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「枕草子」とは?内容や特徴まとめ【主なあらすじや、作者、登場人物についても紹介】

『枕草子』の主なあらすじと現代語訳

ここからは『枕草子』の有名な章段を要約したあらすじを紹介していきます。

うつくしきもの

雛人形の道具

「うつくしきもの」では、清少納言がうつくしい(かわいらしい)と思ったものをつらつらと書いています。

『枕草子』原文

うつくしき物。瓜にかきたるちごの顔。
雀の子の、ねずなきするにをどりくる。
二つ三つばかりなるちごの、いそぎてはひくる道にいとちひさき塵のありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人などにみせたる、いとうつくし。
頭はあまそぎなるちごの、目に髪のおほへるを、かきはやらで、うちかたぶきて物など見たるも、うつくし。
おほきにはあらぬ殿上童(てんじょうわらわ)の、装束きたてられてありくもうつくし。
をかしげなるちごの、あからさまにいだきて、あそばしうつくしむほどに、かひつきて寝たる、いとらうたし。
雛の調度。
蓮の浮葉のいとちひさきを、池よりとりあげたる。
葵のいとちひさき。
なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし。
いみじうしろく肥へたるちごの、二つばかりなるが、二藍のうすものなど、衣ながにて、たすき結ひたるがはひ出でたるも、また、みじかきが袖がちなるきてありくも、みなうつくし。
八つ九つ十ばかりなどの男児の、声はをさなげにてふよ読みたる、いとうつくし。
にはとりの雛の、足高に、しろうをかしげに衣みじかなるさまして、ひよひよと、かしがましうなきて、人のしりさきに立ちてありくも、をかし。
また、をやのともにつれて、たちて走るも、みなうつくし。
雁の子。
瑠璃の壺。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

かわいらしいもの。瓜に描いた幼児の顔。
ねずみの鳴きまねをすると雀が踊りながらやってくる様子。
2、3歳くらいの子供が急いではってくる途中に、小さなちりを見つけて、かわいいでつまんで大人に見せる様子もかわいらしい。
おかっぱ頭の子供が、目に髪がかぶさったのをはらいのけもしないで、首をかしげて物を眺めている様子もかわいらしい。
みならいで宮中にのぼっている大きくはない殿上童が美しく着飾って歩く様子。
かわいい子どもが少 し抱いてかわいがっているうちに、しがみついたまま寝るのもかわいい。
人形遊びの道具。
小さい蓮の浮き葉を池からとりあげたもの。
葵のとても小さいもの。
何もかも小さいものはみなかわ いい。
色が白く太った2歳くらいの幼児が紅花と藍で染めた薄い絹の着物などを、丈が長くてたすきをかけているのが這い出てきたのも、また丈が短い着物で、袖だけが目立つのを着て歩き回る様子もかわいらしい。
8、9、10歳ぐらいの男の子が、子どもっぽい声で漢籍を朗読しているのはたいへん愛らしい。
鶏のひなが足だけが長く、白くかわいい様子で、着物を短く着たような姿で、ぴよぴよとやかましく鳴いて、人の後ろや前に立って歩いているのも愛らしい。
また親鳥が一緒に走るのもかわいらしい。
かるがもの卵、瑠璃の壺も。

『枕草子』現代語訳

ふだん、見逃してしまいそうになる小さきものたちへのいつくしみの表情が感じられます。

「鳥は」

いつの時代も愛されるウグイス

「鳥は、こと所のものなれど、鸚鵡(あふむ)いとあはれなり」で始まる以下の段は、清少納言が鳥について思ったことを書いており、その一部をご紹介します。

『枕草子』原文

鳥は、こと所のものなれど、鸚鵡(あふむ)いとあはれなり。人の言ふらむことをまねぶらむよ。
時鳥(ほととぎす)。くひな。鴫(しぎ)。宮古鳥。ひは。火たき。 
山鳥。友を恋ひてなくに、鏡を見すればなぐさむらむ、心わかう、いとあはれなり。谷隔てたる程など心苦し。(略)

