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【まるで帝国】イギリスの植民地はどこ?歴史的背景、与えた影響なども解説

「イギリスの植民地っていくつあるの?」
「イギリス帝国と植民地ってどんな関係?」
「イギリスの植民地支配ってどんなもの?」

「イギリスの植民地」と聞いて、上記のような疑問を持つ人は多いのではないでしょうか。イギリスの植民地とは、17世紀から19世紀頃の植民地政策によってイギリスの支配下に置かれた領土のことです。この多数の植民地獲得の甲斐もあり、イギリスは世界中から「大英帝国」と呼ばれるまでに発展しました。

古い世界地図

ただし一口に植民地といえど、イギリスの移民によって開発されたり、罪人の流刑地として活用されるなど植民地支配の方法は多岐にわたりました。この記事では、イギリス植民地について大学・大学院で6年間みっちり学んだ経験のある筆者が詳しく解説していきます!

そもそも植民地とは?

世界の植民地支配の様子(1800年当時)

イギリスの植民地を説明する前に、そもそも植民地とは何かについて説明しましょう。植民地とは、「海外からの移民者によって開発され、その移民国の支配下に置かれた土地」のことを示します。

イギリスでは中世のアイルランド侵略から始まり、大海原を渡る大航海時代によって本格的な植民地侵略が始まります。17世紀以降からは産業革命などを機に、世界各地に植民地を獲得するようになったのです。

イギリスの植民地はどこ?

イギリスの植民地には大きく分けて二つあります。「旧イギリス植民地」と「現イギリス植民地」です。

旧イギリス植民地は「イギリス帝国時代に植民地であったが、現在は独立している国々のこと」を示しています。現イギリス植民地は「イギリス帝国時代以降もなおイギリスの支配下として成り立つ国々のこと」です。

最初にざっくりご紹介すると、

  • 旧イギリス植民地
    • 北アメリカ大陸
    • インド
    • オーストラリア
  • 現イギリス植民地
    • バミューダ諸島
    • ジブラルタル

この5つになります。

代表的な旧イギリス植民地

1921年当時のイギリス領土

19世紀末までイギリスは世界各地に海外領土を所有していました。アヘンの密貿易をめぐって起こったアヘン戦争では香港を獲得。その他にもビルマ(現在のミャンマー)やマレーシア、アフリカ諸国も手に入れました。そんな旧イギリス植民地の中でも、代表的な三つの国を紹介します。

北アメリカ大陸

北アメリカ大陸では、現アメリカ合衆国のヴァージニア州を皮切りに東海岸沿いの13州とカナダが旧イギリス植民地になります。特に、ヴァージニア州は一度入植に失敗しているもののアメリカ大陸における最初のイギリス植民地です。

その後、多くのイギリス移民が信仰の自由や新しい生活を求めてアメリカへとやって来ました。しかし、植民地ができたばかりの頃は飢饉や先住民との戦いに見舞われ、移民たちは非常に過酷な生活を強いられることになります。この生活を終わらせたのは、労働力としてやってきた黒人奴隷でした。

綿花農園で働く黒人奴隷の家族

イギリスはアフリカ大陸に武器を得る代わりに黒人奴隷を得て、彼らをアメリカの植民地へと渡していました。黒人奴隷の労働力を導入することによってイギリス側は大きな利益を得たのです。

しかし、戦争の出費を補うためにアメリカ植民地の課税を強化したことで、1775年にアメリカ独立戦争が勃発します。この戦争でイギリス側は植民地側に負けてしまい、1783年のパリ条約においてアメリカの13州は独立してアメリカ合衆国としてアメリカ建国の歴史をたどります。

ちなみに、カナダはアメリカの独立後も植民地としてイギリスの支配下に置かれました。しかしその後、イギリス議会が制定した北アメリカ法によって、1867年にイギリスの海外領土において初の自治領となります。

インド

イギリス領インド帝国の国旗

アメリカ大陸と並びインドもイギリスに大きな利益をもたらした旧イギリス植民地として挙げられます。イギリスを大英帝国へと押し上げた産業革命は、インド由来の綿織物がきっかけでした。紅茶の国であるイギリスで飲まれているアッサムティーの茶葉もインド産です。

