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オイルショックによるトイレットペーパー騒動とは?原因や影響を解説

オイルショックによるトイレットペーパー買い占めって何?」
「一体どんな様子だったの??」

オイルショックによるトイレットペーパーの買い占め騒動とは、1973年の第一次オイルショックの影響で起きた騒動のことです。国民がこぞって街中のスーパーや小売店からトイレットペーパーを買い占めました。

そしてトイレットペーパーの買い占め騒動はこれ以降も発生しています。

例えばまだ記憶に新しい2020年、新型コロナウイルスが猛威を奮い始めた頃に、トイレットペーパーが品薄になり店頭から消えましたよね。トイレットペーパーを探し求めて何件もスーパーやドラッグストアなどを渡り歩いた人もいるのではないでしょうか?

実はこのような出来事は経済的な混乱や災害などが発生すると、度々起きる事でもあります。

この記事では、第一次オイルショック時に発生したトイレットペーパーの買い占め騒動の原因と影響、オイルショック以降のトイレットペーパーの買い占め騒動について解説します。

そもそもオイルショックとは何か?

「第一次オイルショック」時に石油を買い占める人々

オイルショックとは1970年代に原油産出国の多い中東地域の情勢悪化によって、二度に渡って発生した世界的な経済混乱のことです。原油の生産量削減と価格の高騰が原因で起こったことから「オイルショック」と呼ばれています。

一度目の「第一次オイルショック」は1973年に第四次中東戦争を発端として始まりました。日本でも物価の上昇や物資の買い占めが起こったり、公共事業の延期や省エネの実施など大きな影響を与えました。

イラン・イラク戦争

2度目は1979年の「第二次オイルショック」で、イラン革命を発端としたイラン・イラク戦争が原因で起こりました。日本においては過去の教訓を生かし速やかな対策を講じたため、第一次オイルショックの時ほどの影響はありませんでした。

オイルショックが起こったことによってエネルギーに対する関心が高まり、省エネへの取り組みや新しいエネルギーの実用化などが実現しました。

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トイレットペーパーの買い占め騒動とは

買い占められて空になった小売店の陳列棚

トイレットペーパーの買い占め騒動とは、第一次オイルショック時に日本各地で起こったトイレットペーパーなどが買い占められた出来事です。

1973年に起きた第一次オイルショックをきっかけに「物資が不足する」という噂が流れ、不安に駆られた国民たちがこぞってトイレットペーパーを買い占めました。そのためスーパーや小売店などの店頭からトイレットペーパーは消え失せ、入手することは困難を極めました。

しかし実際はトイレットペーパーが不足していたという事実は無く、むしろ騒動中は生産量が増加するほど当時の日本の紙生産量は安定していました。にもかかわらず「紙が無くなる」という不安から多くの国民がトイレットペーパーなどを買い占めたのです。

トイレットペーパー買い占めが起こった原因は?

政府の呼びかけによる誤ったうわさ

1972年、通商産業大臣を務めていたころの中曽根康弘

1971年にアメリカのニクソン大統領が金とドルの交換を一時停止した「ニクソンショック」によって、日本でも経済は大混乱に陥り物価が値上がりを始めていました。そんな中、中東で起こった第一次オイルショックにより日本は更なる物価上昇に晒されることになります。

1973年の10月19日、当時の田中角栄内閣の中曽根康弘通商産業大臣は第一次オイルショックによる原油価格の引き上げを受けて、国民に「紙節約」を呼びかけました。これによって10月下旬には「紙が無くなるのではないか」という噂が流れ始め、国民たちの不安を高めていくことになります。

新聞の記事

千里大丸プラザ

1973年11月1日、大阪の千里ニュータウンにある千里大丸プラザ(現:ピーコックストア千里中央店・オトカリテ内)が、「紙が無くなる!」という見出しでトイレットペーパーを特売チラシに掲載します。これはあくまでも安売りによって売り切れてしまうという意味でした。

しかし政府発表を見ていたニュータウンの住人たちは紙が無くなると勘違いし、300人もの列ができると2時間のうちに500個が売り切れました。トイレットペーパーが買えなかった顧客からのクレームで特売品ではない正規の値段のトイレットペーパーも並べましたが、それもすぐ売り切れたと言います。

