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イギリス国教会とは?成立や教会のしくみを歴史年表つきで解説

「イギリス国教会てどんな宗教?」
「イギリス国教会ってキリスト教とは違うの?」

このような疑問をお持ちではないでしょうか。イギリス国教会という、イギリス独自の宗教があることを知らない方もいるかもしれません。イギリス国教会は16世紀にイングランド王ヘンリー8世の時代に成立し、エリザベス1世の時代に確立されました。

イギリス国教会の始まりは、ヘンリー8世が王妃キャサリン・オブ・アラゴンと離婚し、アン・ブーリンと再婚するためであったということからも分かるように、教義的な理由でなはく政治的な理由がきっかけでカトリックから分離し、成立した宗教です。そのため、イギリス国教会の最高権威者は、王または女王となります。

今現在もイギリス王室が属する宗教であるイギリス国教会について、イギリス王室に魅了され、王室の歴史に関しての本を読み漁った著者が、国教会の成立の歴史やヘンリー8世について、詳しく解説していきます。

イギリス国教会とは

イギリス国教会の聖地カンタベリー

まずはイギリス国教会の概要や組織体制などを紹介していきます。

イギリス国教会の概要

ロイヤルファミリーが属する国教会

イギリス国教会とは、16世紀にイギリス宗教改革によって成立したイギリス国王を最高権威者とする教会とその信者のことで、名誉革命後は国家宗教として確立しました。もともとカトリック教会の国であったイングランドで、テューダー朝の王であるヘンリー8世がカトリック教会から離脱したことにより始まり、エリザベス1世の時代に独立した教会となりました。

イギリス国教会は教義的にはカルヴァン派に近く、カトリック教会の儀式との共通点が多く、プロテスタント諸派とも異なります。最大の特徴は、イングランド(イギリス)の統治者が教会の首長であるということで、イギリスロイヤルファミリーは皆、イギリス国教会の信徒です。

イギリス国教会組織とは

ウェストミンスター寺院

イギリス国教会が管轄する地域は、グレートブリテン島・マン島・チャンネル諸島・ジブラルタル外地教区です。

イギリス国教会組織には、イングランド南部を管轄する「カンタベリー管区」と北部を管轄する「ヨーク管区」の2つの管区があり、それぞれの管区で、大主教が選ばれ代表となります。この2つの管区の大主教は、それぞれの管区の管轄者として聖職会議を招集し、大主教裁判所を主管します。

さらに、それぞれの管区の中で教会行政の基本的な単位であるいくつかの教区に分かれ、各教区で主教が選出され、管轄します。重要な決定をおこなう教会会議の総会は、1月にロンドンで、7月にヨークで開催され、カンタベリーとヨークの管区会議、主教会議、聖職者会議、信徒会議から参加があります。

イギリス国教会の教義は

国教会の総本山カンタベリー大聖堂

イギリス国教会は聖書を基本としていますが、教義的立場は、1888年のランベス会議で承認された「聖公会綱憲」に示されています。この「聖公会綱憲」には、

  1. 神の啓示としての「旧約・新約聖書
  2. 初代教会が作成したニカイア・使徒両信条
  3. 洗礼と聖餐
  4. 使徒継承に基づく主教、司祭、執事の3聖職位の遵守

が書かれています。

礼拝様式は1549年に作成され、一度はプロテスタント的方向で改正されましたが、オックスフォード運動以後は、日曜日の主要礼拝も聖餐式となるなど、祈祷書もカトリック的方向で改正されています。

イギリス国教会の成り立ち

カンタベリー大聖堂

この章ではイギリス国教会の成り立ちと、それを理解するのに欠かせないヘンリー8世について解説します。

イギリス国教会はどうやって成立したのか

ヘンリー8世の最初の妻キャサリン・オブ・アラゴン

イギリス国教会は、イングランド王ヘンリー8世の治世で成立しました。1509年、ヘンリー8世は亡くなった兄の未亡人であるキャサリン・オブ・アラゴンと結婚しましたが、二人はなかなか子宝に恵まれず、唯一生まれたのは女性のメアリーだけでした。そこでヘンリー8世は、後継者となる王子を産めない王妃との離婚を決意します。

しかし、当時婚姻は協会の管理下にあったため、いくら王といえどもローマ教皇の許可なしには離婚はできません。 そこで、ヘンリー8世は、カトリック教会から離脱し、王の側近であったトマス・クロムウェルの協力を得てイギリス国教会をつくり、1534年、国王をイギリス国教会の長とする「国王至上法(首長令)」を制定すると、国教会のトップに君臨しました。

トマス・クロムウェルが中心となって委員会が結成され、カトリック教会の拠点である修道院を廃止するともに、修道院が保持していた財産は国家へ移されます。その後、ヘンリー8世の後継者となったエドワード6世が、国教会の教義を広め改革を進めた後、エリザベス1世の時代に国教会の態勢が確立されました。

ヘンリー8世とはどんな人物なの?

