二・二六事件への天皇や海軍の関わり
昭和天皇の反応
事件に激怒
昭和天皇が二・二六事件勃発を知ったのは、鈴木貫太郎が襲われた際に妻が電話をしたことがきっかけでした。鈴木の妻は昭和天皇の養育係であり、鈴木が侍従長に就任したのも、昭和天皇の希望です。そうした浅からぬ縁のある鈴木夫妻の災難を昭和天皇が気にかけたのも当然のことと言えるでしょう。
昭和天皇の伝記である『昭和天皇実録』には、「自らが最も信頼する老臣を殺傷することは真綿にて我が首を締めるに等しい行為である」と書かれています。また、速やかに「暴徒」を鎮圧するようにと、決起部隊を反乱軍と断定しています。
また、決起部隊に同調して海軍からもクーデターに参加する者が出ないかどうかも気にかけ、海軍の皇族軍人であった伏見宮を呼び、その懸念を伝えています。
自ら電話?!
事件の詳細を聞きたいと、昭和天皇が自ら警察署に電話をかけたという話があります。麹町署に、鈴木貫太郎や岡田啓介の消息を尋ねたというのです。
電話に出たのは麹町署の大串宗次巡査。電話口から「ヒロヒト」という声が聞こえ、その時には誰の電話かピンと来なかったようですが、その後「朕の命令を伝える」と言われ、「朕」という天皇の自称から初めて電話の相手が昭和天皇だと気づきました。
真偽のほどはわかりませんが、もしこれが事実とすれば、それほどまでに昭和天皇は差し迫った状況だと認識していたということです。
最高機密文書に見る海軍の動き
2019年、二・二六事件に関する最高機密文書が発見され、大きな話題になりました。そこには、二・二六事件に対して海軍がどう関わっていたかが書かれており、これまで陸軍側から書かれた資料でしか見えていなかった二・二六事件について、海軍側から見た事件の概要を知ることができました。
海軍は、陸軍との全面戦争という最悪のシナリオまで準備していました。決起部隊に理解を示していた陸軍第一師団がもし決起部隊に合流してしまった時の布石として、陸戦隊という海軍の陸上戦闘部隊に実弾を持たせて警戒に当たりました。
そして演習中だった第一艦隊を東京湾に呼び、第二艦隊を大阪へ集結させます。万が一、このクーデターが大阪に飛び火した時の対策まで考えていたのです。そして戦艦から東京に砲撃をするシュミレーションも立てていました。
一番驚くべきことは、海軍は二・二六事件が起きる何日も前から、その首謀者や狙われている要人のリストをすでに入手していたということです。事件はなぜ防ぐことができなかったのかについては、いまだに謎のままです。
もし二・二六事件が成功していたら?
短期的な結論で言えば、決起部隊が目指した、真崎甚三郎を首相とした軍事政権を樹立するのはかなり難しかったと思われます。内大臣秘書官長であった木戸幸一と宮内大臣の湯浅倉平が、軍事政権樹立を阻止しようと動いていたからです。
長期的な話で言うと、太平洋戦争開戦のきっかけは世界情勢との関係によるところが大きいので、戦争は避けられなかったと考えられます。しかし、天皇親政を謳っていた皇道派が主導権を握っていたら、戦後に天皇が戦争責任を問われた可能性は高く、現在の天皇制が続いていたかどうかはわかりません。
五・一五事件との違い
五・一五事件とは、1932年5月15日に海軍青年将校が中心になって起こしたクーデターです。首相官邸や警視庁、日本銀行を襲い、犬養毅首相が射殺されました。
1930年代、昭和恐慌による影響から農家の困窮は酷く、満州事変により満蒙問題も深刻化し、現状の政治を打ち破り新しい国家体制を作ろうとする革新運動が盛んになります。国家改造運動です。五・一五事件は首相が暗殺されたことで政党内閣が終わるという、世間に衝撃を与えたクーデターでした。
二・二六事件は五・一五事件より4年後に起こるわけですが、五・一五事件の首謀者たちは極刑に処されることはありませんでした。世間で実行犯の助命嘆願運動が起きていたことも理由に挙げられていますが、こうした事態を見ていた二・二六事件を計画していた青年将校たちが、事件後の処罰がそこまで厳しくならないかもしれないと考えた可能性もあります。