イギリスの発展に多大な影響を及ぼしたインドの植民地支配は、1600年にイギリス東インド会社が設立されたことから始まりました。イギリス東インド会社は、貿易に関してイギリス国王の特許状を得た現在言うところの国家企業です。

イギリス東インド会社は、インドや東南アジア、中国を含む貿易によってイギリス本国の経済に大きな利益をもたらしていました。イギリスのインド支配地域は徐々に拡大していき、支配権をめぐるフランスとの戦争にも勝利します。

インドの大反乱の様子

遂にはインド人を傭兵として雇用するようになり、軍事的にもイギリスを支援することとなりました。19世紀にはインドのアヘンを中国に売り付ける三角貿易を実施して莫大な利益を得ます。

しかし、インド人の宗教観を無視したイギリス人のやり方に反発を覚えた人々によって、1857年にインドの大反乱が起こりました。イギリスはこの反乱を鎮圧しましたが、イギリス東インド会社は解散してしまいます。

そのかわりイギリスが直接的にインドを支配することになり、インド帝国が誕生したのです。その後、独立するまでインドはイギリスの支配下に置かれ、その影響を著しく受けることとなりました。

オーストラリア

オーストラリアの国旗

オーストラリアも旧イギリス植民地です。国旗にイギリスの国旗を示す「ユニオンジャック」が描かれていることからも、その影響が伺えますね。隣国のニュージーランドも旧イギリス植民地でした。イギリスはオセアニア大陸にも勢力を伸ばしていたのです。

オーストラリアは17世紀に新大陸として発見され、18世紀後半からイギリスの植民地として利用され始めました。当初、オーストラリアの植民地としての役割は罪人の流刑地です。

18世紀のイギリスでは、産業革命による急激な社会の変化により犯罪が多発していました。そのため、大勢の囚人を収容する場所が必要だったのです。初めの頃はアメリカを流刑地として使っていましたが、アメリカ独立後はオーストラリアを流刑地として多くの犯罪者を送り込みました。

犯罪者だけでなく、新天地を求めた人々も移民としてオーストラリアへ移り住むようになります。彼らは原住民であるアボリジニの人々を迫害しつつ領土を広げ、19世紀前半にはオーストラリア全土がイギリスの植民地となりました。

1869年にオーストラリアで発見された世界最大の金塊

また、19世紀後半に金鉱が発見されると一攫千金を狙った人々がオーストラリアに押し寄せる「ゴールドラッシュ」が始まります。その結果、有色人種の人々もオーストラリアへ移民としてやって来たため、白人優位の白豪主義による人種差別も起きました。

このような歴史をたどりながらも、オーストラリアは1901年にイギリスから独立。しかし、イギリスとのつながりは消えておらず、二度の世界大戦にイギリスとともに参戦し、現在でもそのつながりは健在しています。

代表的な現イギリス植民地

ジブラルタル領土の大半を占める巨大な岩「ザ・ロック」

19世紀までに多くの植民地を所有していたイギリスですが、今ではその大半が独立しています。しかし、2020年現在においてまだイギリスの植民地である国も存在します。

バミューダ諸島

バミューダ諸島は北大西洋に位置する島国です。17世紀の初め頃、アメリカへ向かうイギリス船が嵐に巻き込まれてバミューダ諸島へたどり着いたのが植民地のきっかけとなりました。17世紀後半に正式なイギリス植民地となり、19世紀にはリゾート地として栄え、経済を支えるほどの観光収入を得ます。

バミューダ諸島の風景

観光産業は現在でもバミューダ諸島の経済の軸となっており、現イギリス植民地の中でも高い自立力を持つ要因です。1995年にイギリスからの独立を考えての住民投票も行われましたが否決。現在もイギリス領のままになっています。

ジブラルタル

ジブラルタルは、ヨーロッパの南西に位置するイベリア半島の南東を占める領土です。18世紀初頭にイギリスの植民地になりました。ジブラルタルは経済的な支援より軍事的な支援として注目され、数多くの戦いにおいてイギリス軍隊に活用されます。

ジブラルタルの国旗

二度の世界大戦中も重要な軍事拠点となり、イギリス海軍部隊がジブラルタルに配置されました。世界大戦後もジブラルタルの位置的に軍事的に利用され、現在もイギリス軍が在駐しています。

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