「芥川賞って毎回話題になるけれど、いったいどんな賞なんだろう?」
「どんな基準で作品が選ばれているんだろう?」
普段小説に馴染みがない人でも1度は耳にしたことがある「芥川賞」。授賞後のインタビューなどをニュースで目にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
けれども結局どういう賞なのかよく分からないし、受賞作品も読んだことがないという人もたくさんいます。「芥川賞受賞作はつまらない…」なんて声も聞かれますが、それは他の小説と楽しむポイントが違うからそう感じてしまうだけ、と筆者は考えています。
ここでは、純文学が好きで「芥川賞受賞作は面白い!」と断言している筆者が芥川賞がどのような賞なのか解説します。また、後半では芥川賞受賞作のうち特におすすめの作品を5冊ご紹介していますので、楽しみにしていてください。
この記事を書いた人
一橋大卒 歴史学専攻
Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。
芥川賞とは
芥川賞は年に2回、純文学の作品に贈られる文学賞です。その名の通り文豪・芥川龍之介の業績を記念して創設されました。文学雑誌「文藝春秋」の社内にある「日本文学振興会」が主催しています。
上半期の受賞作はその年の12月から翌年5月までに発表された作品の中から候補が選ばれ、7月中旬に選考会と発表が行われます。下半期は6月から11月までが対象となり、翌年の1月中旬に選考会・発表があります。発表の翌月には授賞式が行われ、さらにその翌月の「文藝春秋」に受賞作の全文が掲載されます。
直木賞との違いは
芥川賞と同じくらい権威のある文学賞に「直木賞」があります。2つの賞の違いは、対象とする作品のジャンルです。
芥川賞は芸術性を重視した純文学作品を、直木賞はストーリー性を大切にした大衆小説を対象としています。「芥川賞の受賞作はつまらない」といわれるのはここがポイントで、純文学作品はストーリーの面白さをさほど重要視していないのです。起伏のある起承転結よりも、表現の美しさや革新性を大切にしています。
芸術性とストーリー性が相反するなのかというと、それは違うと筆者は考えています。革新的な表現でさらに内容も面白い、という作品も存在するからです。どちらが小説として優れているというよりも、2つの賞は評価する基準が違うので比べられない、というのが正解でしょう。
芥川賞を創設した菊池寛
芥川賞は「文藝春秋」を創刊した小説家・菊池寛が1935年に創設しました。菊池は芥川龍之介の友人で、芥川が1927年に自殺した後、彼の業績を記念するために芥川賞を考案したのです。合わせて、1934年に亡くなった直木三十五の名を冠した直木賞も設立されました。
海外には古くからノーベル文学賞やゴンクール賞などの名誉ある文学賞があるので、日本にも作るべきだという文章を菊池が目にしたこともきっかけの1つだったようです。設立当時はあまり話題になる文学賞ではなかったのですが、1956年に石原慎太郎が『太陽の季節』で芥川賞を受賞したことが転機となりました。『太陽の季節』は大ベストセラーとなり、秩序を無視するような享楽的な若者を指す「太陽族」という流行語も生まれました。
芥川賞の選考基準
では、どんな作品が芥川賞の候補となるのでしょうか。純文学作品であることを前提とすると、条件には次の2つが挙げられます。
新人の作品であること
芥川賞は、候補となる小説の作者を「無名、または新進の作家」としています。その作者は新人と呼べるかどうかは論点となることがあり、例えば1958年上半期の大江健三郎の受賞は論議を呼びました。
大江は1957年下半期に開高健と受賞を争って落選したのですが、それから受賞までの半年間にたくさんの作品を発表し、1958年上半期の候補作のうちでは抜群の完成度を誇っていました。彼が新人と本当に呼べるのか、議論が交わされた結果の受賞だったのです。そのときの選考委員を務めた佐藤春夫は、「芥川賞は新進作家の地位を安定させるための賞になってしまった」と皮肉を述べています。
短編、または中編小説であること
明確な規定があるわけではありませんが、原稿用紙に換算すると100枚から200枚程度の長さの小説が候補に挙がります。けれども今までにもごくまれに、中編小説以上の長さの作品が候補となったり受賞したりすることがありました。柴田翔『されどわれらが日々―』は原稿用紙で280枚ほどの作品でしたが、1964年上半期に芥川賞を受賞しています。
作品の長さが魅力と比例するわけでも、逆に反比例するわけでもないのでこの「短編、もしくは中編」という基準は選考のしやすさや商品としての売りやすさが関係していると考えられています。
芥川賞の賞金は
芥川賞を受賞すると正賞として懐中時計が、副賞として100万円がもらえます。懐中時計は戦争中には硯や壺に変わったこともありましたが、戦後には再び懐中時計に戻ったそうです。なぜ「懐中時計」なのでしょうか。
芥川賞の設立当時、受賞する新進作家たちは貧しい青年が多かったといいます。そこで創立者の菊池寛は「お金のほかに、いざとなったら質屋で小金に替えられるものを」と懐中時計を贈ることに決めたそうです。菊池の思いやりは現在でも受け継がれているのですね。