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室生犀星とはどんな人?生涯・年表まとめ【代表作品や功績、名言についても紹介】

室生犀星にまつわる逸話

逸話1「人をだめにするほどの世話焼き気質」

いかにも育ちが良さそうな森茉莉
出典:Wikipedia

犀星が直情的で、とにかく情に厚い人物だったことは、これまで紹介したエピソードだけでもご理解いただけるかと思います。犀星のそのような一面を示すエピソードは多く、とりわけ彼の世話焼きの気質は、非常に多くの人物に向けられていたようです。

室生犀星に何かと世話を焼かれていた人物としては、森茉莉(もりまり)が代表格として挙げられます。彼女はかの文豪、森鴎外の長女でしたが、鴎外が彼女を溺愛しすぎた結果、彼女は料理以外の生活力が本当に皆無な女性に成長してしまいました。

そんな茉莉の散らかり放題の部屋を見た犀星は、彼女の生活力の無さを心配し、夜に眠れなくなるほどだったそうです。友人の娘とはいえ、血縁もない他人をここまで心配できる人物は、世界広しと言えどそういないでしょう。

その後、あまりにも彼女を心配した犀星は何かと茉莉の世話を焼くようになり、茉莉の生活力の無さは改善されるどころか悪化。犀星が死んだときに、茉莉は「庇護者がいなくなった」と狼狽えたというエピソードから、犀星の人をダメにしてしまうほどの世話焼き気質が読み取れます。

逸話2「友人・朔太郎を助けるための犀星の行動とは」

犀星に殴られた?岡本太郎
出典:Wikipedia

とある出版記念会での出来事。居並ぶ参加者の中で、犀星はある光景を目にします。それは、親友である萩原朔太郎が、岡本太郎に絡まれている光景でした。

その光景を見た犀星は「朔太郎が危ない!」と直感。犀星は近くにあった椅子を手にし、それを振り回しながら朔太郎を助けに向かったそうです(ちなみに岡本太郎は、別に朔太郎に喧嘩を売っていたわけではなく、完全に冤罪でした)。

ちなみにこの時、同じ記念会に出席していた芥川龍之介は「いいぞ、やれ!」と犀星を煽ったあげく、後日「君はよくやった」と犀星に手紙を送る始末。椅子で殴られた岡本太郎は完全に殴られ損ですが、当時の文豪たちの仲の良さや、犀星の善良な性格が伝わるエピソードと言えるでしょう。

ちなみにこのエピソードにはいくつかの余談があり、朔太郎の「君は何故、岡本君を椅子で殴ったんだい?」という問いに対し、犀星が「それはテーブルが重かったからだよ」と答えたというエピソードが特に有名です。違う、訊きたいのはたぶんそういう事じゃない……!

ともかく、こういった直情的でどこか天然な性格も、室生犀星という人物が現代でも愛される由縁なのかもしれません。

逸話3「犀星と朔太郎は生涯の友となった」

萩原朔太郎は室生犀星の友であり、
日本近代詩の父
出典:Wikipedia

室生犀星と萩原朔太郎が生涯の親友だったことは、前述したとおりです。(勘違いだったとはいえ)喧嘩を売られた朔太郎を助けるために、椅子を振り回して現場に乗り込む辺り、犀星が朔太郎に友情を感じていたことを疑う余地はないでしょう。

しかしその話には、都市伝説的ではありますが更なる余談が存在します。その余談というのも、喧嘩を売られた犀星のために、朔太郎が椅子を振り回して助けに向かったというもの。前述の出版界のエピソードとは、見事に人物が逆になる形のエピソードです。

ちなみにこのエピソードも、犀星は喧嘩を売られていたわけではなく、助けに向かった朔太郎の勘違いで早とちりであったそう。もしもこのエピソードが真実であったなら、似たような気質を持つ二人が生涯の親友となったのは、必然であったと言えるのかもしれません。

