太宰治の名言10選!言葉に込められた心境や背景も解説

年月は、人間の救いである。

『人間失格』にも登場する浅草神谷バー

年月は、人間の救いである。
忘却は、人間の救いである。

「日にち薬」という言葉があります。「時間が経てば悲しい気持ちも癒えてくる」という意味を指し、失恋や離別などの悲しい気持ちを励ます時に使う、西日本特有の言葉です。

太宰のこの名言に、非常に似ています。私たちは苦しい経験をした時、「早く忘れたい」と願うものです。

おそらく、様々な失望感に陥っていた太宰も同じ気持ちに苛まれ続けた一人だったのでしょう。太宰治は「お酒好き」としても有名ですが、何かを忘れるために、お酒を求め、泥酔していたことも想像にたやすいです。

ちなみに太宰が最も愛したお酒は、浅草にある「神谷バー」の電気ブランというお酒でした。「酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはない」と『人間失格』の中にも記すほどです。

恋愛は意志だと思う。

3歳年下の石原美知子夫人とともに

恋愛は、チャンスではないと思う。
私はそれを意志だと思う。

太宰治は自由奔放な恋愛をする恋多き男性でした。しかし、手あたり次第、女性に手を出していたわけではありません。

好きになった人を一途に愛し、恋愛に情熱を燃やす性格でした。そんな性格を見事に表した名言です。

結納まで交わした小山初代に裏切られた時、深く傷つき自殺未遂まで図ったほどです。死後には、結婚した石原美知子へ宛てた「美知様 お前を誰よりも愛していました」という遺書すら見つかっています。

共に入水した山崎富栄には「死ぬ気で恋愛してみないか」と覚悟のこもった言葉をかけたそうです。女性側からしたら「嫌な男」かもしれません。

しかし、太宰は恋愛に情熱を注ぐあまり、不器用になってしまったのでしょう。誰かを愛する苦労を身を持って知っていたのだと思います。

その苦労を物語っているのが、この名言と言えますね。

何の心配の無い日が半日あったら、それは幸せ。

長女・園子を輝いた笑みで抱く太宰治

人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。

ポジティブな言葉ばかり聞いていると、たまに疲れてしまったりしないでしょうか。太宰のこの名言は肩の力を抜いてくれます。

憂鬱な時が多かった太宰にとって「幸せ」を感じられる瞬間は貴重だったのだと思います。そして、幸せな日々ががいかに奇跡的なのか、教えてもらえます。

太宰は20代後半からパビナール中毒に陥りました。禁断症状にも襲われ、一日多い時は50本もの注射を打っていたようです。

このような出来事から、一瞬でも幸せを感じられることの貴重さをひしひしと感じていたのだと思います。

笑われて強くなる。

言い訳をしているような困った表情の太宰治

笑われて、笑われて、強くなる。

誰かに馬鹿にされ、ぐっと堪える悔しさを感じたことのある人は多いと思います。まさに太宰も、同じような経験で傷ついてきた人でした。

そして「道化」という自虐的な言動で、その傷を隠しました。『人間失格』の中でも、主人公の大庭葉蔵が幼少期から「道化」をしていた様子が記されています。

この名言の「笑われる」は、嘲笑や揶揄を指しています。実際に太宰は、芥川賞選考委員の川端康成から「人間として欠陥がある」という痛烈な酷評も受けていました。

自堕落で破滅的な生き方をしている太宰は、このように後ろ指を刺されることも多かったことでしょう。しかし、そんな経験を通じて「強くなる」と言える太宰のこの名言からは、「弱さの肯定」を読み取れます。

信頼は罪なりや。

暗さを象徴する代表的な太宰の写真

神に問う。
信頼は罪なりや。

この名言は「罪」の対義語を当てっこする『人間失格』の一場面の言葉です。太宰は数多くの作品で、人間によって「信頼」が汚されることへの恐怖を語っています。

信頼してもなお裏切る人間の汚い心に打ちのめされ、自分自身もそこに加担している罪悪感に苛まれ続けました。太宰は左翼活動から転向したり、女性と心中して自分だけ生き残ったという「罪の意識」にも苦しみ続けます。

この名言には、そんな太宰の絶望的な心情が凝縮されていると言えるでしょう。

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