「ヒトラーに子孫っているの?」
「独裁者の子孫ってどんな人なんだろう?」
歴史にあまり興味がない人でも「アドルフ・ヒトラー」を知らない人は少ないのではないでしょうか。
彼は20世紀のドイツの独裁者であり、第二次世界大戦を引き起こし虐殺した人数は、ユダヤ人約600万人・ソ連軍捕虜300万人・何十万の同性愛者や障がい者を殺害したといわれています。
「20世紀最大の悪魔」と揶揄されるこの人物に子孫はいるのか?気になっている人も多いことでしょう。筆者も気になってかなり調べた一人です。この記事では、ヒトラーの子孫はいるのかに焦点を当ててわかったことを解説していきます。
ヒトラーに子孫はいるのか?

まず結論からお伝えすると、ヒトラーに子孫はいます。ただし直系の子孫は途絶えているようです。詳細を見ていきましょう。

子供はいなかった

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ヒトラーに公式の子供はいません。「公式」と敢えて書くのはいくつか別説があるからですが、それは後述します。
ヒトラーは1945年に13年間交際していたエヴァ・ブラウンと結婚していますが、結婚の二日後に夫婦で自殺しています。そして戦後の1948年に妻の「エヴァ・ブラウンの日記」が見つかり、その中に恋人期間中、妊娠し、秘密裏に男子を出産したと書いた内容がドイツの新聞に連載され話題となったようです。

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しかしエヴァの親族が日記は偽物であるとし出版社に訴訟を起こし、バイエルン州の裁判所は「日記はエヴァが書いたものではない」とし、出版停止仮処置をしています。真実はわかりませんが、都市伝説的な話として現在は受け止められています。
ヒトラーに兄妹はいた?

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ヒトラーは8人兄妹です。ただし8人兄妹中、長男と長女は前妻の子供であり、ヒトラーにとっては異母兄弟にあたります。ヒトラーの母クララが産んだ6人の子供は相次いで早世し、無事に成人したのはヒトラー本人と妹のパウラだけです。
妹のパウラは生涯独身でしたが、異母兄のアロイスと異母姉のアンゲラは結婚して子供が産まれています。現在も続いているヒトラーの子孫はこの二人の家系です。
ヒトラーの家族を紹介

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同母妹:パウラ・ヒトラー

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ヒトラーの同母妹です。成人した3人の兄妹のうち、唯一母が同じだったために兄妹の中では一番ヒトラーが気にかけていた妹だったといいます。
パウラは兄が自殺する1945年まで1年に1回くらいのペースであっていたといいます。終生独身を貫き子供はいません。戦後は「パウラ・ウォルフ」と名を変え、元兄の側近に後見され1960年に64歳で死去しました。彼女の死でヒトラーの直系の家系は途絶えています。
異母姉:アンゲラ・ヒトラー

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ヒトラーの異母姉です。レオ・ラウバルと結婚し、3人の子供に恵まれています。しかし夫ラウバルは子供が幼い時に亡くなり、ヒトラーに後見人となってもらい養育していたといいます。
1928年には自分と娘二人を連れて、ヒトラーの別荘に住んでいました。そこでヒトラーは長女のゲリと親密な仲になり、一説には肉体関係も持ったと噂されています。しかし娘のゲリはヒトラーとの関係に悩み自殺をしています。

その後アンゲラはヒトラーの別荘で過ごしたと思われ、詳しい足取りははっきりわかりませんが、現在アンゲラの子供の子孫がオーストリアに在住しているようです。親族は、ウィーン市内のヒトラーの父・母の墓をネオ・ナチの巡礼地にならないように撤去してもらうように申請しています。
異母兄の子:ウィリアム・パトリック・ヒトラー

