「島崎藤村ってどんな作品を残したんだろう」
「小説以外にも島崎藤村の作品を読んでみたい!」
元教師であり、文芸雑誌「文学界」に参加し、詩人として名を馳せたあと、「破戒」を出版し自然主義作家として小説家としても成功した稀な人物である島崎藤村。ですが、「彼の作品はどこから読んでいいかわからない」という悩みを持っている人も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、高校時代に現代文の先生から「島崎藤村は読むべき」、と勧められたので読み始めた筆者が選ぶ、島崎藤村のおすすめ作品9選をご紹介いたします。小説以外の詩集や写生文、紀行文についてもご紹介するので、気になったものからご参照ください。
小説
破戒
読んでみて
1906年3月に緑陰叢書から自費出版で刊行された島崎藤村初の長編小説作品。被差別部落出身の主人公・瀬川丑松は父からの戒めを受け、出自を隠しながら小学校で教師を務めるも同じく被差別部落出身の開放運動家・猪子蓮太郎に惹かれ、出自を告白したいと思い悩む、という物語。
当時、社会問題とされていた「部落差別」をテーマにした作品で、何度か改訂や絶版などを繰り返しながらも、人間の根底にある「差別」という永遠のテーマを掲げた作品です。夏目漱石はこの作品を「明治の小説としては後世に伝ふべき名篇也」と評し、自然主義文学の先駆けとして今も名作と名高い作品です。
みんなのレビュー
自然主義文学として脚光を浴びた作品。この時代の被差別部落の人間に対する世間の見方の愚かさを再度認識。この意識は脈々と流れていることに考えさせられる。心象描写の深さが感心。時代を代表する作品であると改めて感じた。
読書メーター
春
読んでみて
1908年4月から8月まで「東京朝日新聞」にて連載され、10月に緑陰叢書から自費出版で刊行された長編小説。女学校の教師であった主人公・岸本は教え子を愛してしまい、学校を退職し、旅に出ます。そこへ、同人雑誌出版に誘われたため地元へと戻るのですが…という物語。
藤村自身がモデルとなっている自伝小説で、藤村の20代のころを振り返る内容となっております。他の登場人物たちもモデルが存在し、20代ならではの苦悩や挫折などをすべて晒け出し、それでも今を生きている、という藤村の想いが詰まっている作品です。
みんなのレビュー
凄く好きな本である。 何も持たない出来ない人間。それでも何かを求めて、破滅していく。それでもその路を行くしかない。 色々な選択肢を無碍にして、生きていくのもまたまぐれでしかないけれど、それでも生きたいと願うのは人間の性。
読書メーター
家
読んでみて
1910年1月から5月まで読売新聞で「上巻」が連載され、1911年1月から文芸雑誌「中央公論」にて「下巻」となる続編を連載し、11月に緑陰叢書から自費出版された長編小説。近代化に伴い、没落していく2つの家を描いた作品。
小泉家と橋本家という木曾にある2つの旧家について書かれた物語。小泉家は藤村の生家である島崎家、橋本家は藤村の姉が嫁いだ高瀬家がモデルとなっている自伝小説です。旧式の考え方である「家」というものに縛られながらも、懸命に自分の人生を生きようとする姿は高い評価を集め、自然主義文学の傑作として称されております。
みんなのレビュー
藤村の結婚前から結婚、小諸での生活、執筆に専念するため辞職して東京に戻るまでが描かれている。姉の嫁ぎ先(木曽福島の薬問屋)での思い出や新婚時代を過ごした高原(小諸)での日々が印象的。明治時代の信州の暮らしや自然が、みずみずしい筆致で描かれている。上巻ではストーリーもさほど陰鬱ではなく、読後感良好。
読書メーター
新生
読んでみて
1919年に春陽堂から刊行された書き下ろし小説。作家である岸本は、妻が亡くなった後、子供や身辺整理をしてくれる兄の娘である節子の事に惹かれてしまいます。そして、近親でありながらも2人は次第に関係を持ってしまうようになり…という物語。
この作品は藤村とその姪である島崎こま子との関係性をモデルに描かれた作品となっております。藤村はこま子が19歳の時に関係を結び、子供まで出産しているという壮絶な関係性をこの本に描いており、現代で言う暴露本のような作品となっております。
みんなのレビュー
島崎藤村とその姪、こま子の関係について。テレビでもネットでも、ウソと本当が入り混じった情報しかなかったから、「読むしかないな」と思って手に取った。まず最初の告白があっけなくて驚いた。 「クズ文豪」と呼ばれてしまうことも多い藤村だけれど、罪悪感に苛まれる岸本、こま子の複雑な思いを見て、私個人としては、そんなに一言で片付けられないものなのかとも思った。総じてクズかもしれないけれど。
読書メーター
夜明け前
読んでみて
文芸雑誌「中央公論」にて1929年4月から1935年10月まで連載し、1932年に上巻、1935年に下巻が新潮社から刊行された長編小説。幕末・明治維新の時代を舞台にした作品で、中山道馬籠宿の商人である主人公・青山半蔵の生涯を描いた物語。
「木曾路はすべて山の中である」という書き出しで始まり、幕末の動乱に巻き込まれ、翻弄されていく一般市民たちを描いた作品となっています。幕末志士などとは違う視点からの明治維新を描いた作品として楽しめる一冊です。
