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アンボイナ事件とは?原因から結末、その後の影響を分かりやすく解説

「アンボイナ事件って何?」
「アンボイナ事件はいつ、どこで起きた事件?」
「アンボイナ事件にかかわった国は?」

このページを訪れた皆さんは、このような疑問を持っているかもしれません。アンボイナ事件とは、1623年に東南アジアのモルッカ諸島(香料諸島)のアンボイナ島(アンボン島)でおきたイギリス商館員殺害事件です。

左側がアンボイナ島(アンボン島)

イギリス商館員を殺害したのはオランダ商館員でした。イギリスとオランダはかねてから香辛料貿易で対立しており、アンボイナ事件はそうした両国の対立によって引き起こされた事件だといえます。

今回はアンボイナ事件の原因や背景、この事件に関連した日本人スパイの逮捕、アンボイナ事件後の動きなどにつてまとめます。

アンボイナ事件とは

アンボイナ島でのオランダ・イギリス両勢力の領土を描いた銅版画

わかりやすく説明すると…?

オランダ東インド会社の旗

アンボイナ事件をわかりやすく説明すると、インドネシアのモルッカ諸島でおきたイギリス商館員虐殺事件です。イギリス・オランダの両国はアジア貿易を活発に行い、東インド会社を設立して貿易競争をしていました。

両国は東南アジア、特に現在のインドネシアで激しく対立します。その理由は利幅が大きい香辛料貿易を独占したいからでした。オランダ東インド会社とイギリス東インド会社は協定を結び衝突を回避しようとしましたが現地での対立は収まらずアンボイナ事件が発生します。

事件の結果、イギリス東インド会社は香料諸島から撤退を余儀なくされます。オランダはインドネシアを独占しオランダ領東インドとします。一方、イギリスは貿易の中心をインド方面へと移しました。

どこで起こったのか?

アンボン島の位置

事件が起きたアンボイナ島はモルッカ諸島の一部です。モルッカ諸島はインドネシアの東部にあり、アルファベットの「K」の形に似たスラウェシ島とニューギニア島に挟まれたたくさんの島々で構成されています。

モルッカ諸島は他のインドネシアの島々と同じく環太平洋造山帯の一部を成します。そのため、島々は山がちでいくつかの活火山を有します。気候は比較的湿潤で小規模な農業を展開していました。

この島々は貴重な香辛料を算出するため香料諸島とも呼ばれます。ヨーロッパ人が進出する前、香料諸島の香料はインドやアジア各地に輸出されていました。そして、インドに輸出された香辛料の一部がイスラム商人によってヨーロッパにもたらされたのです。

争いの原因は香辛料?

エジプトの市場で売られる香辛料

大航海時代がはじまると、ヨーロッパ人たちは香辛料を求めて東南アジアを目指します。彼らが香辛料を求めていたのは、香辛料がヨーロッパにおいて高値で取引される産物だったからです。では、どうして香辛料が高値で取引されるようになったのでしょうか。それは、塩漬け肉を食べるときに香辛料が必要だったからです。

冷凍技術がなかった時代、肉類を長期保存するためには塩漬けする必要がありました。塩漬け肉を美味しく食べるための調味料としてコショウなどの香辛料が必要となり、ヨーロッパで急速に需要が伸びました。特に購買力がある富裕層はこぞって香辛料を求めます。

はじめ、ヨーロッパ人はアラビア商人から香辛料を購入していました。しかし、大航海時代の到来で彼らはインドや東南アジアから直接香辛料を仕入れることが可能となります。すると、ヨーロッパの国同士で香辛料貿易をめぐる争いが起きるようになりました。

香料諸島で産出したナツメグ

香料諸島で産出するのは丁子(クローブ)とニクヅク(ナツメグ)で、ここでしか取れませんでした。そのため希少価値があり香辛料の中でも高い値段で取引されました。

香料諸島からイギリスが排除されるという結末に

アンボイナ事件が起きたアンボンの遠景

アンボイナ島のイギリス商館とオランダ商館は互いに相手の動向をつかむため情報収集を行っていました。あるとき、オランダ商館はライバルのイギリス商館のスパイとなっていた日本人傭兵七蔵を捕らえます。

取り調べの結果、七蔵はイギリス商館がオランダの砦を襲撃しようとしていると白状しました。これを知ったオランダ側はただちにイギリス商館を襲撃し、商館長ら30名を捕らえます。そして、彼らを拷問し襲撃計画があったことを認めさせ20名以上を斬首しました。

事件後、オランダは香料諸島を含むオランダ領東インドの支配を強めます。一方、イギリスは香料諸島から排除され、交易対象をインドやイランに切り替えます。やがて、イギリスはインドを植民地とし大英帝国繁栄のきっかけをつかみます。

アンボイナ事件の流れ

香料諸島をめぐるヨーロッパ各国の争い

15世紀後半、ヨーロッパは羅針盤や遠洋航海技術の発展により大航海時代を迎えました。その先陣を切ったのがイベリア半島のポルトガルとスペインです。両国はアジアの物産、特に高値で取引される香辛料を得るためインドや東南アジアを目指しました。

