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カエサルとはどんな人?生涯・年表まとめ【功績や逸話も紹介】

「カエサルってどんな人なの?」
「カエサルのすごいところは?」
「カエサルのエピソードが知りたい」

この記事をご覧のあなたはそのようにお考えではないでしょうか?
カエサルはフルネームを「ガイウス・ユリウス・カエサル」といいます。ローマの名門貴族の家に生まれ、財務官や按察官、最高神祇官といった要職を歴任し紀元前59年に最高官職である執政官に上り詰めました。

カエサルが平定したガリアの地図

戦に強く百戦百勝とはいかなかったものの、全体の流れを決める大戦では必ず勝利をもたらす武人でした。現在のフランスにあたるガリアを平定したのは歴史に残る功績でしょう。

一方、国内では政敵をも許す「寛容」の精神で政治を安定化させました。自らが抱える多額の借金すらも政治力強化に役立てたほどです。

カエサル暗殺の実行犯の一人であるブルータス

しかし、カエサルの成功や権力の集中は共和政の仕組みを守ろうとする保守派から危険視され、紀元前45年に暗殺され命を絶ちました。殺される直前、暗殺者の一人で彼と愛人の子であるブルータスへ言い放った「ブルータス、お前もか!」というセリフは現代でも名言として語り継がれていますね。

今回は、ローマ共和政末期に活躍した政治家であるカエサルの生涯や名言、功績、エピソードなどについてまとめます。

カエサルはどんな人物か?

名前ガイウス・ユリウス・カエサル
誕生日紀元前100年頃
(紀元前102年という説も)
生地ローマ
没日紀元前44年3月15日
没地ローマ
配偶者1番目:コルネリア
2番目:ポンペイア
3番目:カルプルニア
埋葬場所フォロ・ロマーノ

カエサルの生涯をハイライト

カエサルを粛清しようとしたたスッラ

紀元前100年頃、カエサルはローマ建国以来の名家であるユリウス一門に属するカエサル家に生まれました。若いころ、独裁官だったスッラに目を付けられ粛清されそうになりますが、辛くも難を逃れます。

スッラの死後、ローマにもどったカエサルは平民派のリーダーの一人として活動。巧みな弁舌を武器に借金をして大イベントを開催するなど、周囲から注目を集める存在となりました。

カエサル、ポンペイウス、クラッススが会談したルッカの現在の街並み

頭角を現したカエサルは、海賊討伐で名声を上げた将軍ポンペイウスと自分に莫大な金を貸し付けてくれた大富豪のクラッススの2人とルッカで会談します。その会談により第一回三頭政治が始まりました。

執政官退任後、カエサルは軍を率いてガリアに向いました。7年にわたるガリア遠征は成功に終わり、カエサルの軍事的名声が高まります。しかし、クラッススがパルティアに敗れ戦死すると、ポンペイウスとカエサルの関係が破綻し第一回三頭政治は終わりを告げました。

元老院派としてカエサルと戦った将軍ポンペイウス

すると、元老院はポンペイウスと手を組みカエサル打倒を画策します。カエサルは国境であるルビコン川を渡りポンペイウスとの内戦をおこないます。最終的にカエサルはこの内戦に勝利し、ローマの独裁権を握りました。

元老院議員によって暗殺されるカエサル

終身独裁官となったカエサルは自分に権力を集中させます。そのことに危機感を持ったブルータスら元老院議員の一部がカエサルを暗殺しました。カエサルが敷いた路線を完結させ、ローマを帝政に移行させる役割はアウグストゥスが引き継ぎます。

カエサルの性格は「野心家・女たらし・借金王」

借金王で女たらしだったカエサル

カエサルは「ローマ最大の野心家」と言われています。従来の政治体制を変えようと奮闘したのですから、野望を実現しようとする芯の強さや頭の良さがあって当然だと言えます。過程よりも結果を重視し、なにか成果があるような行動でなければ行動する意味がないと信じていました。

しかし一方で、リーダーとしてカリスマ性を発揮する傍ら、お金や女性には非常にだらしなかったとも伝えられています。借金の額は天文学的数字だったそうです。独裁者としての地位に登り詰めた人物が、実は女たらしの借金王だったというポイントが、カエサルが今日まで人気な偉人である理由なのかもしれません。

クレオパトラから届いた贈り物は自分の「身体」

身体を贈り物にしたクレオパトラ

三頭政治のメンバーだったポンペイウスと対立したカエサルは、ポンペイウスを追ってエジプトのアレクサンドリアに進軍します。ちょうどその時、エジプトのプトレマイオス朝は後継者の座を巡ってクレオパトラとプトレマイオス13世の師弟が争っていました。

カエサルは両者を仲介しようとしますが、プトレマイオス13世派の刺客から攻撃を受けたことからクレオパトラに味方します。クレオパトラは贈り物として自分の身体を絨毯に包み、カエサルのもとに運ばせました。カエサルはクレオパトラの美貌と知性にあふれた理知的な人柄を気に入り、それから2人は親密になり、カエサリオンという子どもをもうけました。

文筆家としても評価されたカエサル

カエサルは政治家、軍事家としての一面の他、文筆家としても高く評価されています。彼が書いた作品として残っているのは『ガリア戦記』『内乱記』『反カト論』『類推論』で、古典ラテン語の最重要文献として研究されてきました。