みんなのレビュー
高校時代に日本史という科目が嫌いになり、結果として日本史の知識が欠落していたことを気に病んでいた。が、最近『逆説の日本史』を20巻まで読んで、だいぶ日本史に親しんだので、小説の背景としての社会的出来事や登場人物が良くわかる。読者を引き付けるテクニックが凄い。「木曽路はすべて山の中である。」に始まる物語は、馬籠に暮らすひとびとの暮らしを通して、世間の雰囲気をうまく伝えている。「半蔵さん、攘夷なんていうことは、君の話によく出る『漢ごころ』ですよ。」鋭い発言だ。
読書メーター
詩集
若菜集
読んでみて
島崎藤村の処女作。1897年に春陽堂から刊行された短編詩集で、七五調を基調にした作品を多く収録しております。冒頭は「おえふ」「おきく」などの女性の事を綴った「六人の処女」から始まり、冬から春の訪れを綴った自伝的な詩「草枕」などが収録されています。
中でも有名なのは「まだあげ初めし前髪の」から始まる「初恋」という作品です。林檎をきっかけに知り合った二人が初恋に落ちていく、という内容で、この他、恋にまつわる詩集が収録されており、ロマン主義文学の代表作として知られております。
みんなのレビュー
この望月通陽(光文社古典新訳シリーズの表紙の絵の人)の表紙が好き。改めて読むと凄く叙情的。思ったよりロマンチストだったのねえ。個人的には「落梅集」以降の成熟期の作が好み。若菜集とか、読んでてこっ恥ずかしい~。自分で自選の詩集出すってのもなかなか際立った人だったんだろうなあとか、いろいろ想像しちゃうな。しかし今とは別格に言葉への感覚、含蓄が違う気がする。この時代の詩って。何でだろ。切磋琢磨できる師匠やライバル兼同志が沢山いたからか?
読書メーター
藤村詩集
読んでみて
1904年に春陽堂から刊行されたこれまでの島崎藤村の詩集をまとめた作品。上述の「若菜集」を始め、「一葉船」「夏草」「落梅集」の4作品がまとめられております。これらの作品は、ロマン主義文学の先駆けとして称され、同時期に活躍した詩人・土井晩翠と並び「藤晩時代」と称されました。
藤村の詩のいくつかは歌としても親しまれており、実際にシューベルトの「白鳥の歌」を聞いて作詞したと言われている「海辺の曲」などがあります。藤村はこの詩集を最後に、詩人としての活動から散文詩などを経て小説へと移行していきます。
みんなのレビュー
こどもと一緒にEテレ「にほんごであそぼ」を観るのですが、そこに藤村の詩に曲をつけた歌が出てくるので、改めて読みました。「初恋」のイメージはほんとに鮮烈ですね。藤村の若い頃の詩集ですが、仙台など各地へ赴き感じたことを素直に詠った詩は、生き生きとしたリズムがあり曲がつけられるのも納得と思います。
読書メーター
写生文
千曲川のスケッチ
読んでみて
1911年に「中学世界」という雑誌に掲載された作品で、12月に書籍として刊行された作品。島崎藤村が1899年に教育者・木村熊二に誘われ長野県にあった私塾「小諸義塾」へ英語教師へと赴任し、小諸で過ごした情景をスケッチした作品。
この作品をきっかけに藤村は詩から散文詩へと移行し、そして小説へと移行する中間作品として重要な作品となっております。細かい地名や風景などを詳細に言葉巧みにスケッチしている作品で、藤村の風景描写の巧みさを感じる作品です。
みんなのレビュー
まさにスケッチ。目に映る事物を正確に描き出す。それをやっているだけなのに、どうしてこんなに魅力的な文章になるのか。美しい自然の描写もあれば、屠殺場の描写もあり、興味深い。当時、屠殺は機械じゃなく人の手で行われていたんだなあとか、殺された牛が最初は哀れに見えたのに、皮がはがれるともう牛肉にしか見えないとか、なんて正直な感想w 理科の授業で酸素がなくなると小動物は死ぬと説明すると虫はと問われ、虫は死なないとか、この頃はまだ虫は空気を吸わないと思われていたらしい事とか、子供たちが実験したら死んだとか…面白い。
読書メーター
紀行文
海へ
読んでみて
1913年に神戸からフランスへと旅立ち、第一次世界大戦が勃発した1916年に帰国するまでの間に「朝日新聞」などで連載されていた「仏蘭西だより」などを1918年に書籍としてまとめた作品。「海へ」「地中海の旅」を含む全5章で構成されております。
この時期、こま子と関係を結んだ時期でもあり、妊娠させてしまったことから日本にはいられないと感じ、自己懲罰の意味を込めて渡仏をしたと考えられています。内容としては、仏蘭西を旅して感じた事、エトランゼエ(異邦人)としての自分、といった俯瞰的な作品となっています。
みんなのレビュー
なし
まとめ
島崎藤村は自然主義文学というありのままに起こった出来事を描く文学を広めた第一人者であり、「新生」で自分の犯した恥辱部分を曝け出すというかなり攻めた内容を書いた文豪です。ですが、「若菜集」などの詩ではロマン溢れる美しい言葉遣いで恋などを表しております。
「破戒」や「夜明け前」など人間の醜い部分をありのままに表した作品ですが、美しい文体故に頭に入っていきやすいのではないかと思います。
この記事をきっかけに、島崎藤村の作品に興味を持っていただければ幸いです。