「生まれて、すみません」という強烈な名言を残した太宰治。自殺未遂を重ねた破滅的な生き方からか、作品を通して「暗い」イメージが染み付いている有数の作家です。
しかし実際には、人一倍傷つきやすく、誰よりも光を求めて葛藤しつづけた作家でした。単に暗い作品だけでなく、戦後の復興にエールを送る作品や女性の繊細な気持ちを描いた作品も数多く執筆しています。
作中に残した名言の数々は、現代を生きる人々に共感や親しみをもたらしており、「暗さ」以外の新しい太宰治を発見できます。
この記事では、太宰治が残した名言をその意図や背景と合わせて10選解説します。また、太宰治の名言をより知れる関連書籍もご紹介しますので、ぜひチェックしてみてください。
太宰治の名言と意図、背景
人間も、本当によいところがある。
ぽかんと花を眺めながら、人間も、本当によいところがある、と思った。
花の美しさを見つけたのは人間だし、花を愛するのも人間だもの。
「人間不信」のイメージが強い太宰治ですが、本当は誰よりも「人間を信じたい人」でもありました。そんな痛切な願いが込められている名言。
思春期の心の揺れを描いた『女生徒』の一節です。信じては裏切られる…太宰治の生涯は寄る辺ない不信感を抱き続けるものでした。
母の元を離れて乳母に育てられた幼少期、愛した女性からの裏切り、そして芥川賞の落選。生涯こういった出来事が皮肉にも太宰を暗いイメージにさせています。しかし、太宰治の作中に「人を信じたい主人公」がたくさん登場することから人を信じたいという願いがあったのがよく分かります。
だからこそ、もろく傷つきやすい読者の心に強い共感をもたらしているのではないでしょうか。
信実とは決して空虚な妄想ではなかった。
おまえらの望みは叶(かな)ったぞ。
おまえらは、わしの心に勝ったのだ。
信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。
どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。
どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。
かの有名な『走れメロス』に残された名言。不信感の末に市民を殺し続けた暴君ディオニスが、メロスの勇姿を見て発した最後の言葉です。
「信実」とは真面目で偽りのないことを指します。友人の命を守るために必死に走りぬいたメロスの信実は、まさに太宰治が求めたものでした。
太宰治は29歳の時に、はじめて本気で文筆生活を志願します。そして、師事していた井伏鱒二を頼りました。
この時期に書かれたのが『走れメロス』です。結婚もして、太宰の人生の中で最も明るい時期だったと言われています。
実直に文筆生活を目指していた太宰治の姿は、メロスの信実さや、この名言に重なっていると言えるでしょう。
愛の言葉を叫ぶところに、愛の実体があるのだ。
好きと口に出して言う事は、恥ずかしい。それは誰だって恥ずかしい。
けれども、その恥ずかしさに眼をつぶって、怒濤に飛び込む思いで愛の言葉を叫ぶところに、愛情の実体があるのだ。
太宰治のイメージとは異なる、とても情熱的な名言です。彼の作品には「愛」に対する独自の考えがたびたび登場します。
名言のあとに「聖書にも書いてあるよ」と綴られていることから、太宰治が聖書をよく読んでいたのがうかがえるでしょう。太宰治は「愛」について考え抜いた作家の一人です。そのため、キリスト教について熱心に学んでいたようです。
『駆け込み訴え』『正義と微笑』の作品からもその片鱗を垣間見ることができます。破滅的に見える太宰治ですが、いつも心のどこかで「救い」や「愛」を求めていたのでしょう。
この飢餓感が、現代の人々にも親しみをもたらしているようにも感じます。
幸福の便りは、待っている時には決して来ない。
幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ。
ついつい不安になったり怖気づいたりと、私たちは自分から動くのを時々拒んでしまいます。しかし、じっとしている人のところに嬉しい出来事は起こりません。
積極的に動き、自ら掴みにいこうとする人のところに幸せは訪れるものでしょう。太宰は、このように「心の片隅で実は分かっていること」を言葉にするのに長けた作家です。
日常に潜むささやかな出来事に、心のセンサーが敏感に働く人だったのが想像できます。この繊細さは、太宰作品の特徴とも言えます。
大人とは、裏切られた青年の姿である。
人は、あてにならない、という発見は、青年の大人に移行する第一課である。
大人とは、裏切られた青年の姿である。
期待していたのに裏切られ、落ち込んだり絶望的な気持ちになることはないでしょうか。すべてが思い通りにならないのが人生です。
それを悟った時に、人は大人の階段を登るのかもしれません。太宰治も、期待をズタズタに裏切られることの多い人生でした。
実家の津島家からの分家除籍、左翼活動の末の投獄、手が出るほど欲しかった芥川賞の落選。信じていたものからことごとく見放された太宰は、作品で多数の「裏切り」を物語ります。
絶望の中、著作に思いを投影し、自分自身を鼓舞していたのかもしれません。
年月は、人間の救いである。
年月は、人間の救いである。
忘却は、人間の救いである。
「日にち薬」という言葉があります。「時間が経てば悲しい気持ちも癒えてくる」という意味を指し、失恋や離別などの悲しい気持ちを励ます時に使う、西日本特有の言葉です。
太宰のこの名言に、非常に似ています。私たちは苦しい経験をした時、「早く忘れたい」と願うものです。
