アンボイナ事件とは?原因から結末、その後の影響を分かりやすく解説

「アンボイナ事件って何?」
「アンボイナ事件はいつ、どこで起きた事件?」
「アンボイナ事件にかかわった国は?」

このページを訪れた皆さんは、このような疑問を持っているかもしれません。アンボイナ事件とは、1623年に東南アジアのモルッカ諸島(香料諸島)のアンボイナ島(アンボン島)でおきたイギリス商館員殺害事件です。

左側がアンボイナ島(アンボン島)

イギリス商館員を殺害したのはオランダ商館員でした。イギリスとオランダはかねてから香辛料貿易で対立しており、アンボイナ事件はそうした両国の対立によって引き起こされた事件だといえます。

今回はアンボイナ事件の原因や背景、この事件に関連した日本人スパイの逮捕、アンボイナ事件後の動きなどにつてまとめます。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

アンボイナ事件とは

アンボイナ島でのオランダ・イギリス両勢力の領土を描いた銅版画

わかりやすく説明すると…?

オランダ東インド会社の旗

アンボイナ事件をわかりやすく説明すると、インドネシアのモルッカ諸島でおきたイギリス商館員虐殺事件です。イギリス・オランダの両国はアジア貿易を活発に行い、東インド会社を設立して貿易競争をしていました。

両国は東南アジア、特に現在のインドネシアで激しく対立します。その理由は利幅が大きい香辛料貿易を独占したいからでした。オランダ東インド会社とイギリス東インド会社は協定を結び衝突を回避しようとしましたが現地での対立は収まらずアンボイナ事件が発生します。

事件の結果、イギリス東インド会社は香料諸島から撤退を余儀なくされます。オランダはインドネシアを独占しオランダ領東インドとします。一方、イギリスは貿易の中心をインド方面へと移しました。

どこで起こったのか?

アンボン島の位置

事件が起きたアンボイナ島はモルッカ諸島の一部です。モルッカ諸島はインドネシアの東部にあり、アルファベットの「K」の形に似たスラウェシ島とニューギニア島に挟まれたたくさんの島々で構成されています。

モルッカ諸島は他のインドネシアの島々と同じく環太平洋造山帯の一部を成します。そのため、島々は山がちでいくつかの活火山を有します。気候は比較的湿潤で小規模な農業を展開していました。

この島々は貴重な香辛料を算出するため香料諸島とも呼ばれます。ヨーロッパ人が進出する前、香料諸島の香料はインドやアジア各地に輸出されていました。そして、インドに輸出された香辛料の一部がイスラム商人によってヨーロッパにもたらされたのです。

争いの原因は香辛料?

エジプトの市場で売られる香辛料

大航海時代がはじまると、ヨーロッパ人たちは香辛料を求めて東南アジアを目指します。彼らが香辛料を求めていたのは、香辛料がヨーロッパにおいて高値で取引される産物だったからです。では、どうして香辛料が高値で取引されるようになったのでしょうか。それは、塩漬け肉を食べるときに香辛料が必要だったからです。

冷凍技術がなかった時代、肉類を長期保存するためには塩漬けする必要がありました。塩漬け肉を美味しく食べるための調味料としてコショウなどの香辛料が必要となり、ヨーロッパで急速に需要が伸びました。特に購買力がある富裕層はこぞって香辛料を求めます。

はじめ、ヨーロッパ人はアラビア商人から香辛料を購入していました。しかし、大航海時代の到来で彼らはインドや東南アジアから直接香辛料を仕入れることが可能となります。すると、ヨーロッパの国同士で香辛料貿易をめぐる争いが起きるようになりました。

香料諸島で産出したナツメグ

香料諸島で産出するのは丁子(クローブ)とニクヅク(ナツメグ)で、ここでしか取れませんでした。そのため希少価値があり香辛料の中でも高い値段で取引されました。

香料諸島からイギリスが排除されるという結末に

アンボイナ事件が起きたアンボンの遠景

アンボイナ島のイギリス商館とオランダ商館は互いに相手の動向をつかむため情報収集を行っていました。あるとき、オランダ商館はライバルのイギリス商館のスパイとなっていた日本人傭兵七蔵を捕らえます。

取り調べの結果、七蔵はイギリス商館がオランダの砦を襲撃しようとしていると白状しました。これを知ったオランダ側はただちにイギリス商館を襲撃し、商館長ら30名を捕らえます。そして、彼らを拷問し襲撃計画があったことを認めさせ20名以上を斬首しました。

事件後、オランダは香料諸島を含むオランダ領東インドの支配を強めます。一方、イギリスは香料諸島から排除され、交易対象をインドやイランに切り替えます。やがて、イギリスはインドを植民地とし大英帝国繁栄のきっかけをつかみます。

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