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ヒトラーの甥であり、アメリカ合衆国の軍人でした。父はヒトラーの異母兄アロイスです。父は子供の頃に父と口論し、家出したまま家に帰らずイギリスで結婚しウィリアムが生まれたといいます。その後両親は離婚。母に引き取られたウィリアムは叔父アドルフを頼り、叔父に銀行の仕事をあっせんしてもらったりしています。
その後叔父と決別し、母と一緒にアメリカに渡米。渡米後にスチュアート・ヒューストンと改名しました。ウィリアムは結婚して3人子供がおり、3人とも子供は一人もいないそうです。そのため「ヒトラーの血筋」を断つためではと世間に噂されたといいます。しかしこのことは親族が否定したためあくまで噂のようです。
子孫は姓を変えて生活していた

調べた結果、ヒトラーの子孫は存在するものの直系の子孫は途絶えており、兄の子供の子孫と、姉の子供の子孫が現在も生活しているようです。ただし彼の悪行の罰か、親族は出来るだけヒトラーの親族とわからないようにひっそりと名前を変えて生活していることがわかりました。
ヒトラーの子供が現れた!?

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1978年にフランスで「ヒトラーの子供」と名乗る男性を、ドイツの近代史学者ヴェルナー・マザーに紹介され話題となりました。その男性はジャン・マリ・ロレといい、ドイツの歴史家によりドイツに紹介されたのです。
フランス人の私生児だったらしい

ロレはフランスの母子家庭で、母から「あなたの父はドイツ人」といわれて育ったといいます。そして母は死の間際に「あなたの父はヒトラーだ」と告げて亡くなったそうです。大人になってからはフランスの反ドイツのレジスタンスに入りますがドイツ軍に捕まってしまい、しかし出生に同情して解放されたと証言しています。
両親は第一次世界大戦で出会ったと主張

ロレが母に聞いた話によると、1916年の第一次世界大戦時にヒトラーが絵を描いているところで出会い、二人で散歩したりしていたそうです。そして「ほろ酔いの夜」に関係を結び、生まれたのがロレということでした。
世間は驚きますが、半信半疑でした。理由はヒトラーのフランス人嫌いは有名で、演説でもフランスを嫌いと公言するような人物でした。そしてヒトラーはドイツ語しか話せず、ロレの母もフランス語しか話せないために現実的にコミュニケーションが取れたのかも疑問が残ります。

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またヒトラーは性的不能だったという噂があります。先述した姪のゲリとも、性行為は正常にできなかった説があります。その他にも、生前のヒトラーを知る人は性的に禁欲的な人だったと証言していたり、睾丸が一つしかなかったなど沢山の証言があり、ヒトラーを知る人を含めて世間でも子供がいたとはあまり信じられなかったようです。

本当にヒトラーの息子なのか?

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結論からいうと勘違いである可能性が濃厚ですが、現在もロレの子供はヒトラーの子孫と信じているようです。まずロレの叔母が、ロレの父親は「ドイツ人の兵」といっただけなのにロレがヒトラーと勘違いしたと主張しています。

そして2014年にイギリスとオーストリアの共同で、ヒトラーの血縁者のDNAとロレの息子のDNAを比較させますが一致せず「ロレはヒトラーの子供ではなかった」と結論付けています。
しかしロレの息子は、自分はヒトラーの孫だと今も信じ、リビングにヒトラーの絵を飾っていたり、積極的に取材を受けたりしているようです。そしてヒトラーの家系図の方が間違えているのではないかとまでいっているそうです。
ヒトラーの子孫に関するまとめ
今回ヒトラーの子孫の記事を執筆しましたが、筆者はヒトラーの子供の話を聞いた時に正直“ヒトラーの性格的に違うのじゃないかな”と思い、当時かなり調べたので、今回形にできて嬉しく思います。
結局結論はわからずに終わっていたのですが、今回の執筆で改めて調べるとDNA鑑定がされていたりと、新しい事実が出てきて驚いています。これからも新たな事実がわかるのかもと感じています。この記事を読んで、筆者のように驚いてくれた人がいたら嬉しく感じます。最後までお読みいただきありがとうございました。