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ルネ・マグリットはどんな画家?生涯・年表まとめ【代表作品も紹介】

シュルレアリスムを代表する画家ルネ・マグリットは、20世紀のベルギーを中心に活躍しました。初期には印象派としての作品を表しますが、のちシュルレアリスムを代表する画家として知られるようになりました。

ルネ・マグリットの作品「物の力」

シュルレアリスムとは、「超現実主義」とよばれる美術・文学の革新運動です。フランスの詩人アンドレ・ブルトン(1896年~1966年)が1924年に「シュルレアリスム宣言」を行ったことにより名付けられました。精神科医ジークムント・フロイトの精神分析理論に影響を受けており、無意識の表現の定着をめざす方向性をもっていたところに特徴があります。

マグリットはデペイズマン(異なった環境に配置すること)やコラージュといった技法を用いて、独特の詩的世界を描くことに成功しました。言葉とイメージの関係や世界の神秘性といったテーマで描かれる作品群を通して、鑑賞者にふしぎな驚きを与えてくれます。

この記事では、マグリットの生涯や代表的な作品について、中学時代に美術の授業でマグリットの「物の力」を模写して以来のマグリットファンである筆者が執筆させていただきます。

ルネ・マグリットとはどんな人物か

名前ルネ・マグリット
誕生日1898年11月21日
没日1967年8月15日
生地ベルギー国エノー州レシーヌ
没地ベルギー国ブリュッセル
レオポール・マグリット
レジーナ・ベルタンシャン
配偶者ジョルジェット
埋葬場所スカールベーク墓地

ルネ・マグリットの生涯をハイライト

ルネ・マグリット

3人兄弟の長男として生まれたルネ・マグリットは、13歳の時に衝撃的な事件に遭遇します。母親の死です。入水自殺でした。絵を描くことだけに意欲を燃やしたマグリットは、18歳で王立アカデミーに入学、これにあわせて一家はブリュッセルに移住しました。

24歳で結婚し、ポスターデザイナーとなります。その後は壁紙デザイナーやポスターデザインといった商業美術の仕事を手掛ける一方、時間があれば絵画制作にいそしみます。20代後半にはすでに「迷える騎手」などのシュルレアリスム作品を制作、個展も開いています。

41歳の時に第二次世界大戦が勃発すると、「ルノワールの時代」「ヴァッシュの時代」など特徴ある絵画群を発表しました。マグリットの作品は、その後50代には石をモチーフとした作品が増えるなど、時代ごとに一定の傾向を示しています。1967年の死の直前まで絵画への情熱が途絶えることはありませんでした。

シュルレアリスムを大成した

シュルレアリスムの成立に大きな影響を与えたフロイト

ルネ・マグリットといえば、シュルレアリスムを大成したことで知られています。が、はじめは印象派風の絵画や、ポストキュビズム風の絵画を試みるなど試行錯誤の時期がありました。そのマグリットがシュルレアリスム画家となるためにはいくつかの出会いが重なってのことでした。

特に大きな影響を与えた人物は、ジョルジョ・デ・キリコとマックス・エルンストです。他にも詩人ピエール・ブルジョワから未来派(時間と空間を絵画として表現する作風)を、学友ヴィクトール・セルヴランクスからピュリスム(純粋主義と呼ばれる、キュビスムから装飾性と感情性を排した作風)を、E.L.T.メセンスからダダ(根源的な生の感覚を回復しようとする作風)を吸収しました。

シュルレアリスムに進むべき道を見出したマグリット。言葉とイメージの問題から、イメージの詩学、不在の表象、問題と解答と独自の詩的世界を深化させつつ描いてゆきます。第二次世界大戦を超えて、一時的にルノワールの時代、ヴァッシュの時代と作風に変化を来しますが、妻・ジョルジェットの希望もあり「マグリット流」に回帰していきます。丹念に描かれるマグリットの世界は、一層奥ゆきの深い世界を構成するようになったのでした。

ルネ・マグリットに影響を与えた画家

ジョルジョ・デ・キリコ

ジョルジョ・デ・キリコ

1888年ギリシャ出身。イタリアの彫刻家・画家。ドイツ・ミュンヘンの美術アカデミーに入学し、ニーチェやショーペンハウエルの思想に影響を受けました。1978年死去。ミラノ、フィレンツェ、パリ、ローマ、ニューヨーク、ローマと移住するバイタリティ溢れる画家生活を送り、「通りの神秘と憂鬱」などの作品を残しました。

ルネ・マグリットをはじめ、シュルレアリスムに大きな影響を与えたことでも知られています。マグリットは、キリコの作品から表現テーマとして「謎や神秘」を中核に据えることを確信したのでした。

マックス・エルンスト

マックス・エルンスト

1891年生まれのドイツの画家・彫刻家。ボン大学に進学しゴッホの作品に触れたことで画家を志しました。パリを中心に活躍した後、アメリカへ移住し、晩年はふたたびパリに戻りました。1976年死去。フロッタージュ(こすり出し)、コラージュ、デカルコマニー(絵具を紙に挟んでから紙を開くことによる彩色方法)といった技法でシュルレアリスムに影響を与えています。「ことば、あるいは女=鳥」などの作品を残しました。

マグリットはマックス・エルンストからコラージュの技法とデペイズマンの手法を学びます。エルンストの驚異に満ちた斬新な組み合わせは、マグリットの独特な詩的世界に継承されていきました。

