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アマルナ芸術/美術とは?誕生の理由や特徴、代表作品について徹底解説

「アマルナ芸術って聞いたことがあるけど、どんな表現なのかイメージが湧かない」
「アマルナ芸術は”写実的”だって教科書で習ったけど、写実的ってどういうこと?」
「エジプト芸術の中で、アマルナ美術が注目されるのはなんで?」

この記事にたどり着いた人はこのようにお考えでしょう。

アマルナ芸術(以下、アマルナ美術に統一)とは、紀元前14世紀に新エジプト王国時代で起こった、写実的で叙情的な美術の新様式のことをいいます。アマルナ美術の前後は、エジプトは伝統的な美術様式を守り続けたので、歴史の中でも例外的な期間となりました。

ルーブル美術館のプリンセス・メリトアテン像

では、どうしてその時代に新しい美術様式をエジプトは生み出すことになったのでしょうか。それには、当時の王様アメンホテプ4世が行った宗教改革が大きく関係しています。アメンホテプ4世が信仰した神アトンは、世界を写実的に(リアルに)表現することをエジプトに求めたのです。

この記事ではエジプト美術マニアの筆者が、

  • アマルナ美術の基本情報
  • アマルナ美術の誕生から発展、衰退までの歴史
  • アマルナ美術の作品や特徴

などを解説していきます。

アマルナ美術とは何か

時代と文明

テル・エル・アマルナに残る王宮の遺構

アマルナ美術が起こったのは、紀元前14世紀、いまから約3,400年まえのエジプト新王国時代です。この時期には都がそれまでのテーベからテル・エル・アマルナへ遷都したり、宗教改革が行われるなど、エジプトにとって変化の多い時期でした。

そんな環境や信仰の変化にあわせるようにして、美術分野でも新しい流れ「アマルナ美術」が生み出されたのです。

アマルナ美術の特徴

アマルナ美術の一番の特徴はその「写実性」といえます。写実とは現実のものを、ありのままに再現する芸術のスタイルのことをいいます。

アマルナより前のエジプト美術は、宗教的に理想化された対象が描かれることが一般的でした。しかしアマルナ美術では、人間の柔らかみ、細やかな感情がリアルに表現されるようになります。このような特徴が見られるのは、エジプト王国の長い歴史の中でもアマルナ期の作品に限られるため、その特異性を注目されることになりました。

アマルナ美術の誕生と発展、衰退

アマルナ美術はなぜ誕生したのか

アメンホテプ4世の胸像

アマルナ美術はなぜ誕生したのか?ひとことでいえば宗教改革によって、信仰する神が変わったからです。

アマルナ文化の生みの親は、エジプト第18王朝の王アメンホテプ4世(イクナートン)です。彼が行った政治的・宗教的改革は「アマルナ改革」と呼ばれ、エジプト王国の歴史の中でも少しばかり異質な時代といえるでしょう。改革の肝となったのは、テル・エル・アマルナへの遷都(首都を移すこと)と、多神教から一神教(アトン神)への宗教改革です。

特に宗教改革は美術作品に変化を与えました。アトン神は太陽光線をともなった姿をしており、その光線は、事実をありのままに映し出すと考えられていました。そんなアトン神の信仰のために、芸術面でも物事をよりリアルに描きだすことが求められたのです。

アメンホテプ4世と彼の家族がアトンを信仰している姿

また、アメンホテプ4世が自分の絵を描かせる時には、指示を出して奇形かのように描かせることがあったようです。これだけ聞くと理解できない行動のように思いますが、人民に自分を神として崇拝させるための一つの手段でした。絵師に王自らが注文をつけて描かせていたのですから、アマルナ美術を先導していたのはアメンホテプ4世だったといえるでしょう。

アマルナ美術はなぜ発展し衰退したのか

アメンホテプ4世の棺。顔の部分が削り取られている

アマルナ改革を主導した王アメンホテプ4世の没後は、アマルナの文化は徐々に失われていきました。改革の肝であったアトン神の信仰も、後の王によって終了させられています。

アマルナの美術様式に関しては後代の王にも支持され、しばらくの間は受け継がれました。しかしエジプト美術にとってあまりにも急な変化だったためか、保守的なエジプト文化には馴染まず、徐々に忘れ去られていくことになります。

アマルナ美術とそれまでのエジプト美術との違い

エジプト美術の特徴

トトメス3世の王墓で見つかった壁画

エジプト美術といえば、胴体は正面を向き、脚と頭は横を向いた平面的な絵を思い浮かべますよね。まさにその表現が、エジプト美術の典型と考えて間違いありません。エジプト文明は保守的・伝統的な価値観が強く、2500年の間先に述べたような様式で作品が作り続けられていました。

また、絵画や像のテーマ設定にもエジプト美術の特徴があります。特徴として神話や宗教的儀式など、市民の実生活とは離れた主題がたいへん好まれました。これには死後の世界観を最重要視するエジプトの宗教による影響があったためです。そのためエジプト美術では想像の具現化や、理想化された表現がごく一般的だったのです。

アマルナ美術が写実的と言われる理由

アマルナ美術は前述のエジプト美術とは対照的に、人間の姿や表情のリアルな表現を追求しました。典型的なエジプト美術の絵画よりも、人物は柔らかくふくよかに描かれ、女性を男性よりも明るい色で描くといった習慣は止められました。

アメンホテプ4世とネフェルトイティ王妃

これは宗教改革でアトン神を信仰するようになったのがきっかけです。アトン神は太陽光線をともなった姿をしており、その光線は、事実をありのままに映し出すと考えられていました。そんなアトン神の信仰のために、芸術面でも物事をよりリアルに描きだすことが求められたのです。

アマルナ美術を代表する作品

ネフェルティティ像

ネフェルティティの胸像

アマルナ美術を代表する作品としてもっとも有名なのが、アメンホテプ4世の妃ネフェルティティの胸像です。古代エジプトの彫刻家トトメスによって製作された作品です。この像の鮮やかな着色と、柔らかな頬の膨らみは、古代の女性美の象徴として世界中から注目を集め続けています。

現在はドイツのベルリン新美術館で常設展示されています。

ツタンカーメンの黄金のマスク

ツタンカーメンの黄金のマスク

世界的に有名な「ツタンカーメンの黄金のマスク」も、アマルナ美術の影響を受けた作品といわれています。ツタンカーメンは生前、王位についていた間に、宗教を一神教アトン信仰から多神教アメン信仰に戻すなど、アメンホテプ4世が行った宗教改革とは逆行する政策を行いました。しかし、美術についてはアマルナ様式を好んでいたようで、彼の墓からは多くのアマルナ式のものが多く見つかっています。

黄金のマスクは現在、エジプト・カイロにあるエジプト考古学博物館に収容されています。

アマルナ美術に関するまとめ

アマルナ美術が流行ったのはアメンホテプ4世の時代がほとんどで、エジプトの長い歴史から見ると一時的なものに過ぎません。しかしながら、この時代にエジプト美術を代表する作品がいくつも生み出されていて、貴重な変化の時代だったように感じます。

紹介した作品はおよそ3,400年も前のものですが、そんな古代の作品とはとても思えない完成度と美しさには感動をおぼえます。また現存している作品を美術館で鑑賞できるというのも、なんとも歴史のロマンを感じませんか?

美術作品にはそれぞれの歴史や背景がありますが、気になる作品はぜひ深掘りしてみてください。一見理解できないようなものでも、きっと愛着が湧いて、作品鑑賞がたのしくなりますよ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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