鶯は、文などにもめでたきものにつくり、声よりはじめて様かたちも、さばかりあてにうつくしき程よりは、九重の内に鳴かぬぞいとわろき。人の、さなむあると言ひしを、さしもあらじと思ひしに、十年ばかりさぶらひて聞きしに、まことにさらに音せざりき。さるは、竹近き紅梅も、いとよく通ひぬべきたよりなりかし。まかでて聞けば、あやしき家の見所もなき梅の木などには、かしがましきまでぞなく。
夜なかぬもいぎたなき心地すれども、今はいかがせむ。夏秋の末まで老い声に鳴きて、虫くひなど、良うもあらぬものは名をつけかへて言ふぞ、くちをしくすごき心地する。それもただ雀などのやうに、常にある鳥ならばさも覚ゆまじ。春なくゆゑこそはあらめ。「年立ちかへる」など、をかしきことに歌にも文にも作るなるは。なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

鳥は外国のものではあるけれど、オウムがよい。人の言葉をまねするという話です。
ほととぎす。くいな。しぎ。都鳥。ひわ。ひたき。
ヤマドリは友を恋しがり、鏡を見せると(映った自分を友と思うので)安心するところは純情で趣があります。ヤマドリのつがいは谷を隔てた離れた場所で眠るというのも心苦しいことです。(略)

ウグイスは詩歌でも素晴らしい鳥といわれ、鳴き声も見た目も上品で美しいのに、宮中で鳴かないのが残念。ある人は「宮中では鳴かない」と言ったのをそんなことはないと思っていたが、宮中では10年ぐらい聞いていません。竹の近くに梅の木もあり鶯が通ってきて鳴くのに都合がよい場所と思われるのに。宮中を出て身分の低い人の何の見どころもない梅の木ではうるさいほど鳴いています。
夜に鳴かないのも、寝坊のような感じがするが生まれつきなので仕方ありません。夏・秋の終わりまで年より臭い声で泣いて、とるにたらない者たちが虫食いなどというのはとても残念な気持ちです。それもただの雀のように、いつも見られる鳥であればそうは思わないが、鶯が春に鳴く鳥だからでしょうか。「年たちかへる」と風情を感じさせるものとして和歌や漢詩にもよまれる鳥です。やはり春だけ鳴くのであればどんなに素晴らしいでしょう。

『枕草子』現代語訳

当時も素晴らしい鳥として歌などに詠まれたウグイスについて、独特の視点で語っています。

「すさまじきもの」

除目(官職の異動会議)に貴族たちは一喜一憂

「すさまじきもの」では、清少納言が興ざめと思ったもの、期待外れと思ったことをいくつか書いています。ここではその一部を紹介します。

『枕草子』原文

すさまじきもの。ひるほゆる犬。春の網代(あじろ)。三、四月の紅梅の衣(きぬ)。牛しにたる牛飼ひ。ちご亡くなりたる産屋(うぶや)。火おこさぬ炭櫃(すびつ)、地火炉(ぢくわろ)。博士のうち 続き女児生ませたる。方違(かたたが)へにいきたるに、あるじせぬ所。まいて節分(せちぶん)などは、いとすさまじ。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

興ざめなもの、期待外れなもの。昼に吠える犬。春の網代(氷魚をとるためのもの)。3・4月の紅梅色の着物(本来は11~2月に着用するもの)。牛が死んだ牛飼い。赤ん坊が亡くなった産屋。火を起していない状態のすびつや囲炉裏。博士の家に女の子ばかり生まれたこと。方違えに行ったのにおもてなしをしないところ。まして節分の時期の方違えでおもてなしをしないのはたいへん興ざめ。

『枕草子』現代語訳

など多くの物が並べられています。なかでもやはりいちばんの「すさまじきもの」は、官吏(地方官)任命の会議があった日、地方官になると思われていたのになれなかった人の家をあげています。

地方官になれなかった人の家の様子は?

『枕草子』原文

除目(ぢもく)に司えぬ人の家。今年は必ずとききて、はやうありしものどもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住むものどもなど、みなあつまり来て、出入る車の轅(ながえ)もひまなく見へ、もの詣(まう)でするともに、我も我もと参りつかうまつり、もの食ひさけ飲み、ののしりあへるに、はつる暁まで門たたく音もせず、
あやしうなど、耳たてて聞けば、さきおふ声々など して、上達部(かんだちめ)などみな出で給ひぬ。もの聞きに宵より寒がりわななきをりける下衆男(げすおとこ)、いともの憂げにあゆみくるを見るものどもは、え問ひだにも問はず、外(ほか)よりきたるものなどぞ、「殿はなににかならせ給ひたる」など問ふに、いらへには「何の前司(ぜんじ)にこそは」などぞ、かならずいらふる。まことに頼みけるものは、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつるものども、一人二人すべりいでて去ぬ。古きものどもの、さもえ行きはなるまじきは、来年の国々、手をおりてうち数へなどして、ゆるぎありきたるも、いとをかしうすさまじげなる。(略)

