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勘合貿易とは?目的や輸出入品、朱印船貿易との違いもわかりやすく解説

勘合貿易ってなに?
勘合貿易の背景に、海賊がいたって本当?

「勘合貿易」は、室町時代に、日本と明(みん)との間で行われた貿易のことを言います。両国間の貿易は、当初「日明貿易」とも呼ばれていました。

時の征夷大将軍の足利義満は、明との貿易で発生する莫大な利益を得ることで、国の安定も図っていました。なにより、自身が「日本国王」との呼び名を手に入れるためにも、勘合貿易は無くてはならない存在だったのです。

1401年にはじまった「勘合貿易」は、中断の期間がありながらも、約100年に渡り継続されました。しかし、1557年に途絶えてしまっています。

今回は、歴史好きな筆者が、歴代の貿易に関心を抱いて知り得た「勘合貿易」について、ご紹介します。勘合貿易とは?勘合符や歴史の流れに触れるとともに、当時のエピソードも交えて解説します。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

勘合貿易(日明貿易)とは

勘合貿易の立役者である足利義満
出典:Wikipedia

勘合貿易とは、1404年に足利義満が明との国交を復活してはじめた貿易です。「勘合」とは、貿易を行う際、正式な商船を見分けるために用いた割札の名を取っています。

勘合貿易は足利義満の思惑通り、日本に大きな利益を生みました。一部の批判が高まったことにより一時中断もされますが、永きに渡って行われました。

ちなみに、日明貿易と勘合貿易は全く同じというものではありません。日本と明との貿易を大きく分類したのが「日明貿易」、正式な交易相手を判断するために勘合符を用いて行った貿易を「勘合貿易」とされています。

1549年までの間に、19回の取引が行われました。

明と日本との貿易

日本との国交を決めた光武帝
出典:Wikipedia

明と日本との貿易は、鎌倉時代に何度か行われていました。明は、光武帝が1368年に建国した国家ですが、以前の宋とも「日宋貿易」などが盛んだったのです。

明は、基本的に自国を主上とするシステムをとっていました。日本からすると若干不名誉なことではあるものの、莫大な利益を残したのです。

その有益さは、足利義満の息子である義教にも伝わっていました。事実、彼は後に中断された日明貿易を復活し、幕府再建のために利用しているのです。

外国との国交はその後も盛んに行われ、現在に至っています。その背景には、やはり「利益」という魅力が隠れているのです。

使用された「勘合符」とは

勘合符の図
出典:Wikipedia

勘合符とは、勘合貿易を行う際に使用された割札のことを指します。中国大陸では古くからこの形が使用されており、金版を代わりにしている場合もありました。

日本との貿易を行う際、明はこの勘合符を使って正式な商船かどうかを見分けていたのです。板の中心に「日字〇號」や「本字〇號」という文字を書き、2つに割って両国が所有しました。そして、札を合わせたときにぴったり合えば、問題なしとされました。

勘合符は明が発行し、日本とそれぞれ100枚ずつ持つことになっていました。室町幕府だけでなく、一般の商船も保有していたと言われています。

勘合貿易が行われた理由

人々から恐れられた倭寇とは
出典:Wikipedia

そもそも勘合符を用いて貿易を行った理由には、「倭寇(わこう)」と呼ばれる海賊の存在と、足利義満の利益を獲得すること。国交を復活させることで権威を示し、国の統治を安定させたいという思惑が交差したことがありました。

当時、明は海禁制度を敷いており、自国と外国との船の往来を基本的に禁止していたのです。もともとの理由は、外国との貿易によって沿岸都市が発展し、皇帝に対して服従心が薄れるものを防ぐためのものでした。

しかし同時に、明は「朝貢貿易」という形を推薦していました。あくまでも、明を主上としての取引を求めたのです。そんな頃に、日本を統べた人物こそが足利義満でした。義満は利益を優先して建前を捨て、明との朝貢貿易に踏み切ります。

明は、朝貢貿易としての正式な商船を見分けるために、勘合貿易を採用したのです。

勘合貿易と朱印船貿易の違い

織田信長の時代に使用された朱印状
出典:Wikipedia

勘合貿易と朱印船貿易がひとくくりに捉えられることがありますが、実際は全くの別物です。確かに、正式な貿易船を見分けるために、証明書を用いたという点では似ています。

しかし、勘合貿易は室町時代に発展した貿易なのに対し、朱印船貿易は安土桃山時代に、豊臣秀吉がはじめています。朱印船貿易は、1590年に秀吉が天下統一を成し遂げた際、「外国との貿易を統制したい」という思いから実現されました。

正式な船を見分けるために「朱印状」という認可証を発行し、主に東南アジアを相手に行われました。後に徳川家康が規模を拡大し、鎖国時代まで続けられた貿易です。

2つの貿易は、似て非なるものなので混同しないようにしましょう。

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