【年表付】夏井いつきとはどんな人?俳句や若い頃、家族について紹介

夏井いつきとは、現在活躍中の俳人です。バラエティ番組プレバトに出演して以来、キレのある毒舌と俳句の鮮やかな添削で有名になりました。また、昨今の俳句ブームを牽引した人物でもあります。

いつきさんは多くの人に俳句の楽しさを伝えるため、精力的に活動しています。誰でも気軽に俳句を楽しめるよう、俳句集団いつき組を作ったり、句会ライブを開いたり、最近ではYouTubeでの配信も行っています。

今回はそんな夏井いつきさんについて、気持ちの良い辛口批評と人情味あふれる人柄にハマってしまった筆者が執筆させていただきます。

この記事を書いた人

一橋大卒 歴史学専攻

京藤 一葉

Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。

夏井いつきとはどんな人物か

名前夏井いつき
本名加根伊月
誕生日1957年5月13日
生地愛媛県愛南町
居住地愛媛県松山市
配偶者加根光夫
子供2人(息子・娘)
血液型O型
学歴京都女子大学文学部国文科
職業俳人、エッセイスト

夏井いつきの生涯をハイライト

波乱万丈な人生を乗り越えてきたいつきさん

夏井いつきさんは、現在にいたるまでどのような生涯を送ってきたのでしょうか。はじめに簡単にご紹介します。

夏井いつきさんは1957年に、多くの俳人が生まれた愛媛県松山市で生を受けました。若い頃はヤンチャで、運動ばかりしており俳句に興味はありませんでした。

そんないつきさんが俳句を始めたのは、大学を卒業して教師になってからです。懇親会の幹事をきっかけに歳時記を購入して俳句の魅力にハマり、教師として働くなか趣味として俳句を楽しんでいたそうです。

いつきさんが本格的に俳句を勉強し始めたのは28歳になってからでした。俳句を投稿した雑誌で入選し、俳人の黒田杏子さんに丁寧に添削をしてもらったことがきっかけで、いつきさんは俳句の勉強を始めます。

いつきさんの師匠、黒田杏子

教師をしながら俳句にどっぷりハマっていったいつきさんですが、義父が亡くなり義母の体調が悪くなると状況が変わりました。義母の介護や子どもの世話に追われ、教師をやめざるをえなくなります。

これを機に、いつきさんはプロの俳人になることを決意し、教師をやめました。順調に俳句の賞をとり、悪くない滑り出しをしたいつきさん。ですが、家庭の事情により収入が安定しないうちに離婚を切り出され、いつきさんは崖っぷちに立たされます。

収入は少なく、体調を崩した実母・姑の介護や不登校になってしまった娘の世話。多くの困難が押し寄せましたが、いつきさんは俳句への情熱で乗り越え、俳人として有名になっていきます。そしてバラエティ番組プレバトに出演すると一気に人気になりました。

テレビに出演したことで世間では俳句ブームがおき、いつきさんはその牽引役になったため2017年には放送業界で権威のある放送文化基金賞を受賞します。翌年には、俳人として紅白歌合戦の審査員に選ばれました。

60歳を超えてなお、いつきさんは精力的に俳句を広める活動を行っています。句会ライブはもちろん、2020年に入ってからはyoutubeを始め、俳句についての情報を配信しています。

名前の由来は芸者?

芸者

夏井いつきさんは本名で「伊月」と書くのですが、実は芸者が由来となっているのでは、という疑惑があります。

いつきさんの名前は祖父が付けたのですが、表向きの理由としては「伊予の月のように、きれいな女の子になるように」という意味があります。

ここまで聞くと味わい深い由来なのですが、いつきさんが大学生になった頃、近所の人がぽろっと「いつきちゃんみたいに芸者の名前付けられる子もいるんだね」と漏らします。

実は「伊月」というのは、祖父が囲っていた芸者の名前だったのです。本当はどちらの理由だったのか、真相は明らかになっていませんが、心情的には前者であってほしいですね。

夏井いつきと梅沢富美男は仲良し?

永世名人となった梅沢富美男。いつきさんも感動のあまり涙目になりながら祝福した

いつきさんと言えば、プレバトで梅沢富美男さんとのバトルが有名です。たまにバトルを繰り広げる二人ですが、実のところ仲は良いのでしょうか?

結論から言えば、遠慮なく言い合える仲良しです。いつきさんは梅沢さんを努力の人と認めており、梅沢さんもいつきさんのことを「なっちゃん」と呼んでおり、親しげな様子です。

2020年になり、番組の昇段チャレンジをすべてクリアした梅沢さんは永世名人となりました。このままプレバトを卒業するかと思われた梅沢さんですが、今は俳句集作成のためにさらにレベルの高いチャレンジに挑んでいます。

俳句集にするには50句作らなければならず、今まで作った俳句で載せられるのは18句。つまり、残り32句作らなければなりません。この事実に「あと32句って、12年半かかるんだよ!82歳だわ!」と梅沢さんは頭を抱えました。しかも俳句の添削はかなりレベルが高く、ボツが続いています。

これに対していつきさんは「あと12年付き合ってあげる」と温かい言葉を返しています。

俳句集の完成がいつになるのかはわかりませんが、きっといつきさんは最後まで付きあうのでしょう。なんだかんだ言いつつも仲が良い、そんな素敵な関係を二人は築いています。

夏井いつきは若い頃ヤンチャだった

自然豊かな松山で育った

根っからの俳人で子供の頃から俳句を楽しんでいるイメージのあるいつきさんですが、若い頃は活発で運動好きでした。

子どもの頃の楽しみは、父と二人でいく釣りだったそうです。それも本格的なもので、まずはエサにするエビを捕るところから始まり、小さな船に乗って糸一本で鯛やメバルを釣っていました。

冬は山、夏は海で友達と遊び回り、中学はバレーボール部に所属と運動ばかりしている子どもだったようです。

今のいつきさんからは想像のできない姿ですね。しかし、俳句に対する感性は、幼少期にたくさんの自然と触れ合ったからこそあるのかもしれません。

1 2 3 4

コメントを残す