バッハに影響を与えた人物
マルティン・ルター
ルターは15、6世紀に活躍したキリスト教の神学者で、当時「贖罪状(免罪符)」の販売によって献金を得ようとしていたカトリック教会のあり方などを批判した人物です。彼の活動は聖書の教えを軸とする「プロテスタント」が誕生するきっかけとなりました。
バッハが生まれたドイツ・アイゼナハは、ルターが新約聖書をドイツ語に訳した所縁のある地です。そのため地域の人々はルターの教えや聖書に慣れ親しんだ生活を送っていました。
そのような清貧で静謐な暮らしを営む環境にあったため、バッハは華やかな劇場やコンサートホールとは無縁の生活を送りました。バッハがあらゆるジャンルの楽曲を作曲しながらも当時流行全盛期であったオペラを作曲していないのはそのような理由があったのです。
バッハの真面目で勤勉な性格も、生まれながらにしてルターの教えに影響を受けていたからだと推測できます。ルター派のプロテスタントであった音楽家には「パッヘルベルのカノン」で有名なパッヘルベルやテレマン、メンデルスゾーンなどがおり、ルター自身讃美歌の作曲家でもありました。そのためルター派(ルーテル教会)は音楽に縁のある教会・教派であるといわれています。
二人の妻マリア・バルバラとアンナ・マグダレーナ
バッハは生涯で2度結婚しており、どちらの妻とも仲睦まじく暮らしたことがわかっています。
先妻・マリア・バルバラとはお見合い結婚とも恋愛結婚とも言われていますが、その夫婦生活は円満でした。しかし彼女は1720年バッハの出張中に急逝し、その死を知らずに帰ってきたバッハのショックはすさまじいものだったようで同じ年に書かれた無伴奏ヴァイオリンやオルガン曲の感情のほとばしりやメロディの痛々しさから、そのことが指摘されています。
後妻のアンナ・マグダレーナはバッハより16歳年下の若いソプラノ歌手でした。音楽に一切妥協しないバッハが「美しく澄んだ声持つ優れた音楽家」と認めた相手であり、音楽への愛情と関心によって結ばれた夫婦です。アンナはバッハが認めるように実力のある音楽家で、生涯バッハの仕事を助けることとなりました。
バッハは生涯ドイツから出ないどころか、居住地を遠く離れることなく過ごしました。音楽家として大成したバッハの息子や同年代の作曲家たちのコネクションを使えば海外で活躍できる可能性はあったはずでした。しかしそれをせずに地元に根を張り続けたのは先妻マリアの死の記憶と、後妻アンナへの愛情のためだったのかも知れません。
バッハの性格が反映された楽曲
アンナ・マクダレーナ・バッハの音楽帳 第2巻 2.メヌエット
アンナは美声を持つ歌手でしたが鍵盤の演奏は不得意だったようで、それを心配したバッハは彼女のために練習曲を多数作曲しました。実は鍵盤演奏は歌手にとってある程度必須のスキルであり、和声感や音感の育成にも役立つ上に自身で歌を練習する際にもある程度自分で伴奏が弾ける必要があるのです。
この曲は現在でも親しまれており、ピアノを習いはじめの子どもでも演奏できる愛らしくやさしい曲で、家庭で穏やかに過ごすバッハの様子が伺えます。
6つのオルガンソナタハ長調 BWV289
こちらは息子W.F.バッハの教育用にと作られた曲集です。この曲集では本来なら3つの楽器が一つずつ担うパートをオルガンによって一人で演奏する、という試みが行われており、演奏の難易度も高いです。
アンナに向けた優しさとはまた違い、「我が子を一人前の音楽家に育てたい」というバッハの親心が伺える曲です。動画では足鍵盤の動きが面白いので注目してみてください。
J.S. バッハ 《ミサ曲 ロ短調》 全曲
バッハ晩年の最高傑作で、「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」と並んでバッハの真髄との評価が高い作品です。
熱心なルター派プロテスタントであるバッハがカトリックの典礼文に使用されるラテン語を使用している点(一部改変あり)や作曲に至る経緯が不明な点など、まだまだ研未知の部分も多い曲です。
バッハのストイックな一面や「神を聴衆とする」敬虔な音楽への姿勢が凝縮された作品で、一言では表せない奥深さに溢れています。全曲の演奏時間が2時間と長めですが、よろしければ少しでもこの奥深さに触れてみて欲しいと思います。
その生真面目さや音楽観から「バッハの化身」とも呼ばれた故カール・リヒター指揮の演奏を選びました。
まとめ
気難しく、敬虔なプロテスタント教徒というバッハのイメージは一見すると近寄りがたい感じがすると思います。
しかし言い方を変えてみると「実家の昔からの教えをよく守り、家族を愛し家族のためにケチになり、仕事では真面目に働いて時折頑固になって周りと衝突する人物」ともいえます。そうすると意外にも身近にいる普通のお父さん、普通のおじさんのようなのではないかとも思えてきますね。バッハに対して少しでも親しみを感じていただけると嬉しいです。
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