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空海は即身仏なのかをわかりやすく解説!即身成仏との違いも簡単に紹介

「空海は即身仏なのか?」
「空海の仏様を今でも見ることができるのか?」

そうお考えの方も多いかと思いますが、まず結論からお伝えすると真言宗の開祖・空海は「即身仏」ではありません。既に火葬された記録が残っています。

空海が果たしたのは「即身成仏」であり、これは永遠の瞑想状態になった仏様のことを指します。

真言宗の瞑想の様子
出典:[特集] 天空の聖地 高野山

しかし言葉が似ていることや、あたかも生きているように今も崇められていることから「空海は即身仏」と思われることが多いようです。この記事では空海が果たした「即身成仏」とは何なのか?現在空海はどこにいるのか?詳しくまとめました。

空海は即身仏なのか?

空海
出典:wikipedia

冒頭でもお伝えした通り、空海はミイラ状態の僧侶「即身仏」ではありません。生きながらにして仏になった「即身成仏」の僧侶です。

しかし、空海はいまだに瞑想している存在として高野山の霊廟にいると認識されています。そのため、ミイラ化した空海が安置されていると、誤って解釈されていることが多いようです。

空海の果たした「即身成仏」に迫りながら、空海の現在について詳しく述べていきます。

空海と即身仏について

修行中の空海像
出典:フォートラベル

なぜ空海は即身仏だと認識されてしまうのでしょうか。その理由について空海と即身仏の関係性に触れながら迫っていきます。

空海と即身仏についての解説

一般人は入れない高野山奥之院へ向かう僧侶
出典:THE GATE

空海がミイラ状態の即身仏だと思われている背景には、「即身仏」「即身成仏」という言葉が似ていることや、いまだ生きているよう扱われていることからそのイメージが定着してしまったようです。

即身仏とは「ミイラ化した僧侶」を指します。しかし空海はミイラ化しておらず、荼毘に付されたという史料が数多く存在しています。実際に遺体が残っているわけではありません。

しかし食事が提供されたり、あたかも生きているような祀られ方をしているので「即身仏なのでは?」と異なって解釈されているのです。

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空海は真言宗の開祖

真言宗の総本山・高野山金剛峯寺
出典:wikipedia

空海は774年香川県生まれ、平安時代初期の僧侶です。後に仏教の一派・真言宗を開きます。19歳から山林での修行を始め、30歳の時に学問僧としてに渡りました。

非常に優れた僧侶だった空海は梵語や経典をいち早く習得し、半年の間で密教の教えを学び帰国後に弟子たちに広く伝授します。

その後、歴代の天皇からも篤い帰依を受け、43歳の時には嵯峨天皇から賜った高野山を修行の場として開創。仏教の様々な宗派の中にも、真言密教の教えは浸透していき、日本の仏教に大きな影響を与えました。

空海は、仏門の活動の他にも多くの著作を著したり、で学んだ漢方医学の知識を伝授するなど多彩な文化活動を通して多くの人々にその優れた才能を活かしています。三筆の一人として書道界でも名を残しており、非常に多彩な僧侶でした。

空海が果たした「即身成仏」とは何か

空海の御霊があるとされる高野山奥之院霊廟
出典:岩崎電気株式会社

空海が果たした「即身成仏」とは、修行を果たし続けたうちにその体を持ったまま悟りを得るのを言います。生死を何度も繰り返す「輪廻」のプロセスを経なくても、一度の人生で悟りを開き仏になるができるという理論です。したがって僧侶のミイラや遺体のことではありません。

生きては死ぬという輪廻のサイクルを通して悟りを開くという今までの仏教の教えとは一線を画し、「即身成仏」の考え方は、父と母からもらった体ひとつをもって悟りを開けるという画期的な教えでした。

空海が果たしたのはこの「即身成仏」です。科学的には死亡し亡骸になってしまっています。しかし信仰上では「生きたまま大日如来と結合して仏になっている」状態を指し、現在も多くの信者に崇められています。

