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竹中半兵衛の名言8選!発言に込められた意味や背景も解説

豊臣秀吉の優秀な軍師であったにもかかわらず、36歳という若さで病死した竹中半兵衛は、とてもファンの多い戦国武将です。ゲームの戦国無双の影響で、近年その人気はさらにうなぎ上りになっています。

竹中半兵衛といえば、19歳の時にたった16人で稲葉山城を乗っ取った話が有名ですね。この時半兵衛は「人心を一つにしなければ、どんな立派な城も役に立たない」と言ったといわれていますが、このように自らの行動が伴う名言には説得力があります。

また、現代を生きるビジネスマンにも役立ちそうな、本質をつく名言が多いのも特徴です。竹中半兵衛は幼い時から病弱であったせいか、無駄なものは極力省き、武士としての生き方を明確に意識して日々を過ごしていたようです。目的達成のため、必要なものを冷静に取捨選択し続けてその生涯を閉じた半兵衛の言葉からは、学ぶものが多くあります。

ここでは、竹中半兵衛が残した名言や、半兵衛が由来となったことわざを、その意図や背景と合わせて9つ選び、解説していきます。最後には竹中半兵衛の名言の意味を深く理解するための本も合わせて紹介していきますので、ぜひご覧ください。

竹中半兵衛の名言と意図、背景

自分の身の丈以上の、高値の馬を買うべきではない。

武士は分に過ぎた高価な馬を持ってはならない。戦場でよき敵を見かけて追い詰め飛び降りて組ま> んとするとき、あるいは槍を合わせんとて降り立たんとするとき、馬中間が遅れていると、人に馬> を奪われはしないかなどと考えて、つい心がひるんで、よき期をはずしてしまうものである。

豊臣秀吉が、貧相な馬に乗っている竹中半兵衛に、もっと半兵衛の身分に合ったふさわしい馬があるだろうに、なぜそんな馬に乗っているのかと尋ねた際に半兵衛が答えたものです。

竹中半兵衛が言いたかったのは、身分不相応の高価な馬に乗っていると、馬に気を取られて戦機を失いかねないので、それは自分としては望むことではない、ということでしょう。自分を飾ることよりも、目的達成を最優先した竹中半兵衛らしい名言ですね。

どんな良い話も、無駄な質問と回答をしては台無しだ。

人皆合戦の事を問ふに、其問ふべき要領を問はず。問はで済むべき事を多く尋ぬる故、重ねての功 > に成らざるなり。答ふる者もまた然り。去れば良話も用に立ざる事甚だ多し。

合戦について尋ねる人たちのほとんどは、大切なことを聞かずにどうでもいいことばかり聞いてきます。そして答える方も同じくいい加減に答えています。これではその質問に関わっていること自体に意味がないことで、せっかくの良い合戦話も、役立たないことが多いと竹中半兵衛は述べています。

手柄を誰が立てたかとか、討ち取った武将の名前などを挙げて悦に入る武者の自慢話は、聞く意味がありません。合戦の話を聞くなら、部隊の駆け引きや戦の変化の様子など、合戦の本質を聞くべきだということでしょう。それでこそ後の役に立つというものです。

武士は名こそ惜しけれ

馬に限ったことではない。武士は名こそ惜しけれ、義のためには命も惜しむべきはない。
財宝など塵あくたとも思わぬ覚悟が常にあるべきである。

褒美がもらえると書かれた手紙を持っているのに、いまだもらえないと不満を言う黒田官兵衛を見て、竹中半兵衛は官兵衛の目前で書状を引き裂きます。そして、こんなものを持っているから色々言いたくなる訳で、それは官兵衛にとって良いことではないと話したそうです。半兵衛が官兵衛の才能を買っているからこその行動だったのでしょう。

竹中半兵衛は義に生きた武将でした。その覚悟は一貫していてぶれることがなく、財産を持つことにも関心がない人であったようです。この潔い半兵衛の生き方は、これ以外の名言からも感じ取れます。

どんな立派な城より、人心を一つにする方が強い

要害がいかに堅固であっても、人の心が一つでなければものの用をなさない。

竹中半兵衛は、主君であった斎藤龍興の目に余る乱行を諫めるべく、難攻不落の城として知られていた稲葉山城を、たった16人で乗っ取ったといわれています。この名言はその際、半兵衛が斎藤龍興に言ったものと伝えられています。

稲葉山城は龍興にとって祖父にあたる斎藤道三が改修した城であり、この城にいれば大丈夫と龍興が思ってしまう気持ちもわからなくはないですが、半兵衛がそれは違うと身をもって示したことが全てを物語っている気がします。外見を取り繕うのではなく、本質を大事にする半兵衛だからこその名言だと言えるでしょう。

大事な話は何もかも気にせず集中して聞くべきだ

この場で小便を垂れようとも、軍(いくさ)物語を話している大事な最中に席を立ってはならぬ

この言葉は、竹中半兵衛の息子である重門がまだ幼い頃に、軍物語を聞かせている最中に突然立ち上がった重門に対し、なぜ席を立つのか尋ねると小用だと答えたので、半兵衛が説いたものと言われています。

今は軍の話をしているのだから、集中して話を聞くべきで、むしろ竹中家の息子なら話に聞き入って座敷を汚す方が良いと半兵衛は考えていたようです。実際に座敷を汚すかどうかは別として、軍の話なら息子にはその位の覚悟と集中力を見せて欲しいという半兵衛の思いが感じられます。