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

官職任命の日に官職につかない人の家は興ざめです。今年は地方官になるだろうと、かつてこの家に仕えていた人々で、今は別々になっている人、田舎に住む人たちが集まってきて、牛車のながえも隙間なく見えています。家の主がお参りに行く供に、私も私もとつき従い、物を食べ、酒を飲み、騒ぎあっていましたが、任命が終わる明け方まで官職を告げる使者が門を叩く音がしません。
おかしいなと思って、耳をすまして聞いてみると、先払いの声がして官職の任命式に参列していた貴族がみな退出なさっていました。任官の情報を聞くために昨夜からさむがっていた下男が憂鬱そうに歩いてくるのを見て、とても任官がどうだったのか聞けません。
事情を知らない外から来た人が「お殿様は何の官職になりましたか」と問うと「何々の前の国司です」などと答えます。任官をあてにしていた者は嘆かわしく思い、早朝、ひとりふたりとこっそり退出していく。古参の者でその場を離れられない者は来年に国司の交代がある国々を、指折り数えながらおぼつかなく歩いているのも不憫で興ざめです。(略)

『枕草子』現代語訳

官職になれるかもと知ると昔なじみの人が集まって騒いでいましたが、夜明けになって任命がないと知るとひとり、ふたりとこっそり去っていきます。外の人に「ここの家の人は何の官職に?」と聞かれると、仕方がないので「どこどこの前の国司です」と答えるわけです。

簡単に立ち去れない人は来年の国司交代の国を数えるしかありません。あてにしていた人たちの期待外れの気持ちと、去っていく寒々しさがリアルに描かれています。

「宮にはじめて参りたるころ」

宮仕えし始めた頃は緊張していた清少納言

「宮にはじめて参りたるころ」は、清少納言が宮中に仕え始めたときのことを書いたものです。

『枕草子』原文

宮に初めて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳のうしろにさぶらふに、絵など取り出でて見せさせ給ふを、手にてもえさし出づまじう、 わりなし。「これは、とあり、かかり。それが、かれが。」などのたまはす。高坏に参らせたる大殿油なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。いとつめたきころなれば、さし出でさせ給へる御手のはつかに見ゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。(略)

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

宮仕えを始めたころ、恥ずかしいことが数多くあり、涙がこぼれてしまいそうなので、夜に参上して、几帳の後ろに控えていました。中宮様が絵を取り出して見せてくださいますが、私は手を差し出すこともできず、恥ずかしくてどうしようもない。中宮様は「この絵はこうです。それが何でこれが何で」とおっしゃってくださいます。上下を逆にした高坏にともした灯火のため、髪の毛の筋なども昼よりはっきり見えて恥ずかしいけれど、我慢していました。冷える頃なので中宮様の差し出した手が美しい薄紅色でこの上もなく素晴らしく、このような人がこの世においでになるのだなあとハッと気づいて見つめました。

『枕草子』現代語訳
清少納言に手を差し伸べてくれた定子

清少納言は中宮定子に仕えた当初は、人前に出るのが泣きそうなほど恥ずかしく夜にしか定子のもとへ行けず、しかも家具の後ろに控えていました。そんな清少納言を心配した定子がやさしくいろいろ話しかけます。清少納言は薄紅色に染まった定子の美しい手を見て、世の中にこんなにも美しい人がいるのかと嘆息しました。

昼間、ほかの女房たちからは「どうして部屋にこもっているの?中宮さまに簡単に目通りが許されているのは中宮さまのお考えがあるからで、その心に背くのは見苦しい」と諭され、定子の元へと送り出されています。

