小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

北斎漫画とは?内容や作成の背景、与えた影響まで分かりやすく解説

北斎漫画ってどういうものなの?」
「なぜ西洋絵画に影響を与えたの?」

日本で有名なマンガは数あれど、北斎漫画ほど国内外に影響を与えた作品はないと言っていいでしょう。内容のわかりやすさはもちろんのこと、その美術性やクオリティは日本人のマンガ文化の原点と言っても過言ではありません。

しかしながら、その詳細を知っている人はごく僅かではないでしょうか?学校の教科書でもほんの少し紹介される程度で、中身が載っていることはほとんどありません。

今回は北斎漫画の概要とその内容、北斎漫画に触れたい人にぜひ手にとってほしい本や展覧会の情報もお伝えします。ぜひ最後までお付き合いください!

北斎漫画とはどんなもの?

北斎漫画十編の一枚。手品のようなものが描かれている。

そもそものお話、北斎漫画とはどんなものなのでしょうか?その名前は知っていても概要については詳しくご存知ない人も少なくないはず。

そんな北斎漫画の概要について、本章では作者の素性と北斎漫画誕生のきっかけとルーツについて迫っていきます。

作者は『富嶽三十六景』の葛飾北斎

作者・葛飾北斎。左上には辞世の句が書かれているため最晩年の姿か。

北斎漫画の作者は、かの有名な浮世絵画家、葛飾北斎です。北斎の代表作といえば、『富嶽三十六景』。富士山をメインに46枚の絵を発表した作品として有名で、大波でおなじみの『神奈川沖浪裏』は現在の日本人も好む作品として知られています。

北斎は90歳という高齢で亡くなるまで膨大な数の作品を発表しました。「狂ったように絵を描く」ことから、晩年の号は「画狂老人」を自称するほど。それだけ絵に情熱を傾けた人物でもあります。

それを裏付ける有名なエピソードとして亡くなる直前に放った一言があります。

天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし
訳 神よ、私をあと5年生かせたら本物の絵を描いてみせるぞ

凄まじいまでの絵への執念を表すエピソードですね!そんな人物によって北斎漫画は誕生したのです。

気が向くままに描いた「スケッチ」

北斎漫画は、北斎いわく、

事物をとりとめもなく気の向くまま漫ろに描いた画

とのこと。つまり、気分や思いつきで描いたスケッチのようなものと言っているのです。漫画とは言っていますが、「漫ろ」に描いた「画(絵)」ということで漫画と名付けたようです。

永楽屋東四郎から出版された北斎漫画第四編も一部。

北斎が北斎漫画を描き始めたのは1812年、52歳ごろと言われています。初版は名古屋の版元・永楽屋東四郎から出版され、たちまち人気となり、結局1878年まで出版され続けました。江戸ではなく名古屋から出版されたというのも驚きですね。

この時北斎は名古屋の門人である牧墨僊のもとに滞在しており、そこで描かれたものが最初の北斎漫画とされています。牧邸に滞在中に描いた北斎漫画の枚数はなんと300枚と言われているます。

真似で始めた?北斎漫画のきっかけ

鍬形蕙斎。北斎と人気を2分したといわれる絵師。

さて、北斎漫画は内容は北斎のオリジナルなのですが、この漫画という発想自体は別の作品から着想を得ていると言われています。

もっとも有名な説の中に、同時代の画家・鍬形蕙斎の『略画式』を真似たというものがあります。これには鍬形自身も回想している文章が残っており、以下のように記しています。

北斎はとかく人の真似をなす、何でも己が始めたることなしといへり、是れは略画式を蕙斎が著して後、北斎漫画をかき

北斎は絵を描くために研究を怠らない性格で、これ以外にも人体を描くために整骨院に足を運んだり、海に行って波をひたすら眺めたりとさまざまなことをしていました。

自分の絵を完成させるため、ライバルと言われた鍬形からも知恵を拝借するあたり、北斎の本気度がうかがえますね!

北斎漫画の中身は?

気になるのは北斎漫画の中身。一体どんなものが描かれているのでしょうか?

