小説ヲタクがおすすめするオールタイムベスト83冊

アレクサンドル・デュマ・ペールとはどんな人?生涯・年表まとめ

1830年代 – 28歳~37歳ごろ「劇作家として名声を得る」

劇場を満員にするほどのスターとなった大デュマは、劇作と並行して歴史研究にも没頭した。

『アントニー』『ネールの塔』など

スターダムにのし上がった大デュマの創作意欲は衰えることなく、彼は凄まじい速筆ぶりと創作意欲で、多くの戯曲を執筆。その全てが上演されて大ヒットを記録しました。

特に1831年に上演された『アントニー』は、社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを記録したことが記録されています。歴史劇ではなく現代劇のような本作は、大デュマの不倫経験が元になっているそうです。

また1832年の『ネールの塔』は、フレデリック・ガイヤルデという青年の原作を大デュマが改稿した作品であり、近親相姦や政治的謀略を描いた歴史秘話として、ガイヤルデと大デュマの才兵作との呼び声高い作品となりました。

歴史研究と旅行記執筆の生活

非常に高額な収入を得るようになった大デュマは、かねてより否定的な意見が多かった歴史考証についても、この時期から研究を開始。

それと並行して旅行記の執筆なども積極的に行うようになり、その旅行記の中で磨かれた文章表現が、彼を次のステージへと運ぶことにもつながりました。

1838年 – 36歳「『ポール船長』で連載小説デビュー」

現代でも新聞に掲載される連載小説だが、その先駆けとなったのはデュマたちフランスの作家だった。

この頃、新聞の新たな試みとして連載小説が注目され始め、大デュマもまた求めに応じて小説の世界に足を踏み入れることになります。

そして1838年、新聞『世紀』に寄稿した『ポール船長』によって大デュマは連載小説家としてデビュー。約1か月ほどの連載で、『世紀』の購読者が5000人近く増えるという大成功を収め、大デュマは新聞の連載小説でも花形としてデビューすることになりました。

1844年~1846年 – 42歳~44歳「『三銃士』『モンテ・クリスト伯』etc…」

児童文学としても親しまれる『三銃士』も、この時期に連載小説として誕生した。

12時間稼働の小説工場

この時期、連載小説家のトップとなっていた大デュマに対し、全ての新聞社が彼に小説の執筆を依頼。大デュマはそれらとすべて契約を結び、連載小説のほぼ全てを成功させるというあり得ない快挙を成し遂げました。

特にこの時期に連載された『三銃士』は非常に人気となり、読者はおろか同業者である作家からも賞賛の声が絶えなかったほか、長期連載となった『モンテ・クリスト伯』も大ヒットを記録。もはや大デュマは押しも押されぬ人気作家となりました。

この頃の大デュマは、一日の内12時間以上は小説を執筆していたとされ、その異常な連載の多さから、「大デュマは他の作家に作品を代筆させている」という噂が立つほどだったと言います。

派手好きが仇となり始める

大デュマが建てたモンテクリスト城だが、この散財が結果的に彼の首を絞めることになる。

文字通りに文壇の大スターとなった大デュマでしたが、この頃になるとその派手好きな性格が仇となり、徐々にその名声に陰りが見え始めてしまいます。

『ラ・プレス』で連載していた作品を放棄したことで、契約違反として罰金刑を受けたことを皮切りに、モンテ・クリスト城と名付けた豪邸を建てたことで経済的な余裕にも陰りが生じ始め、大デュマの絶頂期は着々と終わりに向かっていきました。

1848年 – 46歳「1848年の革命と没落」

日本では“二月革命”とも呼ばれるこの革命が、大デュマの没落を決定的なものにしてしまう。

この年、フランス国内で1848年の革命が勃発。これによって娯楽産業が軒並み停止し、劇場が封鎖されたことで、大デュマは非常に苦しい状況に立たされることになりました。

そんな状況に追いやられた大デュマは、自身の名声を頼りに選挙に出馬するも落選。これによってパリを去った彼でしたが、その没落はまだ終わっていませんでした。

1850年 – 48歳「破産宣告」

劇場の封鎖だけでなく、大デュマの活動のほとんどに制限がかかってしまったのがこの年。

1848年の革命で苦しい状況に追いやられた大デュマでしたが、彼はこの年に破産宣告を受けることになってしまいます。

しかも政府は、新聞で市民感情が煽られる事を警戒し、連載小説の規模縮小を各新聞社に命令。これによって活躍の場すら奪われた大デュマは、逃げるようにベルギーに出国することを余儀なくされてしまいました。

