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一休宗純とはどんな人?生涯・年表まとめ【逸話や名言、女性関係も紹介】

一休宗純の功績

功績1「『風狂』の僧として活躍したこと」

54歳の頃の一休宗純、傍らに朱色の刀を携えている

一休宗純は、一見風変わりな行動をとっていましたが、その実は「当時の仏教界」に対しての形骸化を痛烈に批判する意図がありました。一休宗純が生きた時代は、幕府が寺院を管理し住職になるためにはお金を納めないといけませんでした。

結果修行よりも、地位や権力を欲する僧侶が増えていました。一休はそのような仏教界を憂い自身は幕府の庇護を受けず、択鉢や内職を行い貧しい生活を送り、人間の有りのままを見ようとしたのです。晩年に天皇の勅命を受けて、「大徳寺」の住職になりますが、自身は大徳寺に住まずに自身の庵に住み続けています。

厳しい修行を経た後は、風変わりな行動を取り続けた一休宗純

若い時に一休の出生のコネを使えば、厳しい修行を踏まずとも大きい寺院の住職になることも可能でした。しかし敢えてそれをせず、真に仏教というものに取り組んだ人物といえるでしょう。

功績2「『とんちの一休さん』と親しまれたこと」

一休さんは本や紙芝居で親しまれてきた

一休宗純が有名になったのは、江戸時代に「一休咄」という本が出たのがきっかけといわれています。この本の影響で、「一休さん」の愛称で親しまれるようになったのです。昭和の中頃まで、絵本の童話の題材や紙芝居の題材としてよく用いられていました。特に、屏風の虎退治などの話は有名で、絵本や紙芝居でも多く題材とされています。

「一休咄」の内容は、幼少期に頓智で和尚や将軍・足利義満を遣り込め厳しい修行を積み、名僧になったというものです。実際の頓智話には、一休宗純の事績の他にも、民間伝承や他の高僧の話などもまざったフィクションですが、何時しか一休宗純の頓智話として定着していきました。

江戸時代の本「一休咄」

そして長らく、子供向けの話の主人公として親しまれることとなったのです。これは一休宗純の戒律や形式に囚われない人間的な生き方が、民間の共感を得たのが要因ではないかと分析されています。

一休宗純の名言

袈裟を有難がるのはお門違いだという

袈裟が有り難く見えるのは、在家の他力本願

僧侶が付けている「袈裟」をありがたがっているのは、他力本願の象徴だという言葉です。仏の心は僧侶に求めるのではなく、自身で見出さないといけないという考えに基づいているといわれています。

正月は新年の幕開けでもあるが、死へと一歩近づいたとも言っている

正月は、冥土の旅の一里塚。めでたくもあり、めでたくもなし

有名な言葉です。正月をめでたいと皆祝うけれども、冥土の旅路に一年近づいたことではないかという意味です。めでたくもあり、めでたくもないと言っていたといいます。

「死」は誰も逃れることができない

生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も

人間は、誰しも生を受ければ死も待っている。皆平等に訪れるという心でしょうか。確かに貴賎も動物も関係なく「死」は平等に訪れるものです。

一休宗純にまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「実は破戒僧だった!?」

朱色の刀を携える一休宗純

一休宗純は、いわゆる「破戒僧」でした。男色を好み、仏教戒で禁じられている飲酒や肉食・女犯を犯しています。盲目の女性の森侍者という妻や、岐翁紹禎という実子の弟子がいたといいます。その他にも阿弥陀如来を枕にして寝ていたという話もあります。

また、木製の刀身の朱鞘の太刀を差した風変わりな格好で街を歩いていたといいます。これは「鞘に納めていれば豪壮に見えるが、抜いてみれば木刀でしかない」ということを、外面を飾ることにしか興味のない当時の世相を風刺したものであったとされています。

型外れな一休の行動は人々を驚かせた

これらの行動の裏にも、当時の仏教界の批判と足利将軍家の批判が含まれていました。堂々と将軍家を批判してもお咎めがなかったのはやはり「天皇の御落胤」だったことが大きかった考えられています。この「破戒僧」行動に民衆は呆れつつも、権力を堂々と批判する一休宗純に人気が集まった理由といえるでしょう。

都市伝説・武勇伝2「蜷川新右衛門は実在した!?」

アニメの「新右衛門さん」のモデルが存在した

一休宗純と交友が深い人物に、蜷川親当という武将がいました。この武士の通称が「新右衛門」だったといわれ、アニメの「新右衛門さん」のモデルになったといわれています。

実在の蜷川新右衛門は、室町幕府の政所執事である伊勢氏の使える武士だったといいます。アニメの設定のように「寺社奉行」の役人ではないですが、和歌を嗜み連歌会によく参加したといわれ、一休と交友深かったそうです。

一休宗純の年表

1394年 – 0歳「一休宗純京都で誕生する」

父帝といわれる後小松天皇

1394年に、京で一休宗純は誕生しました。父は後小松天皇、母は南朝方の貴族という高貴な生まれでしたが、母が帝の命を狙っているという噂を立てられた為に、宮中を退出し京都嵯峨野で一休を産んだといいます。幼少時代の名前は「千菊丸」といいました。