北斎が晩年まで続けて描いており、非常に人気が高かったものなだけに気になる人も多いでしょう。ただその内容に関しては毎度異なっていて、彼の発想力や着眼点に目を見張る部分も多いのが北斎漫画なのです。

では、北斎漫画の詳しい中身や概論について説明していきます。

全15編で枚数は4000枚以上

北斎漫画に描かれた職人たち。江戸の職種が分かる貴重な資料でもある。

北斎漫画はすべて合わせて4000枚以上のスケッチからできています。これらはすべて本になっており、全15編です。

しかし、14編・15編に関しては北斎の作ではないという説もあります。葛飾北斎の研究で第一人者と呼ばれた飯島虚心はこの2編を北斎の作とすることに否定的な立場を表しています。

その理由として、14編と15編が北斎の死後に編纂・出版されているからです。確かに最後の出版が、北斎の死後30年後というのもおかしな話。もしかすると弟子や別の人物が北斎の名を借りて描いたのかもしれませんね。

白黒とカラーの2種類

「気の向くままに描いた」というだけあり、その描き方は一定していません。色のついたカラーのものもあれば、筆を走らせただけであろう白黒のものまでさまざま。色がついていたといっても朱色が追加されたぐらいで、どの作画も非常に単純化されています。

江戸時代のコンパス。当時は測量にのみ使われるものだった。

その理由は、北斎漫画は絵の描き方を集めた、いわゆる指南書だったからです。北斎は筆だけを使った簡単な画法から、当時「ぶんまわし」と呼ばれていたコンパスを使った絵の描き方まで北斎漫画で公開していました。

もちろん自身の真髄の部分には迫っていないでしょうが、これがそののち絵手本として北斎漫画が活躍する最大の理由となるのです。

出てくるものはいつもバラバラ

北斎が参考にした鍬形の『略画式』は動物や昆虫がメイン。一方の北斎漫画の方は、人が描かれているかと思えば動物もおり、中には神様が登場したりとさまざまです。北斎の得意分野である波も当然描かれており、1つのものに固執しない感性の豊かさには目を見張るものがあります。

代表作『神奈川沖浪裏』。北斎はデビュー当初から波を描くことに注力していた。

中には、今でいうパラパラ漫画もあり、妖怪を紹介するようなページもあり、四天王や風神雷神といった神様もありで、見ていて読者を飽きさせません。なぜこれほどのテーマが描かれているかというと、これもまた絵の指南書だったからという理由に尽きます。北斎漫画1冊でさまざまな構図の絵を描くための手本としたのでしょうね。

北斎漫画が与えた影響

滝沢馬琴の『新編水滸伝』の挿絵。北斎は作者の指示通りに絵を描かないことで有名だった。

北斎漫画が与えた影響とはどのようなものだったのでしょうか?

北斎は有名な浮世絵画家でありながら、読本の挿絵であったり、美人画であったりとさまざまな方面で活躍し、その才能の豊かさを発揮しています。では、その中にあって唯一「漫ろ」に描いた作品である北斎漫画は、発表後どのように受け入れられていったのでしょう。また、これを見た他の人たちにどのような影響を与えたのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

日本に与えた影響

日本国内では言わずと知れた葛飾北斎ですが、北斎漫画についてはあまり触れられる機会がありません。しかし、やはりこの作品に感化された人は後世にも多く存在したことは間違いありません。

では、日本国内の北斎漫画の影響はどんなものだったのでしょう?ここでは日本国内での影響を紹介していきます。

日本の画家のお手本に

北斎漫画に描かれた人の表情。これらは後代の手本となった。

北斎漫画は娯楽のために出版されたと思っている人が多いのですが、実は北斎はあまりそんなことを考えていませんでした。北斎が北斎漫画を出版したその理由は、画家になりたい人向けの教本でした。

先にも少し書きましたが、筆を用いた画法の他、コンパスを使った描き方などにもフォーカスしているあたりはその裏付けとも言えます。

実際、北斎漫画は浮世絵とは違って非常に高額で、一般市民が手軽に購入できるものではありませんでした。制作過程で時間がかかるのはもちろんなのですが、本気で画家を目指す人に向けて作ったものだと考えれば納得がいきますね。

映画化へ

北斎漫画の映画ポスター。若かりし頃の北斎を描いた作品。

北斎漫画は、映画へと形を変えていきました。タイトルそのままの「北斎漫画」は緒形拳主演で1981年に公開されています。

スランプに陥っていた鉄蔵(北斎)がお直という不思議な雰囲気を出す女性の絵をどうやったら描き上げられるかにフォーカスした作品です。直接北斎漫画とは関係ないのですが、お直を描く過程でさまざまな技法を打ち出した北斎の姿を描き出しています。

時代が時代なだけにほんの少しだけ過激なシーンがありますが、タコが女性に絡みつく構図を生み出したのも北斎です。観察力はもちろん、想像力も強かったのですね。

海外に与えた影響

北斎漫画はひょんなことから海を越え、ヨーロッパの画家たちに衝撃を与えます。もちろん浮世絵もそうなのですが、今まで触れたことのない日本の絵に彼らはどのような刺激を受けたのでしょうか?