のちに貴族たちとも丁々発止でやりあう清少納言も、初めはこんな初々しかったようです。

「5月のご精進のほど」

和歌を詠むのが苦手だった?清少納言

この段の前半は、清少納言はホトトギスを聞きに同僚と出かけますが、取り紛れることが多く、詠まずに宮中に帰ってしまいます。

中宮定子から歌を詠むようせかされた清少納言は、歌人として名高い父の名誉を傷つけたくないため歌を詠むのがプレッシャーだと答えます。すると定子から「歌を詠まなくてもいいわよ」とお許しをいただきました。そして中宮定子様が夜通し起きている日、定子の兄の伊周(これちか)が来て、定子を楽しませようと歌会を催します。

『枕草子』原文

夜うちふくるほどに、題出(い)だして女房も歌よませ給ふ。皆けしきばみ、ゆるがしいだすも、宮の御前近くさぶらひて、もの啓しなど、ことごとをのみいふを、大臣(おとど)御覧じて、「など歌はよまで、むげに離れゐたる。題取れ」とて給ふを、「さることうけたまはりて、歌よみ侍るまじうなりて侍れば、思ひかけ侍らず」とて給ふを、「さることうけたまはりて、歌よみ侍るまじうなりて侍れば、思ひかけ侍らず」と申す。「ことやうなること。まことにさることやは侍る。などかさはゆるさせ給ふ。いとあるまじきことなり。よし、こと時はしらず、今宵はよめ」などせめさせ給へど、けぎよう聞きも入れでさぶらふに、
みな人々よみいだして、よしあしなど定めらるる程に、いささかなる御文をかきて、なげ給はせたり。見れば、元輔がのちといはるる君しもや 今宵の歌にはづれてはをるとあるを見るに、をかしきことぞたぐひなきや。いみじう笑へば、「何事ぞ、何事ぞ。」と大臣もとひ給ふ。
「その人ののちといはれぬ身なりせば今宵の歌をまづぞよままし
つつむことさぶらはずは、千の歌なりとこれよりなむ出でまうで来まし」と啓しつ。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

夜が更けてきたころ、伊周が題を出して女房たちに歌を詠ませました。みんなが歌を作っているときに私は定子さまに他のことをお話していると、伊周様が「なぜ歌を詠まない?離れてないで歌を詠んで」と言ってきました。私は「定子様からお言葉いただいて歌を詠まなくても良いことになっています」と申し上げました。すると「そんなおかしな話があるのか?なぜ中宮様はそんなことをお許しになったのか。他の時は知らないが今日は詠んでほしい」と強制してきますが聞き入れないでいました。
そのうち女房たちがみんな歌を詠んでその良し悪しを言っているとき、定子様が手紙を書いて投げてよこしてきます。そこには「元輔の後継者といわれるあなたが今夜は仲間はずれですね」という意味の歌が。
そこで「元輔の子でなければ真っ先に歌を詠んだのですが」という歌を返したのでした。

『枕草子』現代語訳
ホトトギスを聞きに行った清少納言

清少納言は、同僚の女房達とホトトギスを聞きに遊びに出かけます。知り合いの家で接待を受け、その帰り美しい卯の花が目に留まり、牛車を花で飾り立てました。

その牛車を近くに住む藤原公信に見せつけようと彼の家を訪ねますが、彼が出てくるのを待ちきれず、違う家へと行こうと牛車を動かすと、それを知った公信が帯を結びながら家を飛び出してきます。清少納言を乗せた牛車はスピードをあげ、服が乱れながらそれを追いかける公信・・・。その姿がおかしいと清少納言は大笑いして楽しんで宮中へと帰りました。

ところが、肝心の「ホトトギス」の歌を詠んでおらず、そのことを定子に叱られます。しかし清少納言は「私が恥ずかしい歌を詠んで有名歌人である父の名を辱めたくない。歌を詠みたくない」宣言。定子からも「仕方ないわね」と許されました。

意固地になった清少納言は、定子の兄の伊周から歌を詠むよう促されても「私は中宮様に歌を詠まないお許しをいただいています」と突っぱねます。

するとそこへ定子が歌を書いた文を投げてよこしました。そこには「歌人の子が仲間はずれね」という意味の歌が書いてあり、清少納言は「歌人の子でなければ真っ先に歌を詠んだのに」という歌を返したのでした。

闊達にふるまう清少納言らしい気性の出たエピソードです。意固地になった清少納言に歌を詠む口実を作って促すという定子の優しさが光ります。

「香炉峰の雪は」

当意即妙といわれる技を見せた清少納言

この章段では中宮定子と清少納言が名コンビのような姿を見せています。

『枕草子』原文

雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に火おこして、物語などして集まり候ふに、
「少納言よ、香炉峰の雪いかならん」
と仰せらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせ給ふ。
人々も、
「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそよらざりつれ。なほこの宮の人にはさべきなめり」と言ふ。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

