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世界恐慌の原因は?主な3つの要因から専門家の推測までわかりやすく解説

世界を未曾有の大不況に落とし入れた「世界恐慌」。その原因は、教科書によれば株価の大暴落を原因としていますが、何の前触れもなく株価暴落が起きたわけではもちろんありません。世界恐慌の原因はいくつもの要因が絡んでおり、それを教科書で説明するには無理があります。

では、いくつもの要因とは何だったのでしょうか。この記事では世界恐慌の原因を詳しく説明していきます。

そもそも世界恐慌以前の経済はどうだったのか?

世界恐慌発生直後の銀行の様子。預金をおろすために大行列ができている。

世界恐慌以前、つまり1929年以前のアメリカ経済はどうだったのでしょうか。大不況の引き金を引いたアメリカですが、実は思っていたほど直前は悪いものではありませんでした。しかし、忍び寄る足音に気がつけなかったこともまた事実です。

本章では世界恐慌が起きる前のアメリカ経済についてお話します。

快進撃のアメリカ経済

「狂騒の20年代」のアメリカの様子。この後、世界を巻き込んだ大不況に見舞われる。

アメリカ経済は1920年代初頭、ヨーロッパに代わる経済の中心地へと変貌を遂げていました。第一次世界大戦の影響で国力が低下したヨーロッパに対し、アメリカは農業・工業を中心とした発展が進みます。20年代に入ってもその勢いは衰えず、戦争特需も相まって世界経済への影響力を、まさに快進撃と言うべきスピードでつけていったのです。

投機熱の加速でバブルへ発展

1920年代アメリカを象徴する映画『モダン・タイムズ』の一幕。

経済成長著しいアメリカ。その中で、特に民衆が力を入れたのが土地の売買、株の売買です。いわゆる投機に目をつけたのは富裕層のみならず、工場の作業員や農業従事者など多岐にわたりました。背景にはヨーロッパの代わりに始めた各種生産物が飛ぶように売れ、財力が増したアメリカ国民の次なる欲望があったのです。

もちろん、投機熱は銀行の融資熱をも煽りました。こうして地価も株価もどんどんと膨れ上がり、いつしかアメリカはバブルを迎えたのです。

信じられた「永遠の繁栄」

当時アメリカで発売されていたラジオ。高価だったがこちらも飛ぶように売れた。

歴史を知る我々にとって、このあと何が起きるかは想像に難くありません。しかし、この当時のアメリカ国民は一部の経済学者を除いて誰もがこの状況が永遠に続くと信じ切っていました。

今や自分たちが世界経済の中心。何が起こってもアメリカのものをみんなが買ってくれる限り、バブルに終わりはないと思い込んでいたのです。しかし実はその裏側でいくつものバブルが弾け始めていたのでした。

世界恐慌の原因となった3つの要素とは?

世界恐慌が起きたときのニューヨーク証券取引所。すべてはここから始まった。

好景気に湧いていたアメリカが、なぜ世界中を巻き込む大不況のきっかけとなってしまったのでしょうか。まさに急転直下と言わざるを得ないこの状況を引き起こしたのは、他でもないアメリカ人の慢心と心変わりにほかなりません。

では、世界恐慌の原因とは何だったのでしょうか。ここではその具体的な要因について3つお話します。

1.続かなかった戦後復興特需

ほぼ同時期のフランスの様子。戦争から10年余りで見事に立ち直っている。

まず第一に挙げられる要因として、戦後復興特需が続かなかったことがあります。

確かに第一次世界大戦終結直後は、アメリカは焼け野原と化したヨーロッパに代わり、経済の中心地に名実ともになりました。しかしながら、ドイツを除くヨーロッパの復興速度は速く、あっという間にアメリカを抜き本来の順位に戻ってしまいます。いくら特需で主要があっても、売れなければ意味がありません。次第にものが売れなくなっていったのは言うまでもないでしょう。

2.予想だにしなかったバブルの崩壊

フォード・モデルT。自動車の普及によりインフラ整備も進んでおり、投機熱はすさまじかった。

もう1つの要因はバブルの崩壊です。しかしこれは日本が1991年に迎えたバブル崩壊とは少し違います。

日本の場合、バブルは一気に弾け、国全体が一瞬にして不景気に見舞われる自体になりました。しかし、この当時のアメリカは投機熱があちこちで上がっていく一方、いくつかの場所で、それも単発でバブルが弾けていたのです。今のように一瞬で全員の耳に届くような通信技術がなかった時代。人々は新聞やラジオでその情報を得ていましたが、それは自分たちの済む地域とは関係ないとも思っていたのです。