おそらく、様々な失望感に陥っていた太宰も同じ気持ちに苛まれ続けた一人だったのでしょう。太宰治は「お酒好き」としても有名ですが、何かを忘れるために、お酒を求め、泥酔していたことも想像にたやすいです。
ちなみに太宰が最も愛したお酒は、浅草にある「神谷バー」の電気ブランというお酒でした。「酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはない」と『人間失格』の中にも記すほどです。
恋愛は意志だと思う。
恋愛は、チャンスではないと思う。
私はそれを意志だと思う。
太宰治は自由奔放な恋愛をする恋多き男性でした。しかし、手あたり次第、女性に手を出していたわけではありません。
好きになった人を一途に愛し、恋愛に情熱を燃やす性格でした。そんな性格を見事に表した名言です。
結納まで交わした小山初代に裏切られた時、深く傷つき自殺未遂まで図ったほどです。死後には、結婚した石原美知子へ宛てた「美知様 お前を誰よりも愛していました」という遺書すら見つかっています。
共に入水した山崎富栄には「死ぬ気で恋愛してみないか」と覚悟のこもった言葉をかけたそうです。女性側からしたら「嫌な男」かもしれません。
しかし、太宰は恋愛に情熱を注ぐあまり、不器用になってしまったのでしょう。誰かを愛する苦労を身を持って知っていたのだと思います。
その苦労を物語っているのが、この名言と言えますね。
何の心配の無い日が半日あったら、それは幸せ。
人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。
ポジティブな言葉ばかり聞いていると、たまに疲れてしまったりしないでしょうか。太宰のこの名言は肩の力を抜いてくれます。
憂鬱な時が多かった太宰にとって「幸せ」を感じられる瞬間は貴重だったのだと思います。そして、幸せな日々ががいかに奇跡的なのか、教えてもらえます。
太宰は20代後半からパビナール中毒に陥りました。禁断症状にも襲われ、一日多い時は50本もの注射を打っていたようです。
このような出来事から、一瞬でも幸せを感じられることの貴重さをひしひしと感じていたのだと思います。
笑われて強くなる。
笑われて、笑われて、強くなる。
誰かに馬鹿にされ、ぐっと堪える悔しさを感じたことのある人は多いと思います。まさに太宰も、同じような経験で傷ついてきた人でした。
そして「道化」という自虐的な言動で、その傷を隠しました。『人間失格』の中でも、主人公の大庭葉蔵が幼少期から「道化」をしていた様子が記されています。
この名言の「笑われる」は、嘲笑や揶揄を指しています。実際に太宰は、芥川賞選考委員の川端康成から「人間として欠陥がある」という痛烈な酷評も受けていました。
自堕落で破滅的な生き方をしている太宰は、このように後ろ指を刺されることも多かったことでしょう。しかし、そんな経験を通じて「強くなる」と言える太宰のこの名言からは、「弱さの肯定」を読み取れます。
信頼は罪なりや。
神に問う。
信頼は罪なりや。
この名言は「罪」の対義語を当てっこする『人間失格』の一場面の言葉です。太宰は数多くの作品で、人間によって「信頼」が汚されることへの恐怖を語っています。
信頼してもなお裏切る人間の汚い心に打ちのめされ、自分自身もそこに加担している罪悪感に苛まれ続けました。太宰は左翼活動から転向したり、女性と心中して自分だけ生き残ったという「罪の意識」にも苦しみ続けます。
この名言には、そんな太宰の絶望的な心情が凝縮されていると言えるでしょう。
太宰治の名言集や関連書籍
太宰治全集(全10巻セット)
太宰治の代表作を全てそろえた10巻セットの文庫集です。第10巻目はエッセイやアフォリズムをまとめた書籍にもなっています。
エッセイも秀逸な太宰治。いつでも太宰治作品に触れたい人は、手元に置いておくべき作品集です。
さよならを言うまえに
厳選された太宰作品のあらゆる名言を綴っている作品。「生きること」「恋愛」「芸術」とテーマ別に分かれているので、読みたいテーマに沿ってページをめくるのがおすすめです。
死の直前に書いたエッセイ『如是我聞』も収録されています。ファンであれば、お守り代わりに持つべき一冊です。
太宰治の手紙:返事は必ず必ず要りません
太宰治が親しい人に宛てた手紙100通が収録されています。小説からだけでは知ることができない太宰の本音が赤裸々に綴られており、新たな側面を知ることができるでしょう。
戦争の記憶、文豪の苦悩、昭和時代独特の背景も垣間見ることができる一冊です。
文豪たちの憂鬱語録
絶望、憂鬱、厭世…文豪の生々しい愚痴や文句が収集された本書。太宰治だけでなく、石川啄木や夏目漱石など、名だたる作家の言葉も綴られています。
投げやりな気分になった時、これを読めば逆に救われてしまうかもしれません。ネガティブな文豪たちの言葉に、時代を超えて親近感を抱くことができるでしょう。
太宰治の名言についてのまとめ
いかがでしたでしょうか。今回は、太宰治の名言について、その発言の背景や意図を解説してきました。
人生に絶望した時や得体のしれない憂鬱に襲われた時、無理にポジティブな言葉を聞くよりも、同じような暗さをはらんだ言葉に救われたりしますよね。太宰は身をもってそのような言葉を生み出す名人でした。
本人が意図していたか分かりませんが、死後70年が経った今も、太宰の言葉は多くの現代人の心に色褪せずに刻まれています。名言に興味を持ったらぜひ太宰治の作品を読んでみてください。
クスっと笑ってしまうようなユーモアに富んだ作品や、女性人称体の繊細で美しい作品もありますよ。太宰治に味方になってもらえば、落ち込んでも自分自身を肯定できるでしょう。