ある雪が降った日、炭櫃のまわりでみんなが語らっていました。
定子が「少納言よ、香炉峰の雪はどう?」と問いかけます。
香炉峰は中国にある山のこと。清少納言は格子をあげさせて、すだれを掲げました。定子様はにっこり笑いました。
これは中国の漢詩「香炉峰はすだれをかかげてみる」という一節を実演したもの。ほかの女房たちは
「この漢詩のことは知っていたけど、これを実演してという意味だとは思わなかった。清少納言こそ中宮様にお仕えする人ね」と絶賛しました。

『枕草子』現代語訳

まさにあうんの呼吸です。清少納言の自慢のエピソードですが、大好きな中宮さまの期待に応えて喜んでもらえた清少納言の満足感が伝わってきます。

「里にまかでたるに」

清少納言の元夫の笑えるワカメ事件

この章段は清少納言が宮中を一時出ていたときのお話で、ワカメ事件とも呼ばれるできごとで知られます。

『枕草子』原文

里にまかでたるに、殿上人などの来るをも、やすからずぞ人々はいひなすなり。いと有心(うしん)に引き入りたるおぼえ、はたなければ、さいはむもにくかるまじ。また、昼も夜も来る人を、なにしにかは、「なし」ともかがやきかへさむ。まことにむつまじうなどあらぬも、さこそは来めれ。あまりうるさくもあれば、このたび、いづくとなべてには知らせず、左中将経房(つねふさ)の君、済政(なりまさ)の君などばかりぞ知りたまへる。
左衛門の尉(じよう)則光が来て物語などするに、
「昨日、宰相の中将のまゐりたまひて、『いもうとのあらむ所、さりとも知らぬやうあらじ。言へ』といみじう問ひたまひしに、さらに知らぬよしを申ししに、あやにくにしゐたまひしこと」
などいひて、
「ある事あらがふは、いとわびしくこそありけれ。ほとほと笑みぬべかりしに、左の中将の、いとつれなく知らず顔にて居たまへりしを、かの君に見だにあはせば笑ひぬべかりしにわびて、台盤のうへに布のありしを取りて、ただくひにくひまぎらはししかば、中間に、あやしのくひものやと見けむかし。されどかしこう、それにてなむ、そことは申さずなりにし。笑ひなましかば、不用ぞかし。まことに知らぬなめりとおぼえたりしもをかしくこそ」
など語れば、「さらに、な聞こえたまひそ」などいひて、日ごろ久しうなりぬ。

夜いたくふけて、門をいたうおどろおどろしう叩けば、なにのかう心もなう、遠からぬ門を高く叩くらむと聞きて、問はすれば、滝口なりけり。「左衛門の尉の」とて、文を持て来たり。皆寝たるに、火取り寄せて見れば、
「明日、御読(みど)経の結願(けちがん)にて、宰相の中将、御物忌に籠りたまへり『いもうとのあり所申せ申せ』とせめらるるにずちなし。さらにえ隠し申すまじ。さなむとや聞かせたてまつるべき。いかに。おほせに従わむ」
といひたる、返事(かへりごと)は書かで、布を一寸ばかり紙につつみてやりつ。
さて後きて、
「一夜(ひとよ)は責めたてられて、すずろなる所々になむ、率てありきたてまつりし。まめやかにさいなむに、いとからし。さて、など、ともかくも御かへりはなくて、すずろなる布の端をばつつみてたまへりしぞ。あやしのつつみものや。人のもとに、さるものつつみておくるやうやはある。とりたがへたるか」といふ。
いささか心もえざりける、と見るがにくければ、ものもいはで、硯にある紙の端に、かづきするあまのすみかをそことだに ゆめゆふなとやめをくはせけむと書きてさし出でたれば、
「歌詠ませたへるか。さらに見はべらじ」とて、扇かへして逃げて去ぬ。

