「あちこち逃げ回っていた市橋達也は今どうなっているのだろう?」
「市橋達也の家族の現在は?」
2007年に起きた「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」は、容疑者の「市橋達也」が指名手配された末に、事件から2年7ヶ月後に逮捕された事件です。逮捕後に市橋達也の逃避行や、本を出版したことでも話題となりました。
本記事では、この事件の犯人である市橋和也の現在の様子について、家族の状況なども含めて詳しく解説していきます。
この記事を書いた人
フリーランスライター
フリーランスライター、高田里美(たかださとみ)。大学は日本語・日本文学科を専攻。同時にドイツ史に興味を持ち、語学学校に通いながら研究に励む。ドイツ史研究歴は約20年で、過去に読んだヨーロッパ史の専門書は100冊以上。日本語教師、会社員を経て結婚し、現在は歴史研究を続けながらWebライターとして活躍中。
市橋達也が起こしたリンゼイ・アン・ホーカー殺害事件の内容を簡単に解説
「リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件」とは、2007年3月25日に千葉県市川市で起きた英国人女性殺害事件です。リンゼイさんと犯人の市橋達也が喫茶店で英語のレッスンをした後に、市橋がリンゼイさんを自宅に連れて行っています。
そして市橋はリンゼイさんを監禁した上に暴行し、2日後リンゼイさんが逃げ出そうとしたために頸部を絞めて殺害しました。次の日にリンゼイさんの同居人の連絡を受けていた警察が、市橋のマンションを訪問。捜査員が部屋に入ろうとすると、市橋は警察の警備を振り切って逃走してしまいます。
その後2年7か月の逃亡生活を送るものの、名古屋市内の整形手術を受けた病院の通報により市橋の足取りが発覚。その後も逃走を続けるも、大阪のフェリー乗り場で逮捕されました。
リンゼイ・アン・ホーカー殺害事件から逮捕までの経緯
ここでは、市橋達也がリンゼイ・アン・ホーカーさんを殺害し、2年7か月の逃走生活から逮捕の時までの経緯を詳しく紹介していきます。
リンゼイさんを自宅に監禁し殺害
2007年3月25日に市橋達也とリンゼイさんは、英会話レッスンを喫茶店で行っています。その後市橋がレッスン代を忘れたと話し、被害者と共に自宅にお金を取りに行きました。そして自宅で被害者を押し倒し強姦後、取り外し可能な浴室を和室に置き、その中で被害者を結束バンドで自由を奪い監禁しています。
また、被害者が結束バンドを解くように要求する被害者を、何度も殴りつけました。そして翌日25日に結束バンドを解いて被害者が逃げようとしたために、頸部を絞めて殺害。
市橋は被害者が死亡後に、ホームセンターで園芸土50リットル・発効促進脱臭剤・脱臭剤・シャベル・苗木を購入し、ベランダに浴室を移し、遺体の上に土をかけています。
警察を振り切り逃走してしまう
被害者を殺害した翌日の26日に、被害者が行方不明になったことを相談していた千葉県警船橋警察署の警察官が、被害者宅を訪問し市橋の電話番号とメールアドレスを見つけています。そして市橋の家に家宅捜索を決行するも、警察官が自宅に入ろうとすると非常階段をおり逃走してしまいました。
非常階段にも捜査員を配置していましたが、取り逃がす結果となっています。捜査員は市橋の家のベランダに置かれた浴槽の中に、土で埋められた被害者を発見しました。警察は警察犬を導入して市橋を探しますが、東京メトロ行徳駅周辺で臭いが消えており足取りが掴めず、死体遺棄容疑で指名手配されています。
無人島生活と住み込み労働の二重生活
市橋は逃走後、秋葉原まで移動し立ち寄った東京大学医学部附属病院の身障者用トイレで、人相を変えるために、鼻翼を左右に縫いとめ、唇をハサミで落としほくろもカッターで切り取ったのだそう。
その後大阪で住み込み労働をし、沖縄県久米島の離島・オーハ島での生活と二重生活をしていたといいます。オーハ島では魚や蛇などを食べて生活し、野菜を栽培していたそうです。
そしてお金が必要になったらまた大阪に出稼ぎと、大阪での住み込み労働と、沖縄の離島での生活の二重生活のスタイルが定着していたといいます。市橋は2年7か月の間に4回オーハ島に滞在しており、最長で3か月間滞在していたそうです。
美容整形外科からの通報で居場所が特定
市橋の居場所が特定されたきっかけは、名古屋市の美容形成外科からの通報でした。2009年に名古屋市の美容形成外科医院が過去の写真を整理していたところ、ほくろの除去に来ていた男が市橋だと気づき、警察に通報しています。
さらに手術後の写真を見て、大阪府茨木市の建築会社で住み込みで働いていた、建設会社からの通報もありました。これらのニュースが出たときに、市橋は福岡に滞在しており滞在先のホテルで知ったといいます。
大阪のフェリーターミナルで逮捕された
電車内で高校生の顔面を骨折させたホスト #宮本一馬 同じウインドブレーカーは警察の提供。#市橋達也 pic.twitter.com/ScVmALdqhA
— osomatsuおそ松★真木よう子★ (@osomatsugreen) January 25, 2022
福岡にいた市橋はオーハ島に滞在するために鹿児島に向かおうとしますが、警備を恐れて神戸発の沖縄行きの船に乗ることを選択しました。そして2009年の11月10日に市橋は神戸の六甲船客ターミナルで沖縄行きのフェリーに乗ろうとしたものの、その日の沖縄行きは欠航していました。
そのため就航していた大阪南港発の沖縄行きの船を案内され、大阪に向かおうとしています。しかしフェリー会社の人が、市橋に似ていると感じ警察に通報。大阪南港に待機していた警察官により逮捕されました。