1400年 – 6歳「出家し、安国寺に入門する」

噂を聞いた将軍足利義満が一休を金閣寺に呼んだという

6歳の時に安国寺に入門・受戒し、名前を「周建」と付けられました。「頓智話」の舞台の和尚や将軍とのやりとりは、安国寺で修行をしている8歳の時の出来事といわれています。幼くして、頭の回転の速さが将軍の耳にまで聞こえたといわれるエピソードといえるでしょう。その他に漢詩でも頭角を現し、「長門春草」「春衣宿草」は洛中で評判になったといわれています。

1411年 – 17歳「西金寺に入門し名を『宗純』と改める」

一休の母「伊予の局」(アニメより)

安国寺での修行に疑問を持った一休宗純は、貧しい西金寺の謙翁和尚の弟子となり戒名を「宗純」と改めています。ここで4年間厳しい修行をしました。謙翁和尚は存命中に、一休に大徳寺の華叟和尚を紹介し、病没してしまいます。

謙翁和尚死去後の一休は、石山観音に籠りますが悟りを開くことが出来ずに、思い悩んで川に飛び込もうとしています。そこを様子が変だからと母から見守りを指示されていた男に止められ一命を取り留めています。

1415年 – 21歳「大徳寺に入門し、『一休』という道号を授かる」

琵琶湖に小舟を浮かべて座禅を組んでいたという

1415年に、謙翁和尚に教わった大徳寺の華叟和尚の元を訪れます。中々入門を許してもらえませんでしたが、7日目に許され弟子入りをします。ここで西金寺以上の貧しい生活をしながら、仏道の修行に励む毎日を過ごしました。

この時に華叟和尚との公案への回答から、「一休」という道号を授かっています。6年間の間一休は大徳寺で修行をし、1420年のある日に、琵琶湖に浮かべてた小舟の上で、夜の闇を飛ぶ鳥を見て遂に悟りを開きました。華叟和尚から終了証として「印可」を授かりますが、火にくべたといわれています。

とにかく「風狂」な生活を送る

一休宗純が残している書、能書家で知られていた

悟りを開いた一休宗純は、詩・狂歌・書画などをしながら「風狂」な生活を送ったといいます。その風変わりな風貌と行動は人々を驚かせました。。そういった頃でも、仏僧として珍重され、1428年に称光天皇が崩御し、後嗣に伏見宮家の御花園天皇が即位しますが、この即位には一休の推挙があったといいます。1470年に妻となる森侍者と知り合っています。

1474年年 – 77歳「大徳寺の住持となる」

現在の一休寺

1474年に後土御門天皇の勅命により「大徳寺」の住持となりました。寺には住まなかったが、復興に尽力し、自身は戦災にあった妙勝寺を中興し草庵・酬恩庵を結び、後に「一休寺」と呼ばれる所に住みました。天皇とも親しく接し、民衆にも慕われたといわれています。

1481年年 – 88歳「マラリアにより死去」

一休宗純の陵墓(宮内庁によって管理されている)

1481年に酬恩庵にてマラリアにて死去しました。享年88没。死の間際に「死にとうない」と述べたといわれています。墓所は酬恩庵の中にありますが、宮内庁が管理しており「陵墓」扱いです。現在も内部へ入ることはできませんが、門の外から参拝は可能となっています。

一休宗純の関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

学習漫画 世界の伝記 一休さん とんちで名高い禅宗の僧

子供向けの「一休さん」の学習漫画です。漫画なので大人でも気楽に読むことができておすすめです。もちろん子供の教育に買って、歴史に興味を持つきっかけになる本です。

一休さん (はじめての世界名作えほん)

世界絵本の一休さんの話です。絵柄が可愛いので、男女問わず読みやすい本です。子供さんの教育に是非買って損はないと思われます。

一休―その破戒と風狂

一休宗純の僧侶としての姿勢を考え方を読み解いている本です。仏学に興味がある方に特におすすめの一冊です。一休宗純が悟った仏の教えが見えてきます。

おすすめの動画

オトナの一休さん 第十六則 「一休さんは強がり坊主」 いっきゅうさん アニメ

人気の「オトナの一休さん」シリーズの一作です。思わず笑ってしまうような一休宗純のとんでもエピソードが紹介されています。しかし一休さんに不思議な魅力を感じてしまう一作です。

おすすめドラマ

一休さん 1~150話セット

テレビアニメ「一休さん」のDVDです。親世代が懐かしんでみても、子供が新しく見ても楽しめる永遠の名作です。話数が多いので、かなり長く楽しめます。

ふるさと再生 日本の昔ばなし 「一休さんの虎退治」他

日本昔話の中の一話に「一休さんの虎退治」が入っています。一休さんの話以外にも、日本昔話が見ることができるのが魅力です。

関連外部リンク

一休宗純についてのまとめ

いかがでしたでしょうか?筆者が子供の頃に「一休さん」というアニメが放映されており、凄く身近に感じる人物だったので今回の執筆を嬉しく思っております。また図書館などで、子供向けの「一休さん」の伝記を読んだりして、一休宗純という人間の面白さを感じた覚えがあります。

「風狂」という行動は私のような凡人には図り知るのは難しいですが、それでも厳しい修行を乗り越える様子を知るにあたって、仏教を極めた末に行きついた事がきっと「人間らしく生きる」だったのではないかと感じています。

今回の執筆で、やはり一休宗純は人々に愛され続けている名僧だと再確認して嬉しく思っております。この記事で少しでも一休宗純に興味を持っていただけたら非常に光栄に思います。最後まで長い記事にお付き合い頂きありがとうございました。

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