常に油断をするな

一歩外へ出れば、すでに敵が狙っていると心得よ

竹中半兵衛は常に用心深かったようで、屋内で刀を置く時にも、いざという時に焦って他の人と取り違える可能性もあるので、すぐに自分のものがわかるように工夫して置くようにと言っていたそうです。

優秀な人というのは、常に良いコンディションを保てるように、どんな時も工夫したり努力したりしているものです。今を生きる私たちにとっても、常に最善の働きができるように考えて行動することは、とても大切だと言えます。

武士の本望は陣中で死ぬこと

陣中で死ぬこそ武士の本望

竹中半兵衛が中国攻めの最中に陣中で床に伏せっていた時、豊臣秀吉が戦場を引き払って養生するよう勧めるも、断った時の言葉と言われています。半兵衛の、武士としての誇りを何よりも大事にする姿勢が伝わってくる名言です。

また、この一言は、豊臣秀吉と竹中半兵衛の強い絆を感じさせるものでもあります。どんな状態であれ陣中にいて秀吉を支え続けようとする半兵衛と、その半兵衛の姿に、戦に何としても勝とうという気持ちが奮い立ったであろう秀吉の様子が目に浮かぶようです。

半兵衛にそこまでの意図があったかどうかは定かではありませんが、美しい死より実のある死を選んだ結果となりました。

他人の実績で自分に箔をつけようとしてはならない

お前も褒めてもらいたければ、自分で手柄を立てろ

秀吉からの感状を特に気にせず捨ててしまう竹中半兵衛に対し、とっておけばいつか役立つかもしれないと言う息子の重門に、父親の実績を頼みにせず、自分でどうにかしろと半兵衛は話しました。

父親が偉大だと、それを頼りたくなる息子の気持ちもわかります。しかし半兵衛は、きっと息子のことを成長してほしいと思っているからこそ、自分の実績は残すべきでないと思ったのでしょう。とはいえ、これが正論だと分かってはいても、実際に行動するのは難しいものです。半兵衛の腹の据わり方が尋常でないことがよくわかります。

竹中半兵衛にまつわることわざ

知らぬ顔の半兵衛

本当は知っているのに、とぼけて知らないふりをすることや人、という意味です。「私は息子がドーナツを食べたのを知っていたが、ドーナツの行方を尋ねてくる妻には知らぬ顔の半兵衛を決め込んだ。」というように使います。

このことわざは、織田信長が半兵衛を調略するため、前田利家に半兵衛の娘と仲良くするよう指示したものの、半兵衛はその信長の意図を見抜きつつも知らないふりをし、逆に織田信長の情報を聞き出して織田軍を破ったという逸話からきていると言われています。

また、ことわざの由来としてもう一つの説があります。秀吉が全軍退却をする際、半兵衛だけがそしらぬ顔でその指示に従わず、自らの軍勢を陣に残しました。秀吉は怒りましたが、結局その半兵衛の軍律違反のおかげで勝機を得ることとなり、秀吉は半兵衛を一転して褒め称えたというのです。

いずれにせよ、竹中半兵衛はとぼけるのが上手だったのですね。

竹中半兵衛の関連書籍

コミック版 日本の歴史 戦国人物伝 竹中半兵衛

簡単に竹中半兵衛の生涯を知るにはうってつけの本です。子供向けに書かれているので、とても分かりやすいです。半兵衛の生涯は波乱万丈なので、人生を知ると名言の重みもさらに感じられるでしょう。

軍師・参謀 戦国時代の演出者たち

竹中半兵衛に関しては、その偉業から後世になって話を盛って語られることも多かったため、何が史実なのかわからないことも多々あります。この本は歴史学者による著作でもあり、竹中半兵衛の実像を知る上には最適の一冊です。

山本勘助や雪斎など半兵衛以外の軍師についても触れられていますが、他の軍師と比べることで半兵衛の特徴もわかります。また、中世における軍師や参謀の役割も知ることができ、当時の半兵衛の立ち位置についても理解が深まるでしょう。

軍師の門

豊臣秀吉を軍師という立場で支えた、竹中半兵衛と黒田官兵衛の物語です。「武士は名こそ惜しけれ」という名言は、二人の関係性が透けて見えるものですが、その背景にある二人の生き方を理解すると、さらに味わい深い言葉です。

後年の黒田官兵衛の活躍は、竹中半兵衛の死があってこそのものだったと思っています。若くして亡くなる半兵衛の意思が、官兵衛や秀吉の中で生き続けていくロマンも感じます。

竹中半兵衛の名言についてのまとめ

竹中半兵衛の名言について、その発言の意図や背景を紹介してきました。いかがでしたか?

半兵衛はクールな男と評されますが、心の中には熱いものを秘めていた武将だったと思います。自分の武士の誇りを大切にし、秀吉を勝たせるためには手段を選ばず、自分の名誉や命などは二の次で、必死に生きようとしました。

若くしてその生涯を終えた半兵衛ですが、とても濃密な一生だったと感じます。半兵衛の人生を考えると、命の長さより、どれだけ一生懸命生きようとしたかという点において、人生には価値があるように思えてなりません。

竹中半兵衛は500年ぐらい前に生きていた人ですが、より濃い人生を送るという点において、今を生きる私たちにもヒントを与えてくれる人物です。もっと充実した毎日を送りたいと思った時に、半兵衛の名言を思い出すと助けになるかもしれません。

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