きっかけとその影響を本章ではお話していきます。

「緩衝材」が印象派に影響を与えた?

フェリックス・ブラックモン。彼が北斎漫画を見つけたと自身で語っている。

北斎の作品が海を渡った理由は「緩衝材」という説が有力です。日本では当時鎖国状態で、浮世絵などを直接輸出するなどのことはもちろん、人の往来は限定的でした。

北斎の作品を初めて手にしたとされるブラックモンは、なんと輸入品の壺に入っていた緩衝材の中に北斎漫画を見つけたというのです。その後、彼をきっかけに印象派と呼ばれる画家に影響を与えたとされています。

ただし、この説は若干の問題点もあり、懐疑的な意見もあります。しかし、北斎の作品がゴッホモネに影響を与えたことは間違いないとされています。

近代美術を変えてしまったとも

ゴッホが浮世絵の影響を受けて描いた『タンギー爺さん』。背後には浮世絵らしきものが描かれている。

当時のヨーロッパ美術は王立アカデミーがすべての基準でした。キャンバスには目一杯の絵を書き、見たものをそのまま描くというものです。

しかし、北斎漫画や北斎の作品は余白を活かす方法や極端なまでの遠近法、簡略化されつつもそれがなにかを明確にする画法が満載。当然そんな考えのなかった彼らですから、受けた衝撃の大きさは言うまでもありません。

一部の画家は北斎にインスパイアされたことで、北斎の構図を真似た作品も出てきました。それと同時にそれまでの絵画の技法も大きく変化していったのです。

北斎漫画に触れたいなら

さて、ここまで触れてきた北斎漫画ですが、私達が目にする方法もあります。その方法は本はもちろんのこと、電子データや展覧会で触れることができるのです。

本章では北斎漫画を実際に見てみたいという人に向けておすすめの書籍や電子データ、展覧会の情報をお届けします!

本を買う

北斎漫画に関する本は実はかなりたくさん出版されています。その中でも特におすすめしたいのが、青幻舎から出ている『北斎漫画(全3巻セット)』です。

全3巻の単行本にまとめられた北斎漫画のスケッチたちとともに、北斎研究家・永田生慈の解説付きで理解を深めながら読み進めることができます。2011年刊行と少し古い本ですが、北斎漫画を知るためにはぜひ手にしておきたい本です。

海外の図書館の電子データで読む

実は北斎漫画は海外の図書館でデータベース化されており、誰でも読むことができます。現在3つの図書館が公開していますが、もっとも読みやすいのがスミソニアン協会図書館にあるデータです。

北斎漫画だけではなく北斎の作品がPDFとして公開されており、ダウンロード可能。サイトは英語ですが読んでみたい人にはうってつけのツールです。

スミソニアン協会図書館へのリンクはこちらをクリックしてください。

展覧会へ行く

あまり表に出てこない北斎漫画ですが、ここ数年の漫画ブームの影響もあってか、展覧会が各地で開かれています。実は12月10日〜1月31日まで、広島県立美術館での展覧会が決まっています。

普段は見ることができない北斎漫画を生で見られる大チャンス!入場料は一般1,200円、高・大学生1,000円、それ以下は600円となっています。ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?

広島県立美術館。北斎漫画の企画展は年末年始を除いて開催される。

北斎漫画に関するまとめ

北斎漫画は、日本の画家志望の人以外にも海外の画家にも、そして現在に至るまで幅広い人たちに受け入れられ、かつ影響を与えてきたことがわかりました。ここまで北斎は予想していたでしょうか?

絵の世界にどっぷりと浸って、その絵の世界を変えてしまったその姿はまさに「画狂老人」の名にふさわしいと言えますね。昔は高級品で一般人の手にはなかなか渡らなかった北斎漫画に私達は簡単に触れることができます。少しでも興味を持ったら実際に読んでみてはいかがでしょうか?

それでは長時間に渡りお付き合いいただきありがとうございました!

コメントを残す