヨーク

一念発起でニューヨークへ

コネチカット州で収入源だった宝くじの販売が禁止されてしまい、1834年にバーナムたちはニューヨークに移住します。翌年の1835年には新たな事業として見世物小屋を始め、興行師としてデビューを飾りました。

160歳を超えていると評判の黒人奴隷のジョイス・ヘスを買い取って、ジョージ・ワシントンの乳母だったという売り文句で巡業を成功させました。

1844年 – 33歳「ヴィクトリア女王と面会する」

アメリカにとどまらずヨーロッパ巡業へ

「親指トム将軍」ことチャールズ・ストラットンで大成功を収めていたバーナムは、1844年から1845年までヨーロッパ巡業を行います。その巡業中にイギリスのヴィクトリア女王にも面会しました。

1850年 – 39歳「ジェニー・リンドとのアメリカツアー」

ジェニー・リンド

一晩1000ドルで公演を行う

ヨーロッパ巡業のあいだに出会ったオペラ歌手ジェニー・リンドと全米ツアーを行い、アメリカ中が熱狂するほどの大成功を収めました。この巡業でバーナムは少なくとも50万ドルの収益を上げたと言います。

1871年 – 60歳「地上最大のショウの立ち上げ」

地上最大のショウとサーカス列車

地上最大のショウ

バーナムは60歳で初めてサーカスを立ち上げます。世界でも類を見ないほど大きなサーカス事業だったため、世界で初めて移動手段に列車を利用したサーカス団でした。「地上最大のショウ」と銘打ち全米を回りました。

1891年 – 80歳「脳卒中により死去」

P.T.バーナムとチャールズ・ストラットン

80年の生涯を終える

バーナムは脳卒中により、80年の生涯を自宅で終えました。サーカスはバーナムの死後、リングリング兄弟に売却され「リングリング・ブラザーズ&バーナム&ベイリー・サーカス」になり2017年まで興行を続けました。

P.T.バーナムの関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

富を築く技術

P.T.バーナムは様々な事業を起こし、大成功も大失敗も経験しました。ホラ吹きといわれるような興行師でしたが、大学や博物館などに多額の寄付をしていた慈善事業家でもありました。そんな彼が、真面目に正しい方法でお金を増やすための20のルールを教えてくれます。

おすすめの映画

グレイテスト・ショーマン

2017年にアメリカで制作されたP.T.バーナムの人生を描くミュージカル映画。ヒュー・ジャックマンが主演を務めました。音楽がとても素晴らしく、「ラ・ラ・ランド」を手掛けたパセク&ポールというアメリカの作曲家チームが担当しています。

関連外部リンク

P.T.バーナムについてのまとめ

夢を持って大都会に繰り出し、自分の才能を最大限に使って成功をつかんだバーナム。まさにアメリカンドリームという人生でしたが、その人生の中には沢山の大失敗もありました。

失敗から学び新たな事業に挑戦していくバーナムの生き様は、最終的に成功を得るためのお手本のようにも思えます。決して諦めず前に進み続けることが、成功をつかむ秘訣なのかもしれませんね。

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