1853年 – 51歳「文学日刊紙『銃士』を設立するも…」

破産宣告を何とか和議によって終わらせ、パリにもどることができた大デュマは、自身の文章の発表の場として、文学日刊紙である『銃士』を設立。その4年後には週刊新聞である『モンテ・クリスト』を設立しました。

しかしどちらも思ったほどの売り上げを出すことはできず、しかも連載小説についても「以前ほどの精彩がない」と酷評される始末。これによって大デュマは、完全に在りし日の栄光を失うことになってしまいました。

1870年 – 68歳「偉大な作家の死」

大デュマの死を真っ先に知らされたのは、盟友だったジョルジュ・サンドだという。

もはや完全に“過去の人”のようになってしまった大デュマでしたが、彼はそのような評価に頓着することなく『料理大辞典』を執筆。

しかし、それを書き上げたのとほとんど時を同じくして、彼は脳卒中で倒れて半身麻痺となってしまい、その3か月後に帰らぬ人となってしまいました。

その死は小デュマによって、真っ先に友人だったジョルジュ・サンドに伝えられたことが記録されています。

アレクサンドル・デュマ・ペールの関連作品

おすすめ書籍・本・漫画

三銃士

大デュマの代表作として名高い騎士道物語です。ジャンプ作品のような「友情・努力・勝利」が描かれ、児童文学としても一般的な名作としても楽しむことができる作品となっています。

読み継がれる名作でありながら、案外読み味が軽く読みやすいため、読書入門として読むにもお勧めな一冊です。

モンテ・クリスト伯

大デュマの代表作である復讐物語です。『三銃士』とは違ったヘビーな話ながら、文体自体は非常に読みやすく描かれており、読書初心者から上級者まで楽しめる、非常にレンジの広い作品となっています。

心理描写がほとんどないため、想像の余地が非常に大きいのも面白いところ。最後まで読んでから、股冒頭に戻りたくなる名作こそがこの一冊だと言えるでしょう。

椿姫

大デュマではなく小デュマの作品ですが、父親である大デュマの作品と見比べて読んでほしい作品です。

父親と同じロマン主義的な文体ながら、丹念な心理描写と世界観の構築が父親とは違った魅力を醸し出す、紛れもない名作こそがこの作品です。甘い恋愛劇がお好みの方にお勧めしたい一冊となっています。

おすすめドラマ、アニメ

モンテ・クリスト伯

『モンテ・クリスト伯』をフランスの名優たちが集結してドラマ化した、おそらく『モンテ・クリスト伯』をドラマ化するにあたって、これ以上ないと言える名作です。

フランスでは視聴率50%を記録したという評価は伊達ではなく、名優たちの迫力ある演技――特に主演であるジェラール・ドパルデュー氏の演技は圧巻の一言。「とにかく見てほしい!」と声を大にして言える名作ドラマがこの作品です。

モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―

ディーン・フジオカ氏の主演で話題となった、『現代日本版・モンテ・クリスト伯』と呼ぶべき作品です。

原作と比べると若干軽く、原作ファンは首を傾げる部分もありますが、それでも舞台を上手く現代日本にアレンジした手腕は見事。所々にある原作リスペクトもニヤリとするものが多く、様々な小ネタや人物を注視して見たい作品だと感じました。

巌窟王

『モンテ・クリスト伯』の物語を主軸にしつつ、それをまさかのSFアニメに仕上げたという中々にぶっ飛んだ作品が、このアニメ版巌窟王です。

初手からぶっ飛んだ舞台設定であるため、非常に人を選ぶ作品ではありますが、その分ハマる人にはどっぷりハマり、以外と重たいテーマ性を感じ取れる作品に仕上がっているかと思います。食わず嫌いをせずにまずは一度見てほしい作品です。

アレクサンドル・デュマ・ペールについてのまとめ

貧しい生まれから大作家へと成りあがり、すさまじい絶頂期の後に没落を辿るという、まさに波乱万丈の言葉がふさわしい人生を送ったアレクサンドル・デュマ・ペール。

人生のどこを切り取ってもエピソードに事欠かない彼らしく、その作品も千差万別。一つの作品が受け入れがたくても、必ずどこかにハマる作品が存在するという特異な作家であることが、アレクサンドル・デュマ・ペールという人物の一番の魅力だと思います。

『モンテ・クリスト伯』『三銃士』だけでなく、大デュマの作品は数多く翻訳されて日本でも出版されています。皆様もぜひ、この機会に大デュマの目くるめく世界に触れてみてはいかがでしょうか?

それではこの記事にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。この記事が皆様にとって、多少なりと学びになっていれば光栄です。

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