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大東亜戦争とは?太平洋戦争や第二次世界大戦との違いを解説

「大東亜戦争って太平洋戦争とどう違うの?」
「大東亜戦争ってどんな戦争?」

大東亜戦争という名前を聞いても、どの戦争のことを指すかわからない人も多いのではないでしょうか。現在は太平洋戦争と主に呼ばれていますが、大東亜戦争は第二次世界大戦時に日本がアジアで行った戦争です。支那事変(日中戦争)も含めて、日本とアメリカ・イギリス・オランダ等が戦闘しました。

大東亜戦争記念と書かれた国債券
出典:Wikipedia

この記事ではなぜ大東亜戦争が太平洋戦争と呼ばれるようになったのか?大東亜戦争はどのような戦争だったのか?大東亜戦争を読み解いていきます。

大東亜戦争とはどんな戦争?

大東亜共栄圏の地図、濃赤が同盟国、薄赤が占領国
出典:Wikipedia

大東亜戦争とは、日本が「欧米諸国によるアジアの植民地支配を解放し、大東亜共栄圏を設立してアジアの自立を目指す」という大義名分で始まった戦争でした。ただしこの呼称は、戦後GHQによって戦時用語として禁止され、太平洋戦争などが代わりの呼称として使用されてきました。

戦前使用されていた大東亜戦争は、「日中戦争」と「太平洋戦争」を含めた戦争のことをいいます。戦争の経緯は、1937年7月に盧溝橋事件が起こり、北支事変が勃発しました。時の内閣近衛文麿は、“北支派兵に関する政府声明”を発表し、中国側に武力行使することを発表しました。8月に第二次上海事変が勃発すると、戦争は中国全土へ拡大していきます。これが現在は日中戦争と呼ばれています。

真珠湾攻撃により沈むアメリカ軍艦
出典:Wikipedia

そして1941年12月8日に、アメリカとイギリスに宣戦布告。マレー作戦と真珠湾攻撃を行い太平洋戦争が勃発しました。そして太平洋上で激戦を繰り広げますが日本の敗戦が濃厚となり、1945年8月15日に日本がポツダム宣言を受諾する旨の玉音放送が流され終戦しています。

ポツダム宣言とは?内容や受託が遅れた理由まで分かりやすく解説【全文付き】

大東亜共栄圏の地域は?

大東亜共栄圏の地図
出典:Wikipedia

大東亜共栄圏の地域は1942年に大本営政府連絡会議で、

「日満支及東経九十度ヨリ東経百八十度迄ノ間ニ於ケル南緯十度以北ノ南方諸地域、其他ノ諸地域ニ関シテハ情勢ノ推移ニ応シ決定ス」

とあります。つまり、おおむね南東はビルマ以東、北はバイカル湖以東東アジア大陸、おおむね東経180度以西、インド・オーストラリアは含まれない地域と定義されていました。

大東亜戦争という呼び方の問題点

大東亜戦争はほとんど使われなくなったのはなぜなのか?

戦前は大東亜戦争と呼ばれていた戦争は、なぜ太平洋戦争と別の名前に置き換えられたのか?その疑問について解説します。

軍国主義を連想させると判断された

靖国神社が描かれた紙幣、戦後国家神道は廃止となった
出典:Wikipedia

1945年のポツダム宣言受諾後もしばらく使用されていましたが、12月に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)日本政府に対して「神道指令」と呼ばれる軍国主義の排除・国家神道の廃止・政教分離を目的とした政策が発表されました。

この時に“大東亜戦争”は、国家神道・軍国主義・国家主義に緊密に関係する言葉と定義され、公文書で使用が禁止となりました。これに先駆けて9月に、GHQはニュース規約として「プレス・コード(新聞規約)」を制定しており、マスコミにも大東亜戦争を含めた用語の使用を避ける指示が出されています。

日本の新聞各社に太平洋戦争史を連載させている

1946年の12月7日に朝日新聞が“太平洋戦争”の語を初めて使用し、12月8日にGHQが新聞各紙にGHQ民間情報教育国作製の「太平洋戦争史」を連載し、太平洋戦争の名前と軍国主義の否定が浸透し、学校教育でも推奨されるようになりました。

被支配国である連合国に都合が悪かった

当時の宣伝広告、色々問題もあるがアジアの独立を促した側面もあった
出典:Wikipedia

1952年にGHQの大東亜戦争雇用覚書は失効してから、「太平洋戦争は占領軍から見た米国側の見方」としてあえて“大東亜戦争”という名前が使う人も現れ始めました。理由は大東亜戦争という呼称を使わせない意図に、植民地宗主国が多い連合軍が「植民地を解放し自立を促す」という大東亜共栄圏の思想が都合の悪かったことから禁止したという側面もあったからです。

現在では認識も変わってきており、アメリカの歴史家ジョン・ステファンは「太平洋戦争だとあまりに狭すぎる」と指摘し、「大東亜戦争の呼称が、日本がインド洋や太平洋、東アジアおよび東南アジアで繰り広げようとした戦争を最も正確に表現している」と指摘しています。

