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宦官とは何か?実態や暮らしぶり、政治との関わりを簡単に解説

「宦官ってどんな人達の事をいうの?」
「なぜ去勢された?」
「どんな仕事をして、どのような生活をしていたの?」
「日本にも宦官は存在した…?」

この記事をご覧のあなたはそのような疑問を抱いているのではないでしょうか?

宦官(かんがん)とは、一般に「中国の王朝に仕えた去勢した男性」のことを指します。※去勢とは性器を切除すること

しかし、宦官が実際にどのような生活をしていたのか、どうして去勢してまで宦官になる人がいたのか、様々な点について未だ疑問を持つ人は多いことかと思います。

そこでこの記事では、そもそも宦官とは何なのか?から、その歴史の始まり、仕事や暮らしなどその全てをわかりやすく簡単に解説していきたいと思います。

そもそも宦官とは何か

著名な宦官

宦官の始まりは?

その一般的な知名度の高さから宦官は中国で始まったと考える人が多いですが、実は世界各地で時代を問わず存在していたと言われています。具体的には、東アジア圏、古代ギリシア、古代インカ帝国などがあります。

どのように宦官が生まれていったかというと、多くは戦争や敵国を侵略することによって得た他国の捕虜を去勢させるというのが一般的な背景としてあります。

宦官の始まりは、「捕虜を去勢する」ことから始まった。

中国では上記の捕虜を去勢させる方法の他に、重大な罪を行った者を腐刑や宮刑といった刑で去勢しており、刑罰の結果として生まれた宦官の人々が存在しました。彼らは当時の衛生技術の限界などの問題もあり、命を落とすものも多かったと言われています。

しかし、去勢されても生き残り、後宮で働く者も存在しました。また、後にも述べますが宦官になると後宮への立ち入りが許され一定の地位を得ることから、後の時代には自ら進んで去勢をして宦官になる者が多く現れました。

どんな仕事をしていた?なぜ去勢された?

宦官の主な仕事は、後宮に入り君主である天子の世話をすることでした。

後宮では天子の跡継ぎのため、国中から多くの美しい女性が集められます。一人の天子のために、数千人という美女が集まるわけですね。仮にそこに一般的な男性がいたとすると、過ち(つまり、天子のための女性が家来と性交渉をしてしまうこと)が起きてしまうので、そういった意味から、去勢された宦官の存在は必須であったといえます。

宦官は、後宮の美女たちと過ちを犯さないように去勢されていた

また、天子の世話をするという仕事の性質上、天子が幼いころから頻繁に関わるため自然と天子から信頼をおかれやすく時代を経るにつれ、宦官が天子を利用するような形で政治に関わっていくことも多くなりました。そして時にはこのことが政治腐敗の原因となり、官僚たちと鋭く対立した時代も存在しました。

宦官の実態や暮らしぶり

去勢方法

宦官の去勢方法

宦官の去勢方法にはいくつかのステップがあります。まず準備段階として、下腹部を紐で縛ることで止血をします。そして事前に用意していた小刀で陰部を切断します。切断したらすぐに切断部分に棒を差し込み、尿道を確保しておきます。ここまで完了すると、あとは飲まず食わずで約三日間ひたすら痛みに耐えながら過ごします。

ちなみに三日後、棒を抜いた時そこから尿が出れば去勢は成功となりますが尿が出なかった場合は、尿道がふさがれてしまっているため、尿ができなくなってしまうことにより死に至ります。途中で飲食を許さないのは、このように尿道がふさがってしまうのを防ぐためだそうです。また、実際途中でその苦しみに耐えられなくなり水を飲んでしまい、最終的に死に至ったというケースもしばしばみられたそうです。

宦官は普段どのような暮らしをしていたのか

宦官と暮らし

宦官はどうやって排泄するのか

宦官は男性器を切除されてしまっているため、従来通り排泄をするというわけにはいきませんでしたが、尿管自体は残っているため、女性のように座って用を足していました。

しかし、男性器があった時の感覚とのズレから尿をコントロールするのが難しく尿漏れに悩まされる宦官は多かったようです。このことから宦官は臭うと人々から忌避されていました。また、立ちながら排泄できないということは当時の宦官に強い屈辱感を与えたそうです。

普段の暮らしは豪華だったのか

中国貴族 暮らし

そもそも自ら宦官になるため去勢する人がいるくらいなので上級宦官の暮らしは豪華なものでした。特に中国のような国土の広い国では中央の貴族や王族たちとの生活と、地方の貧しい人々との生活レベルは雲泥の差です。