ルネ・マグリットの作品・代表作

「迷える騎手」

「迷える騎手」(1926年、個人蔵)最初期のシュルレアリスム作品

日の暮れた枯れ木の雑木林を疾駆する騎手と馬。木々はビルボケ(フランス語でけん玉のこと)から枝を伸ばしています。タイトルからも、観るものに不安のイメージを与える作品です。マグリットは同様のモチーフを幾度も描いていますが、この作品が最初のものとされています。

「リスニングルーム」

「リスニングルーム」(1952年、メニル・コレクション所蔵)

部屋をうめつくるリンゴが印象的な絵。窓の外に広がる田園風景は穏やかさを感じさせ、それだけにこのリンゴの圧迫感が奇妙に映ります。タイトルのリスニングルームからすると、本来は聴覚で把握するはずのものを視覚に置き換えているようにも思われます。

「光の帝国」

「光の帝国」(1954年、ベルギー王立美術館所蔵)

湖に面した夜の邸宅と白昼の空。何とも言えない不思議な魅力が迫ってくるこの作品は、戦後のマグリットを代表する傑作の1つです。1956年にマグリットは以下のコメントを残しています。

この夜と昼とをともに想起することは、私たちを驚かせ、魅了する力を帯びているように、私には思えます。私はこの力を詩(ポエジー)と呼びます。/この想起力が、このような何らかの力、つまり詩的な力を持つと思うのは、何と言っても、私がつねに夜と昼に対して最大の関心を寄せてきたからです。とはいえ、どちらかが好きだと感じたことは一度もありません。/夜と昼に対するこの大きな個人的関心は、一種の崇敬と驚異の感情です。

「大家族」

「大家族」(1963年、宇都宮美術館所蔵)

 黒雲たちこめる波打ち際に、大きく鳩と思われる鳥が配置されています。鳩は青空を宿し大きく羽ばたきつつ、わずかながら海面を照らしています。不安や混迷の時代の中にある希望を象徴する絵です。

ルネ・マグリットの名言

物と名前の関係は、その物に対してより適切な別の名前を見つけることができないほど密接なわけではない。

1929年『シュルレアリスム革命』誌「言葉とイメージ」

活動初期にパリで過ごした3年間、マグリットは言葉とイメージの関係性を追求しています。物体の存在とイメージ、名前が多様な関係性をとりうるという視点は、他のシュルレアリスム作家にない独自の視点でした。

私はそこに驚くべき新しい詩的な秘密をつかみました。というのも、私が覚えた衝撃は間違いなく二つの物、籠と卵との親和性によって引き起こされたからです。それまでの私は、全く類縁性のない事物を出会わせることでこうした衝撃を引き起こしていたのです。

1938年「生命線」
「親和力」(1933年、個人蔵)

目が覚めたら鳥かごの中だった、という夢から着想を得て描いた「親和力」。マグリットの得た啓示は「問題と解答」という方法論に整理され作品に反映されることとなりました。

ルネ・マグリットにまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「絵画との出会いは墓地だった」

画家という仕事との出会い

画家として生涯を送ることになるルネ・マグリット。少年時代のマグリットは、弟と盛んに悪戯を繰り返す悪童でしたが、絵を描くことにだけは関心が強かったと言われています。その絵画との出会い、さぞ印象的だったのだろうと思われますが、出会いの場所はなんと墓地でした。

ある日、幼馴なじみの女の子と墓地で遊んでいたルネ・マグリット。地下納骨堂の扉をあけて地上に出ると、目に飛び込んできたのはイーゼルを立てて絵を描く画家の姿でした。マグリットはその絵をみて、画家には人を魅了する特別な何かがある、と考えたのでした。

都市伝説・武勇伝2「顔の覆いは亡き母の死の記憶」

「恋人たち」(1928年、ニューヨーク近代美術館蔵)

若き日のルネ・マグリットが遭遇した重大事件、それは愛する母・レジーナの死でした。重い神経衰弱を患っていたレジーナは、1912年2月24日にサンブル川に身投げをし、3月12日に遺体となって発見されます。発見時レジーナの顔はナイトガウンで覆われていた、ということを後にマグリット自身がルイ・スキュトネールに語っています。

顔の見えない人物を多く描いたマグリット。代表的な作品に「恋人たち」があります。顔を布で覆うまま抱き合い、口づけをする男女。死とエロスを結合させた作品として知られていますが、描いたマグリットの胸中にあったのは、少年時代の遭遇したこの事件の名残だったのかもしれません。

都市伝説・武勇伝3「一途で几帳面な愛妻家」

マグリットと妻・ジョルジェット

画家や芸術家といえば派手な外見や奔放な私生活といったイメージがつきものですが、マグリットほど地味な画家も少ないのではないでしょうか。ダーク系のスーツに山高帽がトレードマークのマグリットは、毎日コンスタントに絵を描き続けました。絵を描くときにもスーツ姿のマグリット、几帳面さが伺えますね。

マグリットが14歳の時に出会いそのまま初恋を実らせて結婚した妻・ジョルジェットと生涯を添い遂げといった一途な面も。ジョルジェットは単に絵画のモデルとなるだけでなく、マグリットの描く世界にも影響を与えています。戦時下で一時的に離れた折には、人を介して「最期まで愛していた」と伝言を頼むほど、マグリットは愛妻家だったようです。

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