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チェルノブイリ原発事故とは?原因から被害・死者数、現在の様子まで解説

「チェルノブイリ原発事故ってどんな事故?」
「原因はなに?事故後なにが起きた?」
「いまのチェルノブイリはどうなっているんだろう?」

チェルノブイリ原発事故の名はさすがによく知られています。しかし、人類が初めて遭遇した原子炉の暴走が世界規模での放射能汚染を引き起こしたことやその原因、いま現在のチェルノブイリの状況などあまり知られていないのではないでしょうか。

今回はチェルノブイリ原発事故について解説したいと思います。

チェルノブイリ原発事故とは

事故の概要

チェルノブイリ原発跡

チェルノブイリ原発事故とは、1986年4月26日1時23分、ウクライナ(当時はソビエト社会主義共和国連邦)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で発生した原子力事故です。

当時、1号~4号の4基の原子炉と建設中の原子炉5・6号炉を抱えていたチェルノブイリ原発。事故はそのうちの4号炉で起きました。保守点検のために原子炉を停止するタイミングで実験を行っていた4号炉が突如爆発し、燃料棒などが飛散し火災が発生したのです。周辺火災は駆けつけた消防隊の活躍により鎮火されますが、原子炉だけはどうにもなりません。地獄の蓋が開いた状態の原子炉からは、天文学的な量(14エクサベクレル)の放射性物質が拡散するという、史上最悪の原子力事故となりました。

そもそも原子力発電とは?

火力発電と原子力発電を比較するイメージ

そもそも原子力発電とはどういったものなのでしょうか。例えば、火力発電所では石油・石炭などの化石燃料を使い湯を沸かします。発生した水蒸気がタービンを回しそこから電力を生み出すしくみです。

原子力発電の場合は、化石燃料ではなくウランなどの放射性物質を使い、これらを核分裂させることにより湯を沸かします。発生した水蒸気がタービンを回し電力を生み出す点は火力発電と変わりません。

核分裂について

核分裂のしくみ

ちなみに核分裂のしくみについては、おおよそ次のようなイメージで理解することができます。

  • ①ウラン235の原子核に中性子を当てます。
  • ②ウラン235原子核が2つに分裂します。同時に中性子と高いエネルギーが生まれます。
  • ③生まれた中性子がさらに他のウラン235原子核に当たります。
  • ①~③が繰り返されることで核分裂連鎖反応と呼ばれる状態になります。

原爆との違いについて

原爆と原発を比較するイメージ

原爆も原発も、核分裂反応によって膨大なエネルギーを生み出す点では変わりません。ただ、核兵器と呼ばれる原爆がウランの濃度を100%近くにしようとするのに対し、原発のウランは3〜5%と低くなっています。原爆は無制限に核エネルギーを引き出しますが、原発は管理下において制限的に核エネルギーを引き出そうとする仕組みになっています。

事故はなぜ、どのようにして起きたのか?

実験中のトラブル

事故をおこしたチェルノブイリ原発・4号炉

事故前日の4月25日。保守点検のため4号炉の運転を停止する作業が始まりました。同時に、「タービン発電機が完全に停止するまでの慣性運転でどれくらいの発電が可能なのか」「緊急炉心冷却装置(ECCS)の電源として使えるか」を調べる実験が行われています。これは車の運転に例えると、アクセルから足を離してどこまで進むのかを調べることと似ています。

この実験には様々なトラブルがありました。

  • 出力低下準備をはじめたのに、キエフ給電所の指示で運転出力160万kwを維持した
  • 出力70〜100万kwでの実験なのにコントロールに失敗、3万kwまで出力を下げてしまった
  • その後予定の出力まで戻らず、20万kwまで出力を上げ安定したところで実験を強行した
  • 予定の循環ポンプ以上のポンプを接続して水位低下を招いた

こうしたトラブルが次々起こる中、実験の実施が強行されてしまいます。

爆発と事故の発覚

爆発直後のチェルノブイリ原発

日付が変わった4月26日、急に原子炉の温度・圧力が急上昇し爆発が起こります。原子炉と建屋が破壊され、吹き飛んだ高温の燃料などにより火災が発生しました。同時に、多量の放射性物質が漏れだし、西向きの風に乗ってベラルーシ南部からバルト海方面へとわたっています。