宦官になる以外に中央の貴族たちと対等な暮らしを送るには、科挙という難関な試験を突破して官僚になるほかなく、貧しい人々にとっては一種の希望でもありました。

しかし、大半の宦官は下級宦官のまま生涯を終えていきます。彼らは後宮に入って働けているうちはまだいいものの、病気などで働けなくなると後宮を追放されてしまいます。そして先にも述べた通り世の人々からは忌避され行くあてもなく、苦しい日々を過ごしていたといいます。

中国以外の国にも宦官はいたのか

冒頭で述べた通り、去勢した男性は時代や地域を問わず多く存在していました。もちろん、中国の宦官ほど著名な例はありませんが、他国においてもその仕事内容は似通ったものでありました。

一例としてオスマン帝国時代には、後宮と類似するハレム(ハーレム)という皇帝の跡継ぎを残すことを目的として多くの女性が暮らしていた場所がありました。そこでは皇帝のほかは男性は立ち入りできず、去勢した男性のみが立ち入りを許され女性たちの身辺の世話をしていました。

日本にも宦官はいた?

これだけ多くの国で宦官が存在していた一方で、日本では宦官という存在はいなかったと考えられています。この理由としては、様々な意見が存在しますが、地理的な観点からは日本が島国であったこと、宗教や制度的観点からは性器を切除するという文化が浸透しておらず、残忍なものとして捉えられたことなどがあげられます。

宦官と政治との関わり

政治と傀儡

宦官と政治腐敗との関係

先にも述べましたが、宦官は天子の世話をするという職務の性質上、皇帝と親密となり皇帝から政治判断を事実上託されていたようなパターンも少なくありません。

このような状況下で、権力を握った宦官たちは自らの利益のため政敵を謀略により陥れたり、国の政治をも巻き込んで権力争いをしたりすることもありました。

宦官が政治権力を握った時代

宦官が政治権力を握った時代として多く語られるものの一つに、後漢の時代があげられます。後漢の時代には権力や地位を求める人々が、高位にあった宦官に賄賂や貢物を贈っていました。

このことに強く反発したのが選挙を経て当選した官僚たちでした。官僚たちは儒学を心得ているものたちで、宦官たちが行う賄賂政治を問題視し、両者は対立を深めていきました。後に宦官勢力が官僚勢力を弾圧する事件が起き政治は不安定化の一途を辿っていきました。このほかにも民衆の反乱などが重なり、後漢の勢力は衰えていき、まさしく宦官が政治腐敗の原因だと考えられるようになりました。

宦官に関連するおすすめ小説・漫画

小説でいえば、「劉邦の宦官」という小説が非常に面白いので、おすすめです。

劉邦が前漢の初代皇帝となった四年後、新たに都となった長安の長楽宮に、小青胡と張釈という二人の幼い少年が宦官として仕えた。貧しい生まれの二人は宮殿での悲惨な生活のなか、強く惹かれ合う。しかし劉邦の死後、後継者争いが激化するなか、劉邦の息子・劉盈に仕える小青胡と、権力の虜となった張釈の関係は変化していく――注目の新人が描く、歴史小説の新境地。

漫画だと、「帝國の宦官」が人気です。BL要素があるので好みはわかれそうですが。

「女を容易に抱けない体になるねぇ?」捕虜になった隻眼の戦士・ビジャンを待ち受けていたのは、にこやかな笑みを浮かべる得体のしれない皇子・右弦であった。去勢して宦官として仕えさせられることになった失意のビジャンに追い打ちをかけるように、右弦は体を組み敷き……。

宦官に関するまとめ

以上が、宦官に関する基礎的な知識になります。宦官を政治腐敗の象徴、諸悪の根源というイメージで捉えていた人もいらっしゃったかと思いますが、彼らが時代によって作り出された者であること、貧困から逃れる希望の光であったこと、世間の人々から忌避されていたこと、様々な事情を知るとなかなか考えさせられることもあったかと思います。

最近では中国の歴史を基にした漫画「キングダム」が人気ですが、この中にも宦官が登場します。また、多くの歴史小説の中でも宦官が取り上げられている作品は多いです。

もし、この記事を読んで少しでも宦官や彼らにまつわる歴史に興味を持った方がいらっしゃったら、是非関連する書籍をお手にとっていただくと、新たな世界が見えてくるかもしれません。

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