ミイラ状態の僧侶の仏様、即身仏。その即身仏に失敗してしまうことはあるのでしょうか。山岳信仰に基づき、山の中に籠って厳しい修行の末に自ら絶命しミイラ状態になった即身仏ですが、長年にわたる苦しい修行から逃げ出してしまう僧侶や、いざ地中に入って亡くなっても遺体が時間とともに腐敗してしまうケースもありました。このような即身仏の失敗に関する情報を紹介します。
この記事を書いた人
一橋大卒 歴史学専攻
Rekisiru編集部、京藤 一葉(きょうとういちよう)。一橋大学にて大学院含め6年間歴史学を研究。専攻は世界史の近代〜現代。卒業後は出版業界に就職。世界史・日本史含め多岐に渡る編集業務に従事。その後、結婚を境に地方移住し、現在はWebメディアで編集者に従事。
即身仏とは何かを簡単に解説
即身仏とは一言でいうと「ミイラ化した僧侶」のことです。衆生を救いたいと考えた僧侶が山での厳しい修行に励んだ後、自ら地下の石室に入り絶命することを待ちます。
その約3年後に掘り起こされた体が即身仏です。臓器を取りだして乾燥した人為的なミイラとは異なり、即身仏は自然の力でミイラ化が可能です。
即身仏になるための修行には、あらかじめ死後ミイラ化するための徹底した断食や毒物摂取が含まれています。それでもミイラ化するのは大変困難だったため、現在でも貴重な仏様として尊ばれているのです。
即身仏に失敗した僧侶を待つ3つの結末
即身仏に失敗するとどのような結末が待っているのでしょうか。3つの結末を紹介します。
結末1:刑に処される
即身仏になるための厳しい修行から逃げ出すと、刑に処されることもありました。実際にどのような刑罰があったのか史料は残っていませんが、修行にくじけた者には容赦ない仕打ちです。
即身仏を志す僧侶が励む修行には、山を一日30km行脚し、それを約7年続けるものが含まれています。この修行を途中で投げ出した僧侶は、あらかじめ持参している短剣で自害しなければなりません。
「失敗すれば死あるのみ」と言われ、相当強い信念に基づき即身仏への修行が行われていたことが理解できます。
結末2:白骨化して見つかる
即身仏を志し地下の石室に入った僧侶の中には、ミイラ化することなく肉体部分が分解されて白骨化したものも多くありました。
比較的温暖で多湿な日本の環境下においては、僧侶の遺体は土の中で分解されてしまったことも多く、文献にのみ残る即身仏の記録が多数確認されています。
山形県に現存している光明海上人の即身仏は一部白骨化、一部ミイラ化という状態で発見され、専門家の手によって保存処理がなされました。
東京都稲城市にある「平尾入定塚」には即身仏の伝承があり、発掘してみたところ入定(僧侶が自ら土の中に入ること)した跡を発見。しかし、即身仏そのものは見つかりませんでした。このケースのように遺体そのものも見つからない事例もあります。
結末3:無縁仏に葬られる
僧侶の遺体が掘り起こされた時、保存できるミイラ状態になっていればそのまま祀られることになります。しかし朽ち果ててしまっている場合は無縁仏として供養されます。
即身仏が掘り起こされるのは約3年3ヶ月後です。しかしそこに行き着く間に弟子一門が修行の場所を変えてしまったり、即身仏があるのを忘れてしまう事例もありました。
そして偶然掘り起こされ、どの僧侶か分からない遺体の場合、無縁仏として供養されます。しかし即身仏になろうと厳しい修行を行ったことは確かなので無下にされることはなく、後世でもその信仰心は崇められます。
即身仏に失敗する3つの原因
即身仏に失敗する原因にはどんなことがあるのでしょうか。主に3つの原因についてまとめました。
原因1:修行を断念してしまう
修行の段階から挫けてしまえば、即身仏になることはできません。即身仏になる修行には穀物を断つ「穀断ち」と呼ばれる断食や、毎日30kmを歩く修行など心身ともに厳しい修行が課せられました。これらに耐えかね断念してしまう僧侶もいたそうです。