かう語らひ、かたみに後見などするに、中になにともなくてすこし中あしうなりたるころ、文おこせたり。
「便なきことなどはべりとも、なほ契りきこえしかたは忘れたまはで、よそにてはさぞとは見たまへとなむ思ふ」
といひたり。つねにいふことは、
「おのれをおぼさむ人は、歌をなむ詠みて得さすまじき。すべて仇敵となむ思ふ。今はかぎりありて絶えむ、と思はむ時にさることはいへ」
などいひしかば、この返りごとに、くずれよる妹背の山のなかなれば さらに吉野の河とだに見じといひやりしも、まことに見ずやなりにけむ、返しもせずなりにき。さて、かうぶり得て、遠江(とうたあふみ)の介といひしかば、にくくてこそやみにしか。

『枕草子』原文

『枕草子』現代語訳

里に退出しているときに、女房達にあらぬ噂をたてられるのも煩わしいし、訪ねてくる人を「不在です」といって恥をかかせることもできません。あまりにもわずらわしいのでこのたびは居所は経房の君、済政の君などだけに知らせました。
元夫の則光が訪ねてきて
「藤原斉信(ふじわらのただのぶ)が宮中で、清少納言の居所を知らないはずがないとしつこく聞いて無理にでも言わせようとします。隠し立てするのは苦しいものです。危うく言いそうだったのにそばの経房は知らんぷりしていました。しかし目を合わせれば笑いだしそうになり困ってしまい、とっさにワカメを口いっぱいに詰め込んでごまかしました。他の人は食事時でもないのに変なものを食べていると思ったことでしょう。でもそのおかげであなたの居所を言わなくてすみました。笑いだしたらダメだったでしょう。本当に知らないと斉信様が思われたのもおかしかった」と話します。
「絶対に話さないで」といって数日たちました。

夜更けに門を叩く音がするので「何者か」と使用人に確かめさせると、則光の手紙を持ってきた使いの武士でした。
手紙には「明日、斉信様が物忌にこもっています。あなたの場所を教えろと責められるのでもうどうしようもありません。お教えしましょうか。あなたの言われるとおりにします」と書いてありました。
そこで返事は書かずにわかめを一寸紙に包んで届けました。

その後、則光が来て
「斉信に責められてあちこち適当な場所にお連れして歩き回りました。やりきれません。ところでなぜ私の手紙に返事をくれずにわかめなどを寄こしたのですか。何か行き違いでしょうか」と言います。
「分かっていなかったのだ」と思うと、ものもいわないで紙の端に
「海に潜る海女のように隠れている私の住処をそこと絶対に言うなと目くばせする意味で芽を食べさせたのでしょう」と書いて差し出したところ
「歌は見ませんよ」と逃げ去りました。

このように親しく付き合ったりしているうちに少し仲が悪くなった頃、手紙を寄こしました。
「兄妹と固い約束をした気持ちは忘れないで、兄妹の仲が続いていると見えるように扱ってほしいと思います」と書いてありました。
則光はつねづね
「私を思ってくれる女性は歌など詠んできてはいけません。そんな人は仇敵です。別れようと思うときに歌を詠めばいいんです」
と言っていたので、手紙の返しとして「崩れかけたふたりの仲ですから仲良しの扱いはできません」と歌を書いて送りました。本当に見なかったのでしょうか。返事もないまま終わりました。その後則光は遠江の役人となりましたが、それきり縁が切れてしまいました。

『枕草子』現代語訳
則光と手紙でやり取りをした

清少納言は、親しい源経房(みなもとのつねふさ)と元夫の橘則光(たちばなののりみつ)など数人にのみ自分の居所を伝え、ほかの人には教えないようにと口止めしていました。

ところが清少納言のライバルともいうべき藤原斉信(ふじわらのただのぶ)が、経房と則光に彼女の居所をしつこく聞いてきます。知らんぷりしている経房の姿がおかしく、笑いそうになった則光はとっさにワカメを口いっぱいに詰め込んで難を逃れたのでした。

しかし斉信はあきらめません。そこで則光はこの一件を話して、居所を言ってもよいかと清少納言に手紙をよこしました。清少納言はワカメの切れ端を送ります。これは「またワカメを口に入れて黙っていてね」というシャレでした。

しかしシャレっ気のない則光は理解できず、「どういう意味?」と返してきます。清少納言はあきれて歌を送りました。じつは則光は大の和歌嫌い。そのためふたりの間では和歌を送ることは絶交を意味するものでした。こうして清少納言は則光との関係を終わらせたのでした。

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