事故直後、すでに原子炉は破壊されていました。職員から「原子炉破壊」の報告もありまししたが、混乱する状況の中で運転班長のアキーモフは「事故は起きたが原子炉の破壊には至っていない」と判断、ブリュハノフ所長に報告します。そのため、午前3時の段階でブリュハノフ所長からソ連共産党中央委員会のマリイン原子力発電部長に対し「原子炉は無事」と報告されることになりました。その後、4月26日の昼にモスクワから政府の専門家グループが到着。事故を検分した結果、即座に原子炉破壊が結論付けられています。

一方、事故で漏れた放射性物質は、4月27日にはスウェーデンに到達しました。4月28日、スウェーデンの原子力発電所で高濃度の放射性物質が測定されたことから、スウェーデンはソ連に対し原子力事故について糾します。ソ連はいったんは否定的な回答を行いますが、やがて事故の公表を余儀なくされたのでした。

通称「象の足」とは

撮影された「象の足」

「象の足」とは、チェルノブイリ原発事故の結果生まれた炉心溶融物の通称です。何層にも折り重なっており表面が皺だっていること、黒鉛を含んでおり黒ずんだ色であることから、「象の足」と名付けられました。

あまりの硬度に差し向けられた遠隔操作ロボットのドリルでは崩すことができず、狙撃手による弾丸により破片(サンプル)を採取。その主成分は、二酸化ケイ素(70〜90%)、ウラン(10〜20%)のほか、チタン、マグネシウム、ジルコニウム、グラファイトなどを含んでいます。なお、1986年12月に発見された当初は毎時8000レントゲンの放射線を放っており、5分程度で人の半数致死量に相当するほど危険な状態でした。

事故原因

チェルノブイリ型原発の構造

事故後のソ連の報告では、事故原因は「運転員の規律違反」とされました。しかしその後の調査により、そもそも設計に問題があったり、安全への配慮が希薄であったなど根本的な組織体制や運営上の失態であったことがわかっています。ポジティブスクラムとよばれる原子炉の特性や、そもそもセーフティカルチャーが欠如していたことが主原因とされました。

チェルノブイリ原発事故の事故原因

どの程度の被害が発生したの?死者数は?

一瞬にして世界史に残る原発事故となった

死者は約4000人

チェルノブイリ原発事故による死者はどれだけいたのでしょうか。

1986年8月にソ連が公開した報告書によると、事故直後に病院に搬送された約300人のうち、240人が急性放射線障害と診断され、うち28名が死亡しています。現場火災で死亡した者などを含めて、事後による死者は当初31名とされました。その後、2005年に「チェルノブイリ・フォーラム」が発表したところによると、急性放射線障害による死者、急性放射線障害から回復後に死亡した者、小児甲状腺がんによる死者は約60人とされています。この他、1986年~1987年のリクビダートル2200人、事故直後に避難した30キロ圏内住民140人、高汚染地域居住者1600人、合計で約4000人とされています(後述するリクビダートルの死者数を含め、異説があります)。

事故処理に従事した「リクビダートル」も犠牲に

チェルノブイリ原発事故では、多くのリクビダートルと呼ばれる人が作業に従事しました。リクビダートルとは、ロシア語で「清算をする人」を意味しており、原発での事故処理作業に従事をした人びとを指しています。高い放射線の中、事故処理作業に従事することは直接命の危険にさらされる文字通り命がけの作業でした。

その総数は60万人~80万人とされています。中でも1986年~1987年にかけて動員された20万人が大きな被ばくを受けました。平均年齢は35歳程度、平均被ばく量は120ミリシーベルトとされていますが、1991年から1998年に行われたロシア居住リクビダートル約66000人の追跡調査によると死亡数は4995件(7.6%)とされています。

汚染被害により数十万人が避難

チェルノブイリ原発事故によるセシウム137の拡散状況

チェルノブイリ原発事故により拡散した放射性物質は、4月中にはヨーロッパの各地で、5月には日本を含む北半球全域で観測されています。事故の翌日4月27日に原発至近のプリピャチ市4万5000人が、5月3日~9日にかけて原発周辺30キロから9万人の合計13万5000人が避難をしました。

また、事故後3年ほど経過すると、30キロ圏内に高汚染地域が広がることが判明。1989年7月にベラルーシ議会は追加で11万人の避難を決定しています。事故直後からの避難者数は、ウクライナ16万人、ベラルーシ13万人、ロシア5万人余りの計35万人とされ、自主避難者を含めると推計40万人~50万人が故郷を離れたのでした。

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