この出来事を知った新聞社の記者が「あっと言う間に値段は二倍」という見出しで記事にしたため、騒ぎは瞬く間に大きくなり全国に広がっていきました。

日本国民の集団心理

高度経済成長を象徴する1970年に開催された大阪万博

高度経済成長を経験した日本の人々は大量消費に慣れ切っていました。そんな中、急激に訪れた「紙が無くなるかもしれない」という恐怖は、第四次中東戦争という裏付けも相まって急速に日本の人々を浸食しパニックを引き起こしました。

そのパニックは最初は常識的に考え買い占めを行わなかった人でさえ、店頭の空っぽの棚やいつまで続くかわからない不安感に負けトイレットペーパーの確保に走らせるほどでした。店頭には多くの人が押しかけ商品の奪い合いが発生するほどの混乱だったと言います。

その結果トイレットペーパーにとどまらず関係のない洗剤や砂糖なども店頭から消えてしまい、緊急措置法の制定によって翌年1974年3月に騒ぎが収束するまでパニックは続きました。

トイレットペーパー買い占め騒動はどうやって収束した?

在庫が回復したデパートのトイレットペーパー売り場

トイレットペーパーの買い占めによって問屋の在庫まで出払ってしまったため、日本政府は国民に向けて買い占めの自粛を要請しますがあまり効果はありませんでした。

そこで異常に値上がりした生活関連物資の価格を安定させるため、トイレットペーパーなどの紙類4品目を「生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」の特定物資に指定しました。また「国民生活安定緊急措置法」を制定し標準価格を定めます。

これにより翌年1974年の3月には騒動は収束し在庫量は通常時の状態に回復しました。

トイレットペーパー買い占め騒動による影響

値段の高騰

原油の値上げを伝える新聞記事

オイルショックにより原油の価格は高騰し、1973年には1バレルあたり約2ドルだった原油価格はオイルショック後の1974年には1バレルあたり約11.6ドルまで急上昇しました。

日本でも買い占め騒動によってトイレットペーパーの価格は1.5倍程度まで上昇し、時には3倍から4倍の値段でも売れたといいます。第一次オイルショック前には4.9%あった消費者物価指数は、1973年には11.7%に1974年には23.3%まで上昇しています。

高度経済成長によって盛り上がっていた経済活動は、オイルショックによって大きく後退することになりました。

オイルショックを象徴する出来事になった

教科書に載るトイレットペーパー買い占め騒動

トイレットペーパー買い占め騒動はオイルショックを象徴する出来事になりました。

人々がトイレットペーパーを買い求める様子や、がらんとしたスーパーの陳列棚の写真は何度もニュースで放映されたり新聞に掲載されたりしたため、トイレットペーパー買い占めと言えばオイルショックを思い出す人も多いのではないでしょうか。

現在では文部科学省検定済教科書にも「オイルショックを象徴する一場面」として紹介されるなど、直接オイルショックを知らない世代にも象徴として認識されつつあります。

オイルショック以降のトイレットペーパー買い占め騒動

2011年3月ー東日本大震災の発生

東日本大震災

2011年3月11日に東北と関東を襲った東日本大震災の発生時にも、首都圏を中心にトイレットペーパーをはじめとする生活物資の買い占めが起こっています。

地震発生以降、コンビニやスーパー、飲料の自動販売機から食料や水が消え、ガソリンスタンドには長蛇の列が出来ました。宮城県石巻市にある日本製紙石巻工場も大きな被害を受けたため、紙不足が噂になりティッシュペーパーやトイレットペーパーの買い占めが起こりました。

2020年2月ー新型コロナウイルスの流行

新型コロナウイルスの流行によりマスクをする人々

2020年2月から続く新型コロナウイルスの流行の発生初期にも、トイレットペーパーの買い占めが起こっています。

「トイレットペーパーの製造元が中国で、今後品薄になる」というデマがSNSを中心に広まったことと緊急事態宣言も相まって、あっという間に店頭からトイレットペーパーは消え去りました。デマが正されイオンなどの販売店が十分に在庫があることをアピールしましたが、品薄は春先まで続きました。

日本に限らず世界中で似たような情報がインターネット上に流れ、台湾や香港、オーストラリアやアメリカでも買い占めが起こっています。

トイレットペーパー買い占め騒動に関するまとめ

いかがでしたか?

不安と集団心理が生み出したトイレットペーパー買い占め騒動は、私たちの心理的に弱い部分が暴き出された結果です。「なくなったらどうしよう」「大丈夫だとは思うけどみんな買っているし」といった不安からデマに踊らされて、買い占めという行動に出てしまうのでしょう。

情報が多い時代だからこそ、しっかりと自分で見極め考える必要があるのではないでしょうか。

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