室生犀星の生涯年表

1889年
小畠家の私生児として生を受ける
この年の8月1日、犀星は小畠弥左衛門吉種の私生児として生まれました。私生児であったために認知されなかった犀星は、生後ほどなくして小畠家と懇意にしていた雨宝院の住職・室生真乗と、その内縁の妻であった赤井ハツにもらわれ、照道と命名されます。
1896年
室生真乗の養子として、室生姓を名乗るようになる
育ての親である室生家との養子縁組が成立し、義父の苗字である”室生”姓を名乗ることになります。しかし「妾の子」であった事実は変わらず犀星を苛み続け、その苦しみは生涯を通じて続いたようです。
1902年
高等小学校を中退し、金沢地方裁判所に就職
この年の5月、生活苦が原因となって、通っていた長町高等小学校を中退。金沢地方裁判所の給仕として働き始め、そこの上司であった河越風骨、赤倉錦風らに俳句の手ほどきを受けるようになります。
1904年
新聞に俳句が掲載される
この年、10月8日付けの『北國新聞』に、彼が詠んだ俳句が初めて掲載されます。この時の号は照文(てりふみ)であり、これ以降彼は試作や短歌にも興味を持ち始めました。
1906年
”犀星”を名乗り始める
この年以降、彼は「室生犀星」のペンネームで文筆活動を行い始めます。ペンネームの由来は、当時金沢で活動をしていた漢詩人、国府犀東への対抗意識によるものとも、犀川の西に生まれ育ったことからとも言われています。
1910年
上京
裁判所時代の上司だった俳人・赤倉錦風を頼りにして上京します。しばらくは錦風の下で厄介になっていたようですが、やがて生活が厳しくなったことで地元へと帰郷。以後犀星は、何度か状況と帰郷を繰り返す生活を送ることになりました。
1913年
萩原朔太郎と知り合う
北原白秋が主催する『朱欒』に、犀星作の詩が連続掲載。それを見た萩原朔太郎から熱烈な手紙を受けて親交を持つことになります。初対面での印象こそ「貧乏くさい痩せ犬」と「鼻持ちならない気障な奴」と、あまり良くなかったようですが、ここで結んだ友情は、彼らの生涯を通じてのものとなりました。
1914年
人魚詩社を創立
萩原朔太郎、山村暮鳥と3人で、人魚詩社を創立します。翌年には『卓上噴水』を創刊し出版しますが、世間からの受けはあまり良くなかったようで、『卓上噴水』は3号で廃刊となっています。
1916年
感情詩社を結成
萩原朔太郎と共に感情詩社を結成し、同人誌『感情』を創刊。これはそれなりの評価を得たようで、1919年まで32号を刊行。犀星の文筆家としての下地を支える同人誌となりました。
1917年
養父の死
この年の9月、養父であった真乗が死去。詳しい記録は残っていませんが、犀星が養父に大成した姿を見せることは叶いませんでした。
1918年
文筆家として本格的に活動開始
この年の1月には、『愛の詩集』を自費出版。9月には『抒情小曲集』を出版するなど、作家として本格的に活動を開始します。また、2月には浅川とみ子と結婚し、彼女は犀星の生涯唯一の妻となりました。
1919年
人気作家となる
8月、初めての小説『幼年時代』が『中央公論』に掲載。『中央公論』の編集長である滝田樗陰の目に作品が留まったらしく、犀星は執筆を依頼されるほどの人気作家として有名になります。依頼を受けた犀星は、10月に「性に眼覚める頃」、11月「或る少女の死まで」を『中央公論』に掲載。どちらの作品も高い評価を受けました。
1921年
長男の誕生。しかし……
この年の5月に、犀星ととみ子の間に第一子が誕生。豹太郎と名付けられたその子を、夫婦はとても可愛がっていたようですが、豹太郎は翌年に突如として死去。記録に残っている情報は少ないですが、夫婦がとても悲しんだことは想像に難くありません。