即身仏と即身成仏の違い

真言密教の教えを絵画化した曼荼羅
出典:wikipedia

即身仏と即身成仏。言葉は似ていますが中身は全く別物です。

即身仏とは、厳しい修行の果てに自ら地中に籠り絶命して仏になったミイラ状態の僧侶のことです。一方で、即身成仏とは、生きている僧侶が現世に存在しながら仏と結合し悟りを開ける思想を指します。

即身仏はミイラ化しているので物理的に現存し目視で確認が可能です。しかし即身成仏は一種の仏教思想であり、僧侶が生きているか死んでいるかという次元の話ではありません。

即身成仏とはも含め違いを解説

現存する即身仏
出典:一般社団法人東北観光推進機構

即身仏は現在日本に17体ほど現存しているミイラ状態の僧侶で、一般の人でも見るのが可能です。

しかし、即身成仏は「生きながらにして仏になれる」という思想のことなので、目には見えません。仏教には誰もが仏になれる可能性を持っている「本有」という考えがあります。密教はこの「本有」を実現するための教えであり、空海はこの教えに基づき即身成仏しました。

即身成仏する密教の教えには「阿字観(あじかん)」という瞑想を行うほか、特別な仏様が描かれた曼荼羅を見て祈願する「別尊法(べっほんそう)」があります。空海はこれらをすべて網羅しました。

また即身成仏の修行の最後には、曼荼羅の上に花を投げて自分のご本尊となる仏様を選ぶ灌頂(かんじょう)という儀式があります。空海がこれを行った際、真言密教の教主である大日如来の上に花が落ちたそうです。

密教の教えはその名の通り、その多くが秘密なのが特徴。なかなか体感としてその全部を知れませんが、空海が高度な修行を果たし、仏教の高尚な智慧を授かったのが分かりますね。

即身成仏した空海はどこにあるのか?

奥之院へ続く神秘的な道
出典:LINEトラベル.jp

実際には空海の遺体やミイラは残っていません。しかし即身成仏した空海は、高野山奥之院の霊廟で今もなお瞑想していると言われています。一般には公開されていないので詳細は不明ですが、奥之院の霊廟に空海の御霊があるのだそうです。

この奥之院には地下室があり、約3メートル行った先に神仏の御霊が宿る岩穴「霊窟」が、さらにその奥に空海の御廟があります。その前ではお参りができますが、御廟の内部には入ることができません。

一説によれば霊窟の中の石室の内部に空海の御霊はあるとされているようです。しかし『今昔物語』には空海が亡くなった135年後に、まるで生きているように座っていたという記述が残っています。不思議な話ですが、このような逸話からも「空海のミイラ説」が誕生したのかもしれません。

密教の奥義である即身成仏を果たした空海は、弥勒菩薩になるまで瞑想を続け衆生を見守っているとされています。空海は信仰上では生死を超越して現存する仏様のように祀られているので、あたかも生きているかのように僧侶たちや多くの仏教徒に崇められているのです。

空海にまつわる行事

空海に食事を運ぶ様子
出典:Manabi JAPAN

空海は信仰上今もなお瞑想を続けているとされているので、真言宗の僧侶たちは空海に対してまるで生きているような行動や儀式を実施しています。

1つ目が「生身供(しょうじんぐ)」と呼ばれる食事。なんと毎日午前6時と10時半に空海の御廟へ食事を運んでいるのです。主に精進料理が運ばれていますが、時にはパスタや揚げ物、デザートも運ばれているそうですよ。

どうやって食べられているのか気になりますが、維那という世話役の僧侶しか全容を知らず口外するのを固く禁じられているので、実際の内容を知ることはできません。

2つ目が衣替えです。空海が仏になったとされる日(入定日)に毎回新しい衣服が渡されています。これもどのように着替えているのか知る由もありませんが、現在も生きている仏様として空海に篤い信仰心が注がれていることが理解できますね。

まとめ

即身仏と空海についてまとめました。いかがでしたか?

空海は即身仏ではなく、その肉体は残ってません。しかし信仰上で生きてる仏として多くの仏教徒に信仰されているのがよく理解できました。1000年以上経った今でも空海の才知はたくさんの人に豊かな影響を与えているのは日本の誇るべき史実ではないでしょうか。

この記事を通じて空海や即身成仏、即身仏に興味を持っていただけたら嬉しいです!

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