インドシナ戦争とは?原因や結末、その後の影響までわかりやすく解説

教科書に簡単に書かれているインドシナ戦争。あまり馴染みがない人も多いかもしれませんが、この戦争は第二次世界大戦後のベトナム、ひいてはインドシナ半島に大きな影響を与えました。そして、東西冷戦にも多大な影響を及ぼしたのはいうまでもありません。

今回は、インドシナ戦争のそもそものお話と原因と戦争の経過、そしてインドシナ戦争を題材にした映画をご紹介します。なお、本記事では特に断りがない限り第一次インドシナ戦争を取り上げています。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

インドシナ戦争とはどんな戦争?

インドシナ戦争は、現在のベトナム、ラオス、カンボジアが位置するインドシナ半島で起きた戦争のことです。主にはベトナムが中心で、ベトナムの独立をめぐってフランスと8年に渡る戦争を繰り広げたのです。

インドシナと一括りで呼ばれるのは、当時のフランス植民地として統括されていた名残。「フランス領インドシナ」と言えばピンとくる人もいるでしょう。まさにその地域が主戦場となった戦いなのです。

全部で3回あったベトナム対外国の戦争

インドシナ戦争の舞台となったインドシナ半島。東南アジア大陸部とも呼ばれる。

インドシナ戦争は、広義では3回あったとする考え方があります。第1回目のベトナムVSフランスの第一次インドシナ戦争、俗に「ベトナム戦争」と呼ばれる南北統一をかけた第二次インドシナ戦争、そしてカンボジアとの国境問題が発展した第三次インドシナ戦争の3回です。

いずれも自国の独立と国の威信をかけたベトナム。独立を成し遂げるため、そして独立を守るために戦い続けていたのです。

30年以上続いた大戦争

ベトナム国旗。共産主義の象徴であえう赤地に黄色の星があしらわれている。

1946年に勃発した第一次インドシナ戦争から、カンボジアに新政府が誕生し終結した第三次インドシナ戦争までの期間はなんと34年。ベトナムは四半世紀以上を戦争に費やした国なのです。長きにわたる戦争はベトナムの国際社会進出を大幅に遅らせてしまいました。

現に、諸外国と正式に国交を樹立したのは1990年代がもっとも多く、この中には戦争で戦ったフランスやアメリカも含まれているのです。

厳密には最初の8年間を指す

ベトナム兵に武器の使い方を教える旧日本兵。軍事訓練は日本兵が行っていた。

34年間の超長期戦争だったインドシナ戦争ですが、一般にインドシナ戦争というとそれが意味するのは最初の8年間、つまり第一次インドシナ戦争だけになります。

第二次インドシナ戦争は別名ベトナム戦争と呼ばれ、国内の統一がメインという毛色の違う戦争。呼び名もそちらの方が一般化しています。また、第三次インドシナ戦争はカンボジアだけではなく、この時期中国とも戦争をしており、中越戦争と呼ばれるそれを併せて第三次とされています。厳密に1つの国と戦争していたのは第一次のみなので、インドシナ戦争は最初の8年だけを指すというのが一般的です。

インドシナ戦争の原因は?

インドシナ戦争勃発の原因は、端的に言うとフランスとベトナムが、ベトナムの独立を認めるか否かで始まったものです。では、どのようにして始まったのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

フランスが手放さなかった植民地

強行支配を提唱したシャルル・ド・ゴール。インドシナ戦争中に退陣した。

フランスは第二次世界大戦終結前から、終戦後も所有していた植民地を保護する名目でその制度を整えていました。その実態は植民地を放棄するつもりがなく、事実上の植民地支配継続を意味していました。

1945年、仏印進駐でインドシナ半島に駐留していた日本軍がインドシナ半島の政府解体を指示。ベトナムはベトナム帝国、ラオス・カンボジアはそれぞれ王国として独立を果たしたのです。これに対してフランスが激怒したのは言うまでもないでしょう。フランス国内の世論は植民地支配継続になびいていたからです。

ベトナムの独立宣言から全面戦争へ

ベトナム最後の皇帝バオ・ダイ。傀儡政権の盟主として再び祭り上げられる。

1945年、ベトナム独立同盟会(ベトミン)により、皇帝バオ・ダイが退位。ベトナムには臨時の政府が誕生します。その後、日本の無条件降伏が認められると正式にベトナム民主共和国として独立を果たしました。

1946年にはダラット会議でフランスとの協定が結ばれたものの、各種権益はフランスが持つという内容に不満を覚えたベトナムはこれに反発。さらにベトナム南部に成立させたコーチシナ共和国はベトナム国民の怒りを増幅させ、同年に交渉が決裂。全面戦争に突入したのでした。

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