小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

薔薇戦争とは?原因や結末、主な登場人物まで分かりやすく解説

「薔薇戦争ってどんな戦争?」
「百年戦争と一緒に覚えたけど繋がっているのかな?」
「名前はインパクトあるけど、どういう戦争なんだろう?」

薔薇戦争は百年戦争が終わった後のイギリスで、1455年~1485年の30年間に起こった王位継承権を巡った内乱で、「ランカスター家」と「ヨーク家」の争いです。この戦いで封建領主層が没落し、王権が強化されました。

薔薇戦争という名前はインパクトがある

イギリスは、百年戦争が終わった後も内乱で30年も戦争していたのです。この戦いも名前は可憐ですが、内容は血塗られた歴史が眠っています。そんな薔薇戦争がどういった戦争だったのか、紐解いていきます。

薔薇戦争とはどのような戦争だったのか?

薔薇戦争の様子

名前のインパクトがある「薔薇戦争」ですが、どういった戦争だったのかは日本ではあまり知られていません。「薔薇戦争」は後のイングランドの政治体制を決めるきっかけとなる戦争でした。

薔薇戦争の名前の由来

18世紀の小説家ウォルター・スコット

イギリス国の内乱が何故「薔薇戦争」という名前かというと、王位継承権を争った「ランカスター家」は「赤薔薇」、「ヨーク家」が「白薔薇」の家紋だったのに由来します。この名称は、後に「ウォルター・スコット」という人が「ガイアスタインのアン」という本を書き、そこで内乱を「薔薇戦争」と呼んだことから後世その呼び名で呼ばれるようになりました。

勝者は?薔薇戦争の結末は?

ランカスター家とヨーク家という二つの王家の権力闘争で、最後に勝ったのはランカスター家の分家だったデューダ家でした。元々争っていたランカスター家でも、ヨーク家でもなく最終的には新しい勢力だったデューダ家だったのです。ヘンリー・デューダがヘンリー7世として即位し、絶対王政を確立していきました。

薔薇戦争の内容を時系列に紹介

イギリス王室の家系図(主だった人物が載っている)

一言で言うと「イングランドの内部抗争」といえる薔薇戦争ですが、その戦争の内容を知るには100年ほど前の出来事から説明をしなければなりません。また要約しようにも、かなりの登場人物と事件が起こります。その内容を外して薔薇戦争を書くのは難しく、長くなりますができるだけ簡単に説明したいと思います。登場人物が大勢出てきますので、家系図を見ながら読んでください。

イングランドの王位継承権問題

百年戦争をけしかけた張本人エドワード3世

「薔薇戦争」は百年戦争を開戦させたエドワード3世の子孫が起こした戦争です。まず薔薇戦争の大きな要因を作ったのがこのエドワード3世でした。彼には百年戦争で大活躍したエドワード黒太子の他に成人した4人の息子がいて、それぞれクレランス・ランカスター・ヨーク・グロスターの4つの公爵家を作りました。

この公爵家の王子たちが王位継承権を争って「薔薇戦争」は起こっていきます。エドワード3世は1377年になくなりますが、その前年に黒太子も亡くなっていたので黒太子の息子リチャード2世が王位につきます。しかし王は子供が出来ないまま崩御してしまいます。

リチャード2世

当時のイングランド王位継承は「長男子相続権法」に基づき次男であるクレランス公のマーチ伯エドマンド・モーティマーが相続するはずでした。しかし1399年にエドワード3世の3男であるジョン・オブ・ゴーンドが亡くなってしまうと、リチャード二世はゴーンドの息子のヘンリー・ボリングブルック(後のヘンリー4世)の領地を没収し、さらに国外追放してしまいました。

そこでヘンリー・ボリングブルックが王に反感がある貴族たちの支持を受けて、リチャード2世を廃して、ヘンリー4世として即位しました。これをランカスター朝といいます。

ランカスター朝の紋章

本来王位継承権を持っているはずのクレランス公エドワード・モーティマーを支持する人は誰もいませんでした。これが「薔薇戦争」が始まる予兆です。

薔薇戦争の発端

ヘンリー5世(現在も愛国心の象徴として人気が高い)

1413年ヘンリー4世が亡くなり、息子のヘンリー5世が即位しました。しかしケンブリッジ伯リチャードがヘンリー5世を暗殺して、妻の弟のマーチ伯エドマンド・モーティマー(本来王位継承されるはずだった人)を国王として擁立しようとしました。これは多くの貴族も絡んでいましたが、旗頭としてたてられたエドマンド自身が王に密告し、ケンブリッジ伯リチャードは斬首されました。

国王への忠誠を示したエドマンドでしたが、子供ができないまま死去してしまい、王位継承権は姉のアンとケンブリッジ伯リチャードとの間に生まれたヨーク公リチャードに引き継がれていきます。そしてヘンリー5世が急死し、わずか9か月のヘンリー6世が即位しました。