大東亜戦争は現在も日本人にとって軍国主義のイメージが付きまとっている
出典:Wikipedia

そういった見解が出てきてはいるものの、大東亜戦争は現在でも一種のタブー視されており、マスコミも「先の大戦」「第二次世界大戦」など論争を避けた言葉が用いられています。ただし2006年~2007年(平成18年度)の見解では、太平洋戦争、大東亜戦争の定義を定める法令はないとされています。

大東亜戦争と定義されている戦争

日本史上最悪の被害を出した大東亜戦争
出典:Wikipedia

日本がアジアの自立を促すという大義名分で行った戦争を紹介します。現在は個別に分けられていますが、元々は大東亜戦争と呼ばれていたものです。

日中戦争

盧溝橋事件の中国兵
出典:Wikipedia

1937年から1945年まで日本と中国の間であった戦争です。1941年に太平洋戦争が始まるまで両国ともに宣戦布告を行っていなかったため、当初は支那事変と呼ばれていました。しかし1941年に蒋介石政府が米英と共に日本に宣戦布告。それに伴い東條内閣が、

「今次ノ対米英戦争及今後情勢ノ推移ニ伴ヒ生起スルコトアルヘキ戦争ハ支那事変ヲモ含メ大東亜戦争ト呼称ス」

と決定し、大東亜戦争と呼ばれることとなったのです。この戦争は1945年の日本のポツダム宣言受諾まで続く、泥沼戦争となったのでした。戦後は大東亜戦争の使用禁止に伴い「日中戦争」と呼ばれるようになりました。

日中戦争とは?原因や結果、日本がしたことを年表で詳しく紹介

太平洋戦争

日本史上最悪の被害を出した太平洋戦争
出典:Wikipedia

1941年12月8日から1945年までの4年間米英と争った戦争で、戦争当時は「大東亜戦争」と閣議決定されましたが、戦後にGHQによって「太平洋戦争」と改められています。

太平洋戦争は、アジアの被支配国である連合軍から、アジア諸国を植民地から解放し独立を促すという建前で行われ、英米蘭の植民地の在留している連合軍と戦闘しています。しかしミッドウェー海戦に敗北したころから、日本は守戦に転じ本土決戦まで追い詰められますが、8月にポツダム宣言を受諾。太平洋戦争は終結しました。

太平洋戦争の詳しい内容は下記の記事に載っています。

太平洋戦争をわかりやすく解説!原因や死者数、終戦までを年表付きで紹介

十五年戦争

満州事変をきっかけで日本は満州を占領した
出典:Wikipedia

1931年の満州事変から始まる中国北部への侵略戦争と、1937年の盧溝橋戦争に始まる日中戦争、そして太平洋戦争を合わせて15年戦争と呼びます。大東亜戦争が侵略行為を美化したもの、そして太平洋戦争という名称は、日米間の戦争を重視しているため適当ではなく、「15年戦争」が妥当だという考えでつけられたものです。

主にマルクス主義などの進歩派の間で使われる傾向がありますが、あまり浸透せず、現状は一般的に太平洋戦争か大東亜戦争を名称として用いることがほとんどです。

第二次世界大戦は全体像を指す

大東亜戦争は第二次世界大戦の中のアジア戦線である
出典:Wikipedia

大東亜戦争は、第二次世界大戦の中のアジア戦線として定義されています。第二次世界大戦の開戦は、1939年にドイツ軍がポーランドに侵攻したことから始まっており、日本が敗戦した1945年までの6年間の世界大戦です。そのため、「日中戦争」と「太平洋戦争」が第二次世界大戦に含まれます。

この時日本は日独伊三国同盟を基盤とした枢軸国に属し、米英露などの連合国と戦いました。第二次世界大戦は、ヨーロッパは当初ドイツ軍が優勢でしたが、ソ連への侵攻に失敗した後は敗戦が続き1945年の5月に降伏。日本もアジアで英米と戦闘を繰り広げましたが、途中から敗退を重ね8月に降伏。第二次世界大戦は連合国の勝利に終わりました。

詳しい第二次世界大戦の詳細は下記の記事ををご覧ください。

第二次世界大戦をわかりやすく解説!きっかけや原因、年表も紹介

大東亜戦争に関するまとめ

いかがでしたでしょうか?筆者は大東亜戦争という名前は知っていたけれども、どういった戦争と定義されているのかうっすらとしかわかっていなかったのですが、今回執筆したことにより大東亜戦争の定義をはっきり認識できました。

アジアの独立を促すという建前で始まった大東亜戦争。そういう一面があったとしても、侵略行為の正当化という側面もあり現在も名称に対する論争が続いているということですが、決着するときは来るのだろうかと感じました。呼び方はどうであれ、アジアで多くの犠牲者を出したことは間違いなく、同じ過ちを繰り返さないようにと感じた次第です。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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