3.投資から貯蓄へ

1920年代アメリカの女性ファッション。現在に通ずるものもあり、消費意欲の高さが伺える。

様相が一変しだしたのは、それまで売れや買えやのお金の使い方が、お金を使わずに貯蓄しようという流れに変わってきたあたりからでした。

各地で弾けるバブルに対して徐々に危機感を持ちだした一部の人々は、それまで投資に回していた費用を貯蓄へと転換しだしました。当然、この転換によって市場に出回る通貨の流通量は減少します。花柄の流通量が少なくなればそれを増やすために物価は上がっていきます。それでも「永遠の繁栄」に対する疑問や、いつ弾けるかわからないバブルを前に人々の消費行動は薄れていったのです。これがのちに世界恐慌で取り付け騒ぎにつながることとなりました。

様々な学者による原因の推測4つ

世界恐慌の起きた経緯と原因をお話しましたが、実は経済学者によってその原因とする部分に違いが見られるのがこの大事件の大きな特徴でもあります。

世界恐慌の原因については、発生から約90年の歳月を経た今も議論が続けられています。そのため、本や資料によっては原因不明の大不況とされることもあるのです。では、そんな中で各経済学者が唱える世界恐慌の原因にはどんなものがあるのでしょうか。詳しく見ていきます。

1.ケインズの説

ジョン・メイナード・ケインズ。近代経済学の父と呼ばれ、経済学を学ぶ人なら誰もが知る学者。

長期投資の冷え込みが不景気につながるとの考えを示し、現在主流となっている学説が、ケインズの主張する原因です。

ケインズは近代経済学の父と呼ばれる人物で、現在の経済学に関わる重要な理論を多数生み出しています。そのケインズの理論は、貨幣を使う行動が減れば、それが不景気につながるという単純明快な理論です。

先にも少し述べた通り、バブル後半には消費・投資の熱は徐々に下がっていき、人々の関心は貯蓄に向くようになりました。これが世界恐慌の引き金となったというのです。ケインズのこの理論は現在の各国の不景気の原因を語る上でも頻繁に引き合いに出される、有名な理論なのです。

2.マネタリストの説

ミルトン・フリードマン。政府による経済介入がなかったことを批判した人物の1人。

一方の他のマネタリストの説として有名なのは、急激な物価・貨幣価値の低下に対して、人々はそれ以上の貨幣を欲していたというものです。

難しい考え方のように思えますが、ごく簡単に言えばアメリカ政府が貨幣の流通量をコントロールできなかったことが問題だというのです。フリードマンとシュウォーツは、より多くの貨幣を欲するがゆえに貯蓄に走り、その期待に応えなかった政府に問題があると主張したのでした。また、物価の大幅の下落に対して冷え込んだ消費と雇用に対しても政府がなんの行動も取らなかったことが恐慌の原因であるとしています。

マネタリストによるこの説は現在は否定されることが多く、主流ではありません。しかし、完全否定されているわけでもなく、現在も議論は続けられています。

3.オーストリア学派の説

フリードリヒ・ハイエク。オーストリア学派の有名な人物。

オーストリア学派の説は、ベースにケインズの理論を持ちながら、中央銀行による金融政策が安直な信用政策に過ぎないとの理論を出しています。1929年に実際に恐慌が起きたあとに手を加えたことにも問題の目を向けており、政府の過信と後手の経済政策が問題であったと主張しています。

しかし、オーストリア学派の中でもこの説には賛否両論があり、ケインズを支持する人々とマネタリストを支持する人々が別れていました。そのため、この学説も主流とはならず、経済学界の中ではあくまでも異説として扱われています。

4.マルクス主義者の説

カール・マルクス。彼の著書にその死後、弟子のエンゲルスが手を加えたものが社会主義理論の礎となった。

マルクス主義者とは言い換えれば社会主義者のことで、当時のアメリカでは少数派であり、おもにソビエトで活発に言われていた説になります。

社会主義はその構造上、経済の起伏が小さく、不景気に強いという特徴があります。彼らの意見としては、そもそも資本主義というシステムに安住していたことこそが恐慌の原因であったとしています。つまり国家が貨幣量や年間生産量を決め、すべての財産を国が管理していれば世界恐慌は起きなかったというのです。実際、ソビエトは世界恐慌の影響を受けず、逆に成長路線へと転換しこれに成功しています。資本主義そのものが不景気の原因となったとするこの観点ですが、社会主義の崩壊後はあまり注目されなくなっています。

訪れた「暗黒の木曜日」

「暗黒の木曜日」前後の株価チャート。少し前から乱高下を繰り返していたのがわかる。

さまざまな憶測が未だに飛び交っている世界恐慌の原因。これらの要素が絡み合い、あるいはどれかひとつの問題からついにアメリカ経済が崩壊、世界は未曾有の大恐慌に見舞われます。