1923年
関東大震災
この年の8月に、長女である朝子が誕生。しかし時を同じくして、関東大震災が勃発します。幸運にも身辺に犠牲者が出なかった犀星は、友人である芥川龍之介らを心配し、家にあったリアカーに物資を積んで彼らの家を訪ねてまわったそうです。しかし住居は壊れてしまったようで、震災の1か月後の10月には、家族と共に金沢へ戻っています。
1927~1928年
度重なる死別
1927年に友人である芥川龍之介が突然の自殺。翌年には養母である赤井ハツが死去するなど、この2年間は犀星にとって、辛い別れが多い年となりました。事実この2年間は、犀星はあまり作品を書いていなかったようで、めっきり作品数が落ち込んでいます。
1932年
再び上京し、終の住居とする
関東大震災の災禍が一段落したこともあり、犀星は再び東京へ。大森区馬込町東763番地(現東京都大田区南馬込)に新築の家を建て、そこを生涯の住居としました。ただし前年には軽井沢に別荘を買っており、常に馬込町の家で執筆を行っていたわけではありません。
1934年
詩作を辞めることを発表
『詩よ君とお別れする』を発表し、長年彼の名声を支えた詩作との訣別を宣言します。しかし彼はその後も数多くの詩を遺しているため、これはリップサービスか、もしくはどこかで気が変わったのだろうと思われます。
1935年
『あにいもうと』で文芸懇話会賞を受賞
前年に連載した『あにいもうと』で文芸懇話会賞を受賞し、文壇に名を轟かせます。『あにいもうと』は翌年には映画化もされた他、この功績によって犀星は「芥川賞選考委員」にも選出。1942年までの間、選考委員として芥川賞を支えました。
1941年
『戦死』にて菊池寛賞を受賞
小説『戦死』にて菊池寛賞を受賞し、犀星の文壇での有名は盤石なものとなりました。『戦死』は短編小説であるため、現在は犀星の短編集などで読むことができます。また、この年に一度行った帰郷が、犀星が金沢の地を踏んだ最後となっており、以降犀星は部屋に犀川の写真を飾り、故郷を懐かしみながら執筆に励んだそうです。
1942年
親友との別れ
この年の5月に、親友であった萩原朔太郎が急性肺炎のため死去。彼の詩に犀星が何を思ったのかは記録されていませんが、それらがなくとも朔太郎と犀星のエピソードを知っているだけで、この時の犀星の心中を想像することができます。
1956年
『杏っ子』を連載開始
この年の11月より、代表作の一つとされる『杏っ子』を連載開始。娘である朝子をモデルにした、半分自叙伝のような形式の作品は話題となり、翌年に第9回読売文学賞を受賞。さらに東宝で映画化される程のヒットとなりました。
1959年
妻・とみ子との別れ
10月に、最愛の妻であるとみ子が死去。犀星が悲しみに暮れたことは想像に難くありませんが、同時にこの年は『我が愛する詩人の伝記』で第13回毎日出版文化賞を受賞、『かげろふの日記遺文』で第12回野間文芸賞を受賞するなど、犀星の文学的評価が高まった年でもありました。
1960年
「室生犀星詩人賞」を創設
前年に受賞した文学賞の賞金を用いて、「室生犀星詩人賞」を創設。この賞は富岡多恵子などの詩人を輩出しましたが、残念ながら将としては定着せず、第7回をもって終了となっています。
1962年
肺ガンのため死去
前年の10月に体調を崩した犀星は、虎の門病院に入院。しかし病状が回復することはなく、この年の3月26日に帰らぬ人となりました。遺体は故郷である金沢市の野田山墓地に埋葬されたそうです。