トルデシリャス条約やサラゴサ条約などで決められたスペインとポルトガルの勢力範囲

両国は植民地獲得競争で衝突するのを避けるためトルデシリャス条約を結びます。この条約で、インドや東南アジアはポルトガルの勢力圏とされました。16世紀前半になるとポルトガルはインドや東南アジアに本格的に進出します。

しかし、ポルトガルは16世紀後半にスペインに併合されました。その後独立を果たしますが、東南アジアへの支配力は明らかに低下します。そこに登場したのが新興国のイギリスとオランダです。これらの国々は東南アジアに拠点を作り香料貿易の独占を図ります。

香料諸島に乗り込んできたイギリスとオランダは対立を深めました。そこで、事態収拾のためイギリス・オランダ両国が1619年に協定を締結します。ところが、現地のイギリス人もオランダ人も協定に従わず争い続け、両勢力による緊張状態が続きました。

日本人スパイ七蔵の逮捕

もっとも有名な日本人傭兵隊長といってもよい山田長政

事件の発端となったのはイギリス商館に雇われていた日本人傭兵の七蔵がオランダ商館員にとらわれたことです。なぜ日本人が東南アジアにいたかというと、関ケ原の戦い後の大名改易などで失業した武士の一部が東南アジアに行き傭兵となっていたからでした。七蔵もそうした日本人傭兵の一人です。

1623年2月10日の夜、七蔵がオランダ商館の衛兵から城塞の構造や兵力などについてしつこく聞き出そうとしていました。不審に思ったオランダ商館員は七蔵を捕らえ拷問にかけます。すると、七蔵はイギリス商館員がオランダ商館の占領を企てていると白状しました。

オランダ商館員がイギリス商館を襲撃

イギリス商館の動きを知ったオランダ商館は直ちに動きます。イギリス商館に奇襲をかけ、イギリス東インド会社の商館長ガブリエル・タワーソンらイギリス商館の関係者30名以上を拘束しました。

生還したイギリス商館員が描いたオランダ人による拷問の様子

オランダ側は彼らを火攻めや水攻め、両手・両足の切断など残酷な拷問にかけオランダ商館襲撃計画を認めさせました。そして、オランダ商館は見せしめとして商館長のタワーソンをはじめとするイギリス人9名、日本人10名、ポルトガル人1名を斬首します。

この事件により、イギリスの勢力はアンボイナ島や香料諸島から一掃されました。事件の背後にオランダ東インド会社総督のクーンがいたとの説もありますが、今となっては定かではありません。

アンボイナ事件後の関連国の動き

香料諸島の貿易はオランダが独占

アンボイナ事件によりイギリス勢力は香料諸島から一掃されました。これにより、オランダは香料諸島で産出されるナツメグやクローブなどの香料を独占することができました。しかし、香辛料貿易が衰退すると香料諸島の価値も低下していきました。

オランダ領東インドの地図

また、オランダ東インド会社はインドネシア全体に対する支配も広げます。アンボイナ事件の直後は海岸部を中心とした支配でしたが、次第にジャワ島内部に支配地を広げます。そして、ジャガルタを中心としたオランダ領東インドの基礎を築きました。

イギリスはインド・イラン方面の貿易に注力

香料諸島から排除されたイギリスは貿易の主力を東アジア・東南アジアからインドやイランなどの南アジア・西アジアに切り替えました。アンボイナ事件と同じ年にイギリスは平戸にあったイギリス商館を閉鎖しますが、これも貿易見直しの一環といえるでしょう。

その後、イギリスはインドのボンベイやマドラス、カルカッタなどに貿易拠点をつくりインドから良質な綿を輸入するようになりました。イギリスはインドから輸入した綿布をヨーロッパで販売し大きな利益を得ます。

イギリスによるインド支配を象徴するインド門

18世紀に入ると、イギリスはインドでのライバルであるフランスに勝利しインドを植民地として支配します。そして、インドから輸入した綿を使ってイギリスの綿工業を飛躍的に発展させます。その結果、綿工業を中心に産業革命が発生し、イギリスは工業化していきました。

アンボイナ事件に関するまとめ

いかがでしたか?

アンボイナ事件は香料諸島のアンボイナ島(アンボン島)でおきたオランダ商館員によるイギリス商館員の殺害事件です。事件の原因は香辛料貿易をめぐるオランダとイギリスの対立でした。

事件のきっかけはオランダ商館がイギリスのスパイとされる日本人七蔵を捕らえたことでした。拷問の結果、イギリス商館がオランダ商館を襲撃していると知り、オランダ商館は先手を打ってイギリス商館を排除します。その結果、香料諸島や東南アジアでの貿易はオランダが独占しました。敗れたイギリスはインド方面で勢力を伸ばします。

読者の皆様が、アンボイナ事件に対し「そうだったのか!」と思えるような時間を提供できたら幸いです。

長時間、この記事にお付き合いいただきありがとうございました。

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