ヘンリー8世

ヘンリー8世は、テューダー朝第2代のイングランド王です。ヘンリー7世とエリザベス王妃の次男として生まれました。兄アーサーの急死により10歳のヘンリーは王太子となり、1509年に父ヘンリー7世が亡くなると、ヘンリー8世として即位しました。

ヘンリー8世は、182cmの高身長と広い肩幅の持ち主で、スポーツに優れており、度々馬上槍試合や狩猟を催しては、荘厳な衣装をまとって外国大使らの前に現れたと言います。また、ヘンリー8世は、王室史上最高のインテリと呼ばれるほど才能豊かで、ラテン語、スペイン語、フランス語を話し、楽器を演奏しては作曲なども行ったようです。

一方、ヘンリー8世は、結婚と離婚を繰り返して生涯に6人の妻を娶り、そのうちアン・ブーリンとキャサリン・ハワードという2人の王妃を処刑するという残虐性でも有名です。ローマカトリックと決別し、イギリス国教会をつくるきっかけとなったのも、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンと離婚し、アン・ブーリンと結婚するためでした。

イギリス国教会の歴史年表

イギリス国教会の聖地 カンタベリー大聖堂

紀元200年「ブリテン島にキリスト教が伝来」

ローマ帝国の支配下にあったイングランドに、軍人、商人などの中にキリスト教徒がいたと考えられています。ウェールズ、スコットランド、アイルランド、それぞれ別々に宣教されました。

664年「ウィットビー教会会議」

ノーザンブリアのオスウィの指導によって、それまでのケルト的な典礼が廃止され、ローマ式典礼が取り入れられました。

1533年「教皇上訴禁止法が制定」

1533年に「教皇上訴禁止法」が制定されると、聖職者の教皇への上訴が禁じられ、教皇に代わってカンタベリーとヨークの大司教が教会裁治の権力を保持することになりました。

1534年「国王至上法(首長令)を制定」

トマス・クロムウェル

王妃との離婚を望むヘンリー8世は、婚姻の無効を訴え、教皇と交渉を続けます。しかし、教皇クレメンス7世がヘンリー8世を破門したため、ヘンリー8世は「王が聖職者にとっても首長であり、保護者である」という国王至上法を制定しローマカトリックから決別し、イギリス国教会をつくりました。

ヘンリー8世の側近であったトマス・クロムウェルのもとで委員会が結成されると、修道院が保持していた財産等は国家へ移され、事実上イングランドにおけるカトリックの修道院は破壊され、荒廃しました。

1549年の「イングランド国教会祈祷書」の制定

エドワード6世

ヘンリー8世が亡くなり、息子のエドワード6世が即位すると、イングランド教会は最初の変革を行いました。父ヘンリー8世がカトリックよりであったのに対し、エドワード6世は典礼・祈祷書の翻訳を行い、プロテスタント的な信仰の確立を目指します。

1549年、国家事業として「イングランド国教会祈祷書」が出版され、1552年、最初の改訂が行われました。

1559年「国教会が正式にローマから分かれる」

エリザベス1世

エドワード6世の死後に即位したメアリー1世は、ヘンリー8世の長女で熱心なカトリック教徒でした。メアリーは、再びイングランドをカトリックに戻そうとしましたが反感を買い、メアリー1世の死後、カトリックへの復帰運動は消滅します。

1558年、同じくヘンリー8世の娘であるエリザベス1世が即位すると、教皇の影響力がイングランドに及ぶことを阻止します。1559年、議会がエリザベス1世を信仰の擁護者である首長として認め、市長法を採択します。1563年せの聖職者会議でエリザベス1世は、「イングランド国教会の39箇条」を制定し、イングランド国教会は、正式にローマから分かれました。

現在「王室の宗教としての国教会」

エリザベス女王の戴冠式

ヘンリー8世が国教会をつくり、エリザベル1世の時代に確立されて国教会は、今もイギリス王室が属する宗教として継続しています。現在の女王エリザベス2世は、イギリス国教会の最高権威者として認知されています。

イギリス国教会の関連作品

本・書籍

王妃の闘い―ヘンリー八世と六人の妻たち

ヘンリー8世と6人の妻たちについて書かれています。イギリス国教会成立のきっかけとなった、最初の王妃キャサリン・オブ・アラゴンについて、離婚の経緯や裁判の様子などが詳しく書かれています。

聖公会が大切にしてきたもの

英国教会の成立から、現代社会における教会まで詳しく解説しています。易しい語り口の文章で、とても読みやすく、世界史の勉強にもなります。入門書としておすすめです。

図説 テューダー朝の歴史

ヘンリー8世と6人の妃達、ローマ・カトリック教会との確執とイギリス国教会の成立、エリザベス1世の時代の繁栄が詳しく分かります。複雑な世界情勢の中、英国の礎を築いたとテューダー朝の壮大な歴史が図説や写真と共に描かれています。

イギリス国教会に関するまとめ

イギリス国教会についてご紹介しました。イギリス国教会は、名前の通りイギリス独自の宗教であり、ロイヤルファミリーが属する宗教です。その成立が王の離婚と再婚という王の個人的な出来事がきっかけとなったところが面白いですね。

イギリスから始まった国教会ですが、現在は、カンタベリー大主教座(カンタベリー大聖堂)のもと、世界中に38の管区と約4500万の信徒をもつほどに大きくなりました。今回の記事がきっかけで、イギリス国教会に興味を持っていただけたら嬉しいです。

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