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マリー・アントワネットの名言「パンが無ければ…」の真相とは?人物像や時代背景とともに紹介

マリー・アントワネットとは、18世紀後半を生きたフランス王国の王妃です。「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」のフレーズで知られており、その浪費癖が不景気に苦しむ国民の反感を買った結果、フランス革命において反革命派として処刑されました。

「マリーアントワネットの『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』はどういう意味?」
「『パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない』の真相について詳しく知りたい!」

この記事を見ているあなたはこのように思っているのではないでしょうか。そこで、マリーアントワネットの「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」とはどういう意味なのか、また、「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」の真相について詳しく紹介していきます。

そして、マリー・アントワネットによるこの名言について、時代背景から発言の真相まで迫っていきますので、ぜひ最後までご覧ください。

マリー・アントワネットとは

マリー・アントワネットは、1755年にオーストリア・ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝フランツ1世とオーストリア大公のマリア・テレジアの間に生まれました。マリー・アントワネットといえば、フランス王妃というイメージが強いかもしれませんが、出身地はオーストリアのウィーンだったのです。

1770年、マリー・アントワネットはフランス皇太子ルイと結婚しました。その後、皇太子ルイがフランス国王ルイ16世として即位したことにより、マリー・アントワネットはフランス王妃となりましたが、ヴェルサイユ宮殿で贅沢の限りを尽くすその姿は、民衆から非難を浴びる原因となったのです。

そして、1789年にフランス革命が発生すると、マリー・アントワネットは一家でオーストリアへの逃亡を図ります。しかし、逃亡計画が失敗に終わった結果、パリに幽閉されることになり、親国王派の国民からも信頼を失ってしまいました。最終的に、マリー・アントワネットは反革命派の中心人物として、ルイ16世と共にギロチン処刑されてしまったのです。

ギロチン処刑されるマリー・アントワネット
【悲劇の王妃】マリー・アントワネットとはどんな人?性格や死因、逸話まとめ

マリー・アントワネットの名言「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」

名言の意味・内容

フランス発祥の菓子パンであるブリオッシュ

「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」とは、マリー・アントワネットが言ったとされている「Qu’ils mangent de la brioche! (ブリオッシュを食べればいいじゃない)」を日本語に意訳したフレーズです。

この発言は、農民が主食としていたパンが無くなって食糧不足に陥っていることを知った、庶民の暮らしに疎い身分の高い女性が「ブリオッシュを食べればいいじゃない」と言い放った台詞として伝わっています。ブリオッシュとは、フランスの菓子パンであり、当時の一般的なパンと比較して贅沢な食べ物とされていました。

また、この台詞は英語の慣用句では「Let them eat cake」と言われているため、日本語で「ケーキを食べればいいじゃない」と訳されることもあります。

名言が生まれた背景

第三身分に属する市民や農民は苦しい生活を送っていた

この名言が生まれた背景には、ルイ16世の統治下におけるフランス国内で起きていた深刻な不景気がありました。その原因は、かつて農業と農民の国として知られていたフランスにおいて、気候不順な年が増えていたことにあったのです。

1770年代、ブドウの異常な豊作が続いた結果、ワインの供給量が激増してしまい、ワインの価格が下落。この値崩れは、南フランスのブドウ農家に大打撃を与えました。また、1780年代には大規模な干ばつが起こり、牧草が育たなかった結果、多くの家畜が死んでしまったのです。

そして、1780年代後半に続いた長雨や雹は穀物の栽培に被害を及ぼし、凶作が続いた結果、パンの価格が高騰しました。その影響を受けて、民衆による「パンをよこせ」と訴える暴動が発生。パンを主食としていた多くの民衆にとって、パンが手に入らなくなることは大問題だったのです。

パンを求めた暴動「ヴェルサイユ行進」を描いた絵画

「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」の真相

実はマリー・アントワネットの発言ではなかった

「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という発言は、実はマリー・アントワネットの台詞ではなかったと言われています。実際に、マリー・アントワネットが発したという記録はどこにもないのです。

しかし、マリー・アントワネットが贅沢な宮廷菓子を好んでいたことは間違いありません。特に、マリー・アントワネットが愛したと言われるのが「グーゲル・フプフ」という菓子です。グーゲル・フプフとは、元々はオーストリア発祥の菓子であり、ハプスブルク一族にも親しまれていました。

ウィーン発祥の菓子「グーゲル・フプフ」

また、マリー・アントワネットがオーストリアからフランスへ持ち込んだ菓子の中に、「キプフェルン」という菓子があります。このキプフェルンは、後世において三日月を意味する「クロワッサン」として世界に知られることになるのです。

ルソーの自伝「告白」

フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソー

「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」は、18世紀にフランスで活躍した哲学者ジャン=ジャック・ルソーの自伝的な著作「告白」に書かれていた台詞が起源だったのです。

この作品内において、ワインの共にするパンを求めていたルソーは、とある高貴な婦人の言葉を思い出します。その言葉とは、パンを持っていない農民に対して婦人が口にした「ブリオッシュを食べればいい」という発言でした。しかし、この発言をした婦人の名前は明かされていないのです。

そして、この作品が書かれた時期はマリー・アントワネットが9歳の頃であり、オーストリアの宮廷で暮らしていた時代でした。そのため、「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という台詞は、マリー・アントワネットの発言ではないのです。

なぜマリー・アントワネットの台詞と信じられたのか

この名言はマリー・アントワネットの発言ではないにもかかわらず、なぜそうであると信じられていたのでしょうか。その理由は、フランスで起きていた気候不順によりパンの入手が難しくなっていた時代背景の他に、フランス国民の間でマリー・アントワネットの評判が非常に悪かったことにありました。

オーストリア出身のマリー・アントワネットは、従来のフランスにおける制度の軽視や浪費癖などが度々批判の対象となっていたのです。そして、フランス革命直前の時期には、既に民衆からの人望は無くなっていました。その後、革命派の歴史家が、当時のフランスにおける上流階級の人間が持つ傲慢さを表現するために、ルソーの「告白」に出てくる台詞を都合よく引用したのです。

その結果、ルソーの「告白」に登場する高貴な婦人とマリー・アントワネットのイメージが重ねられていきました。そして、フランスでは「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という台詞が、マリー・アントワネットを象徴する言葉だと信じられてしまったのです。

フランス革命発生後に描かれたマリー・アントワネットの肖像画

マリー・アントワネットによる「パン」の名言に関するまとめ

今回はマリー・アントワネットによる「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」の名言について解説しました。

マリー・アントワネットが言ったとされる「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」という言葉は、実はマリー・アントワネットが発した台詞ではありませんでした。その真相は、ルソーの自伝「告白」に登場する高貴な婦人の発言が、後世においてマリーアントワネットを象徴する言葉であると伝えられてしまったことにあるのです。

この記事ではマリー・アントワネットによる「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない」の名言について、時代背景から発言の真相まで紹介しましたが、マリー・アントワネットという人物についてより詳しく調べてみるのも面白いでしょう。

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それでは長い時間お付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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