この2つの事件の共通項としては政府要人殺害を成功させたこと、軍部の政治介入を推し進めたことがありますが、五・一五事件が先に起きたことで、その経験から将校たちが学習し、二・二六事件がより練られた計画になり、実行に移されたとも言えます。そういう意味では二・二六事件にとっては大きな影響を与えたクーデターと言えるでしょう。
二・二六事件を知るためにおすすめの映画・ドラマ・本
おすすめの映画・ドキュメンタリー・ドラマ
叛乱
二・二六事件を描いた映画は数本ありますが、中でも一番評価が高いのがこの作品です。1954年公開と古く、白黒作品ですが、見始めるとその世界観に引き込まれます。青年将校たちの心理を丁寧に描いていて、派手さはないですが胸に響く話になっていました。原作は二・二六事件を描いた立野信之の直木賞受賞作品「叛乱」です。
NHKスペシャル -全貌二・二六事件- 最高機密文書で迫る
2019年にNHKで放送された二・二六事件についてのドキュメンタリーです。海軍の最高機密文書の発見によってわかってきた事件の細部を丁寧に説明しています。海軍側の資料が詳細でかつ冷静であることに驚きますし、内戦が起きていてもおかしくない状況であったことを初めて知り、二・二六事件に対して抱いていたスケール感が変わりました。
また、二・二六事件で決起部隊の一員だった人や、親族に事件関係者を持つ人など、事件をリアルタイムで知る人への貴重なインタビューが印象的でした。年を経るごとにこうした生の声を聞く機会は失われてしまうため、映像という形ででも記録に残せたという意味でも大変有意義なドキュメンタリーです。
大河ドラマ いだてん
2019年に放送されたNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」第34回で二・二六事件が描かれていました。殺害された高橋是清を演じていたのは萩原健一です。2019年に他界しましたが、本編は生前に撮影されていた映像を用いて制作されました。高橋是清の政治家としての力量が透けて見えるようで、とても死期が近い人とは思えない鋭い眼光が印象的でした。
第28回では五・一五事件が出てきましたが、殺害された犬養毅を演じたのは塩見三省でした。その圧倒的な存在感はまるで犬養毅そのもののようで、放送当時はTwitterでトレンドになるほど大きな反響がありました。
おすすめの本
蒲生邸事件
宮部みゆきによるタイムトリップミステリーです。第18回日本SF大賞を受賞し、第116回直木賞では候補作になりました。偶然二・二六事件に居合わせるという設定なので、二・二六事件のことを知らない人にも読みやすいです。そして講談社青い鳥文庫でも出版されているため、小学校高学年あたりからでも十分楽しめます。
1999年にNHK-FM放送「青春アドベンチャー」枠でラジオドラマ化されています。原作は分厚い小説ですが、ラジオドラマなら全10回で聴きやすいです。過去2回再放送されました。
昭和史発掘
第1回吉川英治文学賞、第18回菊池寛賞を受賞したこのノンフィクションは、松本清張が二・二六事件に至るまでの昭和史を紐解いた全9巻のシリーズ作品で、二・二六事件は7巻に出てきます。作者の松本清張自身も驚くほどに売れた作品で、累計発行部数は300万部を突破しています。
二・二六事件は、その背景を理解することで事件の重大性がわかるので、事件が起きるまでの歴史を丁寧に見ていくこの作品は、二・二六事件を知るにはとてもおすすめです。
二・二六事件に関するまとめ
最近、二・二六事件が東京の女子高生たちに注目されています。渋谷にある二・二六事件の慰霊碑が、女子高生の恋愛のパワースポットと言われているのです。ここは事件を首謀した青年将校たちが処刑された場所ですが、青年将校が女子高生たちを見守ってくれていると信じられているようで、スマホを片手に訪れる女子高生をよく見かけます。
日本の将来を憂いて行動を起こした青年将校たちがこのような形で日の目を見るとは、歴史もわからないものですね。しかしどんな形であれ、今でいう大学生や新社会人のような年代の若者がクーデターを起こしたという歴史的事実に目を向けてくれるのは、歴史を伝えていく立場のものとしては嬉しい限りです。
二・二六事件は、日本の昭和史を考える上で外せない事件です。この記事を通じて、二・二六事件に関心を持ち、日本の昭和の歴史がなぜこのようなものになったのかを考える機会にしてもらえたら幸いです。