この章では、世界恐慌の始まりである「暗黒の木曜日」の発生と、大不況を世界に拡大させていしまった悪法についてお話します。

ニューヨーク証券取引所の大暴落

株価暴落を知らせる新聞記事。大々的に「BLACK THURSDAY」と書かれている恐怖の日として現在も恐れられている。

1929年10月24日木曜日、場所はニューヨーク・ウォール街の証券取引所でそれは起きました。それまで乱高下を繰り返していた株価が暴落を始めます。のちに「暗黒の木曜日」と呼ばれるこの大事件は、それまでアメリカの好景気の終焉を物語る出来事となりました。

銀行には連日預金を下ろす人の大行列ができ、街は失業者であふれ、負債を回収できなかった銀行が閉鎖されるなど、それまでの活況が嘘のような地獄絵図に変貌したのです。当然、アメリカ政府もこの問題を解決すべくさまざまな手をうちます。しかし、その中に、稀代の悪法と呼ばれる「スムート=ホーリー法」があり、これが世界にアメリカの不景気を伝播させる原因となってしまいました。

悪名高いスムート=ホーリー法の制定

ハーバート・フーヴァー大統領。対策が後手になったのは、彼が恐慌は自然回復すると思っていたためだった。

1930年6月、アメリカは自国の貿易を守るため関税率の引き上げを決定します。世にいうスムート=ホーリー法の施行です。

アメリカは、当初この不景気は自然に解消すると思っていました。しかし、待てど暮せど一向に沈静化する気配はなくさまざまな法律を作り出していきます。その過程で生まれたこの法律。ですがのちに悪法として知られるこの法律こそが世界恐慌の原因となったのです。

関税率を上げられたヨーロッパは激怒。これに対抗すべくブロック経済を実施し、各国は自国の貿易を保護貿易に切り替えることとなりました。結果、貿易をきっかけに世界経済は停滞。ひいてはアジアまで影響する大不況の始まりとなったのです。自国優先の考え方がとんだパンドラの箱を開けてしまったのでした。

世界恐慌は今後起きないのか?

リーマンショック時の写真。しかしこの時でさえ世界大恐慌に匹敵する不況は起きなかった。

世界恐慌はすでに歴史のお話。しかしながらこれを引き合いに出し、現代でも何かしらの経済不安が訪れた時に「世界恐慌が起きる!」と騒ぎ立てる人がいます。危機感は立派なのですが、果たして本当に世界レベルでの大不況は再び起こるのでしょうか。

この記事の最後に、世界恐慌が今後起こるかどうかのお話をしていきます。

整えられた制度

WTO本部前。貿易ルールが国連によって管理されるようになり、大きな不況が起きなくなったっとされている。

結論から言ってしまえば、1929年から起きたような世界恐慌が今後起きる可能性は低いでしょう。ゼロとは言い切れませんが、その理由として社会制度が世界的に整えられた背景があります。

まず特筆すべきは有効需要管理政策と呼ばれる制度が整えられたことにより、不況になる前に政府が貨幣に流通量などをコントロールできるようになった点です。そしてもう1つは国際協調の制度拡充。具体的に言えばWTOやIMFといった世界レベルで貿易や通貨を管理する組織ができたことです。これらの制度により1国の不況が世界に影響を与える前に未然に防げるようになりました。

金本位制の終わり

IMF本部。世界経済の動向を注視している国際機関。

そしてもう1つ、欠かせないのが金本位制から管理通貨制度に変わったことです。

世界恐慌当時、貨幣の価値は各国が保有する金の量によって決まっていました。しかしこれでは金の流出が起きると貨幣価値が安定しないという弊害がありました。これを改善するために生み出された管理通貨制度は、貨幣価値を政府が決定するというものでした。これにより貨幣価値も安定し、また管理する側も管理が用意になったのです。

これら3つの要素から、今後大きな不況が起きる可能性が可能な限り低くなっています。しかし、繰り返しになりますが100%起きないというわけではありません。今後、世界恐慌に匹敵するような不況が起きないようこれらが円滑に機能することを望むばかりです。

世界恐慌原因に関するまとめ

世界恐慌が起きた原因は複雑に絡み合い、最終的に自国の産業を守ろうとした各国がそれぞれの引き金を引いたことで発生した大不況でした。現在はその反省から制度が整えられています。私達が大不況のきっかけとならないよう、それぞれが世界経済を注視していく必要がありますね。

それでは、長時間お付き合いいただきありがとうございました!

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