ヘンリー6世の前で言い争うサマセット公とヨーク公

そして百年戦争もオルレアンが解放されると、主戦派と和平派で対立します。和平派のサマセット公エドムンド・ボーフォートという人物と、主戦派の中心がヨーク公リチャードでした。両者の権力争いは苛烈を極め追い詰められたヨーク公リチャードはヘンリー6世に対して反乱を起こしました。これが「薔薇戦争」の幕開けとなりました。

第一次内乱

ヘンリー6世と王妃マーガレット妃

第一次内乱は1455年から1468年まで続きます。頻拍した戦いが続く中、ヨーク派はヨーク公リチャードや次男のラクランド伯が死亡します。ランカスター派もエドムンド・ボーフォートなど主要人物が戦死しています。戦いの過程でランカスター派は略奪行為を頻繁に行い、ロンドン市民の支持を失っていきます。

その結果1461年にヨーク公リチャードの跡を継いだ長男ヨーク公エドワードがヘンリー6世に代わってエドワード4世として即位しました。薔薇戦争最大の戦いといわれる「タウトンの戦い」が起こり、ヨーク派が勝利し、ヘンリー6世は王妃を連れてスコットランドへ逃亡します。しかし1465年に捕らえられ、ロンドン塔に幽閉されてしまいました。こうして薔薇戦争の第一次内乱はヨーク派の勝利に終わったのです。

第二次内乱

ウォリック伯リチャード

第二次内乱は1469年から1471年まで続きます。この戦いではヨーク派の主要人物でウォリック公リチャード・ネヴェルという人物が要となります。ウォリック公は親フランスはでフランス王族の縁談を進めていましたが、エドワード4世はランカスター派のエリザベス・ウッドヴィルと結婚してしまいました。それからエリザベスの親族ばかり重用し、エドワード4世とウォリック公の関係は悪化していきました。

エドワード4世と王妃エリザベス・ウッドヴィル

これに対してウォリック伯はエドワード4世の弟のクラレンス公ジョージと盟約を結び反旗を翻します。ウォレット伯はルイ11世の取りなしでランカスター派の中心人物であるマーガレット妃と和解しています。エドワード4世が反乱を収めるためにロンドンを離れている間に、ウォリック伯はロンドンを占拠して、幽閉されていたヘンリー6世を復位させてしまいます。

マーガレット妃の忠誠を誓うウォリック伯

これによってエドワード4世はブルゴーニュへの亡命を余儀なくされましたが、ブルゴーニュ公シャルルの支援を受けて体制を立て直し1471年にイングランドに再上陸しました。ウォリック伯を見限ったクラレンス公と合流して、ヘンリー6世を捕らえます。エドワード4世とウォリック伯は「バーネットの戦い」を行いエドワード4世が勝利しました。ウォリック伯は戦死してしまいます。

またウォレット伯と手を結んでいたマーガレット妃とエドワード王子は「デュークスベリーの戦い」で壊滅し、マーガレット王妃はロンドン塔に幽閉され、エドワード王子は斬首されてしまいました。そして捕らえられたヘンリー6世も殺害されて、「第2次内乱」は終わりを告げました。

第三次内乱

ロンドン塔の若き王と王子(エドワード5世は殺害されたと考えられている)

第三次内乱は、1483年から1485年まで続きました。きっかけはエドワード4世が急死した為でした。王位を継承したエドワード5世は若干12歳で王妃の親族ウッドヴィル家の元で養育されました。そのウッドヴィル家とエドワード4世の弟のグロスター公リチャードとの間で権力争いが起こります。

この争いに勝利したグロスター公は、エドワード5世に代わってリチャード3世として即位してしまいました。12歳のエドワード5世は殺害されたと考えられています。リチャード3世の即位に対してバッキンガム公ヘンリー・スターフォードが反乱を起こします。彼が擁立したのが、ランカスター派のリッチモンド伯ヘンリー・デューダという人物でした。

ボズワースの戦いで奮闘するリチャード3世

ヘンリー・デューダーはヘンリー6世の遠縁でしたが、ヘンリー4世によって王位継承権から排除されていました。そのため母のマーガレット・ボーフォートは、ヘンリー・デューダーと、エドワード4世の長女でヨーク家の相続人となっていたエリザベス・オブ・ヨークとの婚約を成立させていました。これによりヘンリー・テューダーも王位継承が可能となりました。

バッキンガム公の反乱は失敗しますが、その残党がフランスに亡命しているヘンリ・デューダの元に集まりフランスの援護も受けつつ、1485年にイングランドに上陸しました。そして「ボズワースの戦い」でリチャード3世とヘンリー・デューダが戦いヘンリーが勝利し、ヘンリー7世として即位しました。こうして「薔薇戦争」は終結しました。

テューダー・ローズの紋章

翌1487年にヘンリー7世はエリザベス・ヨークと結婚し、ランカスターとヨークの二つの王家が合体しました。赤薔薇と白薔薇を組み合わせた新しい「テューダー・ローズ」が紋章として扱われました。

1 2

コメントを残す