室生犀星の関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

或る少女の死まで

室生犀星の代表作の一つであり、自伝的な部分が濃いとされる作品です。タイトル通りに「ある少女の死まで」を描いた作品ではありますが、タイトルから受ける印象とはまるで異なる、繊細で清冽な読後感を抱く作品となっています。

タイトル通りの”泣ける”作品を志向する方には合わないかもしれませんが、繊細な文学表現や、生と死に対する鋭敏な感覚に触れたい方にはぴったりの作品だと言えそうです。

性に眼覚める頃

上述の『或る少女の死まで』と同様に、犀星の代表作にして、自伝的作品の一つと評価される作品です。『性に目覚める頃』というタイトルだけでは官能小説を連想しそうになりますが、内容そのものは青春小説的であり、「性に目覚める頃」の若者たちの姿が、瑞々しい文体で描かれています。

青春小説というと、古いものでは梶井基次郎、現代であれば朝井リョウなどがよく代表的な作家として挙げられますが、この作品もそんな彼らの作品には劣らない、等身大の青春が描かれている名作となっています。

あにいもうと 詩人の別れ

最近になって室生犀星に興味を持ち始めた方は、おそらくこの作品から興味を持ち始めたのではないでしょうか?2018年に、大泉洋と宮崎あおい主演でスペシャルドラマが放送された『あにいもうと』の原作小説です。

基本的にファンタジックでどこかおとぎ話的な犀星の作品の中では珍しく、妹の妊娠をきっかけに対立する兄妹の、確執と家族愛を描いた作品となっています。犀星の作品の「世界観」が好きという方には合わないかもしれませんが、犀星の「文体」に惹かれるという方からすると、最もダイレクトに犀星の魅力を感じられる作品かもしれません。

杏っ子

室生犀星の代表作の一つであり、これも自伝的な部分の大きい作品となっています。とはいえ、この記事で主に取り上げたような愉快な部分は少なく、むしろ「私生児であったことに対する根深いコンプレックス」や「実の両親から愛情を受けられなかった彼が、実の娘に対して手探りで愛情を注ぐ様子」が、他ならぬ主人公(=犀星自身)の視点で描かれています。

自伝的な代表作が多い犀星の中でも、この作品はとりわけ自伝の意味合いが強く、物語というよりも、一人の人間の回顧録を読む気分にさせられる作品です。「小説が読みたい!」というよりも、「室生犀星について知りたい!」という方にお勧めすべき本だと感じました。

蜜のあはれ

犀星が晩年に執筆した、彼の集大成ともいえる作品の一つです。美しい文体や、どこか幻想的でファンタジックな舞台設定など、犀星らしさが存分に発揮されています。

内容自体はおとぎ話的でありながら、性的な描写も数多く出てくるなど、若干人を選ぶ印象が強い作品です。しかしこの作品の一番の特徴は、文章が全て会話で進んでいく「会話劇」であること。昨今流行りの「LINE会話動画」や「チャット小説」等の前身とも言える作品のため、文学に入門するには、意外と良い作品なのかもしれません。

おすすめの映画

蜜のあわれ

晩年の再生が描いた、幻想的かつ官能的な作品の映画版です。官能的な女性「赤子」を二階堂ふみが、その赤子と一緒に暮らす「おじさま」を大杉漣が演じ、幻想的な世界を抜群の演技力で見事に表現しています。

「幻想文学」という難しいジャンルの映像化という事で、作品自体はかなり好みがわかれるところではありますが、出演するキャストの方々や映像などのクオリティは高いため、「文学作品の映像化」の中ではかなりクオリティの高い作品となっています。

おすすめドラマ

あにいもうと

書籍紹介の部分でも少しだけ触れた、『あにいもうと』のスペシャルドラマです。大泉洋と宮崎あおいが主演を務め、少し現代的になった『あにいもうと』の世界観が描かれます。

舞台設定は現代的にアレンジされているため、完全な”室生犀星の”『あにいもうと』ではありませんが、その分作品自体に触れていない方にも分かりやすく話が展開していくため、犀星の作品に初めて触れる入口としてはかなり良質な作品に仕上がっています。

関連外部リンク

室生犀星についてのまとめ

「妖魔」とすら称されるほどの文章表現の冴えを見せながら、私生活では直情的で友人思いの世話焼き気質。そして微妙に天然だったり、動物や甘いものが好きだったりと、妙に可愛らしい一面も持ち合わせていた室生犀星という作家。

文豪たちのキャラクター化が俄かに流行している昨今ですが、犀星は正にその先駆け。と言うより、キャラクターよりもキャラクターっぽいその人物像が、室生犀星という人物が今でも愛され続ける由縁なのかもしれません。

正直なことを言うと、筆者はこれまで、室生犀星に興味を示さずに生きていましたが、この記事を書くにあたって読んだ『或る少女の死まで』などは、「なるほどたしかに名文である」と感じました。太宰や芥川と比べると、やはり少々読みにくさは否めない作風ですが、少し手ごろで、かつ少し難しめの文学に挑戦したい方には、この作品はピッタリであるように思います。

ただ正直なところ、この記事だけでは書ききれていないエピソードがあるのも事実。掘れば掘るだけ面白エピソードが眠っているタイプの作家ですので、是非皆さんも犀星について調べて言ってくれればと思います。

それではこの記事にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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