ナスカの地上絵は南米ペルーにある世界遺産で、ナスカの砂漠平原に描かれた巨大な絵や図形のことです。ハチドリの絵やクモの絵をテレビで見たことがある方も多いのではないでしょうか。ナスカの地上絵はいつ、誰が、何のために描いたのか未だに分かっておらず、「考古学最大の謎」とも言われています。
ナスカの地上絵は今から1000年から2000年以上も前のナスカ文明が栄えていた時代に描かれたものと考えられており、描かれた理由については、季節や天候を読むための天文学書説、祭事のための道や広場説、宇宙人のための設備説に至るまで様々な予測が立てられました。しかし、現在もほとんど証拠が見つかっていないため、その真偽は不明です。
初めて地上絵が発見されたのは1920年代のことですが、現代でも新しい絵柄が続々と発見されています。2019年には山形大学の研究チームが140点以上もの新種を発見したと発表しました。また、2020年には新たに「ネコ科の動物の絵柄」が発見されたとニュースで取り上げられています。
今回は謎の多いナスカの地上絵に興味を抱いた筆者が様々な文献を読み漁って得た知識を元に、ナスカの地上絵がいつ、誰によって描かれたのか、検証された説の真偽のほどはいかなるものか、新しく発見された「ネコの絵柄」はどんなものかに至るまで、幅広く紹介していきたいと思います。
この記事を書いた人
一橋大卒 歴史学専攻
Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。
ナスカの地上絵とは?
国 | ペルー |
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場所 | ナスカ(インヘニオ川とナスカ川に挟まれた平原地帯『パンパ』に所在) |
第一発見日時 | 1939年(1926年という説も) |
第一発見者 | ポール・コソック(アルフレッド・クローバーという説も) |
種類 | 動植物、図形、線(線が圧倒的に多い) |
大きさ | 最大の絵柄は285mの鳥類の絵柄、線は何kmも続くものがある |
数 | 動植物の絵は約30種類、図形や線は無数 |
ナスカの地上絵の概要
ナスカの地上絵とは紀元前100年から紀元700年まで800年間続いたナスカ文化において、南米ペルーの砂漠平原に描かれた謎の巨大絵のことで、地上絵の地質に含まれているナスカ土器の年代によって描かれた時期が特定されました。
地上絵の種類としては動物、図形、線があり、メディアなどでよく取り上げられる動植物の絵は全部で30種類ほどしかなく、ほとんどが図形や線などのあまり意味を持たない絵柄となっています。そして、近年に至っても続々と新種の地上絵が発見されているため、まだ見つかっていない絵が数多く存在しているのではないかと期待されているのです。
ナスカの地上絵は1994年に世界文化遺産に登録され、世界各国から観光客が見物に訪れています。このように、世界遺産に登録されていること、新たな絵が続々発見されること、謎だらけなことなどが相まって、研究者をはじめとして全人類の興味を惹きつけてやまないのでしょう。
いつ、誰によって描かれた?
ナスカの地上絵は今から1000年-2000年以上前のナスカ文明の時代に、この地に住む民族によって描かれたと考えられています。ナスカの地上絵が描かれた年代はだいたい特定出来ており、地上絵を形作る地面や石に含まれる「ナスカ土器のかけら」によって予測されました。「ナスカ土器」とは、ナスカ文明の栄えていた時代に制作された土器で、種類は以下の4種類に大まかに分けられます。
- 原ナスカ土器(紀元前100年-0年)
- ナスカ前期土器(0年-400年)
- ナスカ中期土器(400年-500年)
- ナスカ後期土器(500年-700年)
どのように年代を予測するかというと、例えば、動植物などの絵には「ナスカ前期」の土器が多く出土するため、紀元0年から500年ほどにかけて描かれたと考えられるのです。同様に推測すると、渦巻きや三角、台形などの図形の絵柄は紀元400年から700年にかけて、線の絵柄は紀元600年から1000年にかけて描かれたと予想されます。
そして、ナスカ土器に描かれている絵柄と地上絵の絵柄が一致していることから、ナスカ土器を作った人種と地上絵を描いた人種が一致しているのではないかと推定されています。実際に、地上絵が存在する砂漠平原(パンパ)には土器を作成していたとみられる痕跡や集落の跡が発掘されているのです。
また、地上絵が描かれるよりも前の時代には、山の斜面に「岩絵」と呼ばれるものが掘られている痕跡もあり、この「岩絵」が地上絵のはじまりとなったのではないかと考えられています。
どこにあるのか?
ナスカの地上絵がペルーのアンデス山脈と太平洋に囲まれた帯状の海岸地域にあります。この海岸地域は年間を通してほとんど雨が降らず、世界有数の砂漠地帯として知られているのです。
さらに詳しく見ていくと、その海岸地域を流れるグランデ川の支流である「ナスカ川」と「インヘニオ川」という2つの川に囲まれた砂漠平原地帯に地上絵が散在しています。砂漠平原地帯のことは「パンパ」と呼ばれており、地元の民族の言葉「ケチュア語」で「平原」という意味を表しています。
どのような方法で描かれたのか?
ナスカの地上絵は「パンパ」に散らばっている石を線状に両脇によけていくことによって描かれています。ナスカ川とインヘニオ川の上流では洪水が起こりやすく、その度に「パンパ」に大量の石が転がってくるのです。そして、散在した石が強い日差しと乾燥した空気に晒されることで酸化し、黒ずんでいきます。
この黒ずんだ石を両側に取り除くと、その下の白い地面が現れるため、石の黒と地面の白のコントラストによって線が浮かび上がり、絵柄が現れるという仕組みになっているのです。このような強いコントラストを描けるのは広い海岸地域の中でもナスカ地方だけであったため、地上絵の文化が発達していったのでしょう。