小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

【まるで帝国】イギリスの植民地はどこ?歴史的背景、与えた影響なども解説

イギリス帝国は植民地獲得によって生まれた

1886年当時のイギリス帝国の勢力範囲を示した地図

17世紀から20世紀にかけて、イギリスは世界から大英帝国と呼ばれていました。その中心にあったのが植民地支配です。そのため、イギリスの植民地を理解するには、「イギリス帝国」について知る必要もあります。

世界各地に植民地を生み出したイギリス帝国は、第一帝国時代と第二帝国時代の二つに分けられます。第一帝国時代で各国に植民地を築き始め、第二帝国時代には大英帝国と呼ばれるほどの大国となり、イギリスは国力的に最盛期を迎えました。それぞれを詳しく見てみましょう!

第一帝国時代

イギリスの第一帝国時代は17世紀から18世紀後半までを表します。イギリス東インド会社の設立から始まり、北アメリカ大陸のヴァージニアへイギリス移民が移り住むようになりました。そして、北アメリカの東海岸沿いに13州の植民地が出来たのです。

その後、イギリスはフレンチ=インディアン戦争(1775年から始まった7年戦争の中で北アメリカにて行われた戦争)での勝利によって北アメリカ大陸においての植民地支配を確立させました。他には、セネガルなどのアフリカ大陸にも領土を広げています。

アメリカ独立戦争中のイギリス軍の攻撃

しかし、フレンチ=インディアン戦争での出費を補うべく13州のアメリカ植民地に課税をしたためにアメリカ独立戦争を引き起こしました。この独立戦争は1783年のパリ条約にてアメリカ側の勝利で終わります。アメリカという大きな領土を失ったことで、イギリスの第一帝国時代が終わりを告げました。

第二帝国時代

イギリスの第二帝国時代は19世紀から20世紀初頭までを表します。この期間はヴィクトリア女王がイギリスを統治していた時代のため、ヴィクトリア朝とも呼ばれています。他にも、産業革命による工業化の最盛期として「世界の工場」とも呼ばれました。

第二帝国時代は、植民地支配や産業においてイギリスが世界の頂点に立った時期です。アヘン戦争によって香港を獲得し、インドの大反乱を鎮圧したことでインド支配を直接的なものにして「インド帝国」を築きました。

アヘン戦争にてイギリス軍艦が中国の軍艦を吹き飛ばす様子

第一帝国時代にイギリスはアメリカという植民地を失いましたが、それを乗り越えて更なる植民地を獲得し、国力を世界最大のものとしたのです。しかしながら、どんなに栄華を誇っても必ず終わりが来るもの。19世紀末にはドイツやアメリカの工業力に追いつかれ始めます。

さらには自国の領土を拡大しようとする帝国主義が広まったために、各国との競争や対立に巻き込まれていきました。20世紀に入り、第一次世界大戦後は世界の大国はアメリカになります。植民地の多くも独立し、イギリスの第二帝国時代は終わりを告げたのです。

イギリス帝国・植民地の歴史

1600年「イギリス東インド会社の設立」

イギリス東インド会社は、エリザベス1世に特許状をもらったロンドン商人によって設立された会社です。当初はアジアでの貿易を独占的に行なっていました。しかし、英蘭戦争を経てインドを中心とした貿易を拡大します。

イギリス東インド会社

18世紀後半にはインド支配権をめぐるフランスとの戦いにも勝利し、インド全域を支配するようになりました。つまり、イギリス東インド会社の設立はインドをイギリス植民地にするための重要なきっかけだったのです。

1607年「アメリカで初のイギリス植民地が誕生」

イギリス東インド会社の設立から7年後、アメリカのヴァージニアで初のイギリス植民地が誕生します。ジェームズタウンと名付けられ、1619年には植民地議会も開かれました。黒人奴隷を労働力とした農園の形もこの年に開始され、黒人奴隷の売買も始まったのです。

1775年 「アメリカ独立戦争の勃発」

アメリカを得るためにイギリスは数多くの戦争を行いましたが、その出費は莫大なものでした。そのため、イギリスはアメリカ植民地への課税が強化します。茶葉や砂糖、紙などが課税され、アメリカに住む人々の暮らしを苦しめました。その結果、アメリカ独立戦争が勃発したのです。

ヨークタウンでのイギリス軍の降伏の様子

アメリカはフランスの支援を受けながらも、8年にわたって独立戦争を続けました。1781年にヴァージニアのヨークタウンでイギリス軍に勝利し、1783年のパリ条約(アメリカ独立戦争の講和条約)によって独立が認められました。

1801年「アイルランドを植民地化」

イギリスは中世から隣国のアイルランドを支配しようとしてきました。18世紀にアメリカの独立に触発されたアイルランドの独立運動を抑え、1801年にイギリスと合併させます。そして、国の正式名称を「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」としたのです。

それでもアイルランド側の攻防は続き、1914年にはアイルランド自治法が成立しました。その後も独立を目指した運動は鎮圧されましたが、1921年にはアイルランド自由国が成立します。