文筆家としても高く評価されていたカエサル

ドイツの歴史家で、ローマ史の研究によってノーベル文学賞を受賞したテオドール・モムゼンは、カエサルを「ローマが生んだ唯一の創造的天才」と評価しています。また、17世紀から18世紀にかけてのフランスの有名な哲学者モンテスキューも、カエサルについて次のように述べています。

「人々は、カエサルの幸運についてしきりに語る。しかし、この非凡な人物は、多くのすぐれた素質もあり、欠陥はないわけでなく、多くの悪徳を積みもしたが、どんな軍隊を指揮したところで勝利者となったろうし、どんな国家に生まれたところで、それを統治したことであろう」。

哲学者 モンテスキュー

ブルータス、お前もか!で有名なカエサルの死

「ブルータス、お前もか」はカエサルの死に際に生まれた

すべての政敵を打ち倒したカエサルは前46年、ローマに凱旋し、元老院の有名無実化を実現します。前44年には終身の独裁官に任命され、皇帝として君臨しようとする野望があからさまになってきました。それを危惧した元老院は、カエサル独裁反対派を組織し、カエサルの暗殺を企てます。

カエサルには懇意にしていたブルータスという部下がいました。しかしブルータスはローマの共和制を熱心に願っており、独裁者として権力を集め出したカエサルに疑念を抱くようになります。暗殺の場で、カエサルは自分を殺そうと取り囲む群れからブルータスを見つけ、「ブルータス、お前もか!」と叫んだ有名なエピソードが残っています。

カエサルは信頼していた部下から裏切られ、皇帝になる道半ばで殺されてしまったのでした。

カエサルの功績

功績1「どんな逆境でも覆す戦争の天才」

カエサルは戦争の天才として知られています。といっても、アレクサンドロス大王のように不敗の名将というわけではありませんでした。幾度か大きな敗戦も経験しています。しかし、どんなに状況が不利になろうと最終的には逆転して勝利をつかんできました。

紀元前58年に始まったガリア戦争の終盤戦、ガリアの諸部族はウェルキンゲトリクスのもとで一致団結してカエサルと対峙。カエサルはガリア人の聖地であるアレシアを包囲中にウェルキンゲトリクス率いるガリア軍に逆包囲されピンチとなります。

座っている勝者のカエサルの前に馬上から剣を投げ捨て、敗北を認めたウェルキンゲトリクス

しかし、カエサルはアレシアを囲む防御柵と別に外から攻めてくるウェルキンゲトリクス軍に対抗するための防御柵も作る作戦で内と外からの攻撃を撃退し、長期戦に不向きなガリア軍に勝利しました。

また、ポンペイウスとの戦いでは海岸部のドゥラキウムの戦いで敗れてしまいます。しかし、内陸のファルサロスで軍を立て直すとポンペイウス軍の騎兵を無力化する奇策を用いて逆転勝利しました。カエサルはどんな逆境に置かれても必ず突破口を見つけて戦いに勝利していったのです。

功績2「”寛容さ”でローマの政治を安定化」

カエサルは敗者ですら許し、政治に参加させる「寛容」な政治方針を取りました。カエサル以前、平民派リーダーのマリウスと閥族派リーダーのスッラは自分たちの敵を粛清したため多くの人が命を失いました。カエサル自身もスッラに粛清されそうになった経験を持ちます。

カエサルのガリアでの振る舞いが書かれた『ガリア戦記』

それに対し、カエサルは自分に敵対した者たちでも政界復帰を許しました。そればかりか、かつての敵対者を高い官職につけることすらありました。カエサルが征服したガリアでも従う者たちは許しました。

例えば、後にカエサル暗殺の実行犯の一人となるブルータスはポンペイウス側につきカエサルと戦いますが、戦後、許されて法務官となります。「カエサルの寛容」は多くの人々の命を救い、政治の安定化に役立ちました。

功績3「帝政への道を開いた 」

カエサル時代の共和政ローマの領土

カエサルはローマの政治システムを皇帝がひとりで決断し行動する「帝政」に移行するべきだと考えました。その理由は、長時間の話し合いが必要な共和政だと広い領土を治めるのに不向きだと考えたからです。

実際、彼が生きた時代の元老院は各地で起こる反乱や政治的な変化、外国の侵入などに対しすぐに決断を下すことができませんでした。また、元老院議員たちは自分たちの利益が損なわれる法案(たとえば、大土地所有を制限される農地法改正)などに激しく反発しました。

カエサルの後を引き継ぎ、帝政ローマを成立させたアウグストゥス

内乱に勝利したカエサルは、時代遅れになり自分たちの利権を守ることばかり熱心な元老院の力を削り、改革をスピーディに行うため終身独裁官に就任しました。カエサルが手に入れた強大な力はアウグストゥスに引き継がれ、彼によって帝政ローマが開始されます。その意味で、カエサルは帝政への道を開いたといえるでしょう。

カエサルの名言

「人は喜んで自己の望むものを信じるものだ。」

「お前たちが、やる気充分でいるのはわかっている。わたしに栄光をもたらすためには、どんな犠牲も甘受する気でいるのもわかっている。だが、わたしが、お前たちの命よりも自分の栄光を重く見たとしたら、指揮官としては失格なのだ。」

「賽(さい)は投げられた。」

「わたしは王ではない。カエサルである。」

「ブルータス、お前もか!」

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