即身仏になるには相当の覚悟と信仰心を要します。これらが少しでも欠けていたら決して即身仏にはなれませんでした。
原因2:遺体が腐敗してしまう
いざ土中入定して即身仏になったとしても、日本の温暖で多湿な気候環境から遺体が腐敗してしまうケースも少なくなかったようです。
即身仏になる修行では、死後遺体が腐らないように極力体脂肪や肉体を削ぎ落し、カロリー摂取をしない体作りもなされました。絶命間際はほとんど餓死状態に近くなっていたほど。
しかし、体に多少の脂肪や水分が残っていただけでも遺体が腐敗してしまいミイラ化しないこともありました。特に、雨の日が長く続く地域に埋まった遺体は乾燥することなく朽ち果ててしまうケースも存在しています。
現存している即身仏は、そのような環境さえも乗り越えた大変貴重なものであるのが理解できますね。
原因3:掘り起こされずに忘れられてしまう
なんと即身仏になったのを弟子に忘れ去られたままになってしまうケースもあります。
土中入定してから約3年3ヶ月後に掘り起こすことが即身仏の条件ですが、その遺言を弟子が忘れてしまうこともありました。さらには弟子一門が修行の地を変更したり、埋めた場所が分からなくなってしまったりと、掘り起こされなかった事例もあるようです。
現存する即身仏の多くは、弟子やそのお寺の住職によって掘り起こされています。生きている間から、師弟の信頼関係を深く築く必要がありました。
僧侶が行っていた即身仏に失敗しない3つの予防
僧侶たちは完全な即身仏になるためにどのような予防を行っていたのでしょうか。詳しく迫ってみました。
予防1:食事制限
即身仏を志した僧侶たちは「木食行(もくしょくぎょう)」と呼ばれる、カロリー摂取を徹底的に廃絶する食事を行いました。その主な内容が「穀断ち」です。穀断ちとは米、麦、粟、きび、大豆、ごまなどの穀物を口にするのを断つことを指し、木の実や草の根だけを食べる修行です。
これは体内の脂肪や水分を抜き、不浄なものを排出する目的があります。また、ミイラ状態になるためにはほぼ骨と皮だけになる必要があるために、僧侶たちは徹底して食事を断ちました。
予防2:漆を飲む
即身仏になるために、僧侶たちは漆の液体を飲んでいました。
漆とは陶磁器などの塗料になる樹液。人体に対して強い毒性があります。これをお茶に混ぜて飲むことであえて嘔吐し体内の水分を積極的に排出したのです。
また漆にある防腐作用利用し、死後に体が腐敗しないように漆を飲んだとも言われています。絶命を前提にした強い意志が無ければ、漆を体内に入れることはできないでしょう。
予防3:遺言を残す
即身仏を志した僧侶は、弟子たちに「3年3ヶ月後に掘り起こしてほしい」と遺言を託しました。
これにより弟子たちは土中入定した僧侶がミイラ化するのを待ち、遺言の通り僧侶を地中の石室から掘り起こします。弟子たちとの強い信頼関係があってこそだということがよく分かりますね。
しかしイレギュラーな事例もあります。茨城県妙法寺に安置されている舜義上人は亡くなった84年後に埋葬されていたお寺の住職の夢枕に立ち、「再びこの世に出て衆生を救済しよう」と告げました。
さっそく石室を開いた住職は、そこに舜義上人の即身仏があるのを発見したといいます。その即身仏は今も現存し、一般での閲覧も可能です。
まとめ
即身仏の失敗についてまとめました。
即身仏になるためには、僧侶本人の強い意志はもちろん、天候や周囲の環境なども大きく影響します。現存している即身仏は、そのような紆余曲折を経た大変貴重なものです。その希少さには感銘を受けました。
この記事を通して、即身仏そのものや、僧侶たちの強い思いに関心を持っていただけたら嬉しいです。
お読みいただきありがとうございました!