アイルランドの国旗

第二次世界大戦後の1949年にはアイルランド共和国としてイギリスから完全に独立しました。ただし、北アイルランドはアイルランドから離され、現在でもイギリス領となっています。

1877年「インド帝国の完成」

1857年、宗教的文化を無視したイギリスの対応に激怒し、イギリス東インド会社のインド人傭兵によるインドの大反乱が起きました。この反乱により、イギリスはイギリス東インド会社を解散させて直接インドを支配下に置きます。

こうして完成したのが、インド帝国です。当時のイギリス女王であるビクトリア女王がインド女帝として即位しました。このインド帝国の完成と同時に、イギリスは帝国主義による植民地支配を活発化させていったのです。

1914年8月「第一次世界大戦への参加」

第一次世界大戦にて負傷したイギリス兵とドイツ兵

1914年に勃発した第一次世界大戦にイギリスも参戦しました。1916年1月には徴兵制度も導入し、18歳から41歳の全ての独身男性を兵士として戦場に参加させます。これには、各植民地の人々も動員されました。

インドからは約144万人、オーストラリアからは約33万人と数多くの男性が戦場へと強制的に駆り出されたのです。他にも、カナダやニュージーランド、南アフリカからも兵士が増員されました。しかし、第一次世界大戦は激戦を極め、イギリスは植民地から増員された兵士を含めて多くの尊い命を失います。

1926年「イギリス連邦の成立」

第一次世界大戦後の1926年にイギリスは本国と自治領との関係を改めて考え直しました。自治領とは、「元首はイギリス国王でありながら、その国独自の政府機関や自治権は認められている領土」のことです。

しかし、1926年の帝国会議において自治領の見方が改変されてイギリス連邦が成立されました。イギリス連邦とは、「イギリス本国と対等な立場である独立国家が協議や協力を行う連合体」のことです。

旧イギリス植民地であるオーストラリアやニュージーランドなどがイギリス連邦に加盟しています。イギリス国王を元首としている国もあれば自国の君主を持つ国もあり、緩やかな連合体であることが特徴的です。

1945年「第二次世界大戦の終結」

1939年に始まり、日本も参戦した第二次世界大戦は1945年に日本の降伏によって終結しました。戦争が終結したことによって、多くの植民地が独立の声を上げます。

1947年には最大の植民地であったインドが独立しました。19世紀頃のイギリス帝国の勢いは完全に衰え、イギリスの海外領土は瞬く間に減っていったのです。

イギリスによる「植民地支配」

なぜ植民地の支配をしたのか

人種差別政策「アパルトヘイト」に抗議する黒人たち

イギリスにとって植民地とは資源獲得の源であり、産業革命により増加した犯罪者の流刑地です。いずれも重要な役割を担っていたため、植民地支配には力を入れていました。

白人優位に物事を進めるために、植民地に対して自国の文化を押し付ける同化政策や先住民への迫害、アパルトヘイト(あらゆることで白人と非白人を区別し、白人優位を維持する人種差別政策)を積極的に行ったのです。

アボリジニの人々は大規模な虐殺や迫害を受けた

アメリカの先住民は白人移民が持ち込んだ伝染病で亡くなったり、絶滅政策により虐殺されました。生き残った住民も同化政策により、子供は親元から引き離されて寄宿学校に入れられたのです。

学校では独自の文化や言語を禁じられ、英語などの西洋文化を強制的に学ばされました。こうした虐殺や同化政策は、オーストラリアの先住民アボリジニにおいても行われ、多くの人々が命と文化を失ったのです。

植民地の支配による影響

植民地支配の影響は現在でも続いています。代表的な例として挙げられるのは英語の広まりです。ほとんどの植民地に置いて白人優位の社会が形成されたため、英語が公用語となりました。同化政策において部族用語を禁じられたために、祖先の言葉を話せない人が多いです。

人種差別の撤廃を訴え続けたキング牧師

また、人種差別政策を長期にわたって行っていたため、現在でも白人優位主義によって差別されることがあります。元植民地であった国々は現在でも植民地支配の影響と戦っているのです。

イギリス植民地に関するまとめ

イギリス帝国は世界各地に植民地を持ちましたが、各植民地の歴史はそれぞれ違います。

イギリスから完全に独立している国もあれば、未だイギリスとつながっている国もありました。それでいて、植民地支配の影響はどの国でもあまり変わらないという興味深い事実もありますね。

イギリスの植民地は大きな国から小さな国まで多岐に渡ります。イギリスの植民地について学ぶことは、様々な国々の建国の歴史を学ぶことにつながるでしょう。

1 2

2 COMMENTS

Lioco

とてもわかりやすくまとめられていて
読みやすく参考になりました。
イギリス:ビクトリア調時代に興味を持っていらっしゃるとのこと… 今まで全く興味のなかった”ビクトリア調” 何故か読み終わった後に興味を感じさせていただきました。^ – ^ ありがとうございます!

返信する
iwano yuri

Liocoさんへ
コメントしていただきまして、ありがとうございます!そして、ヴィクトリア朝に興味を持っていただけたとのこと。とても嬉しく思います!これからも興味を持っていただける記事をお届けできるよう精進いたします。

返信する

コメントを残す