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野口英世の功績5選!有名な偉業や否定された功績についても紹介

野口英世って有名だけど何がすごいの?」
野口英世の功績って何があるの?」
野口英世の功績が否定されているって本当?」

このような疑問を抱いている方もいるでしょう。現在1000円札の肖像にもなっており、今や知らない人はいない野口英世。黄熱病の研究で有名ですが、実際その研究の何が評価されたのかご存じない方も多いのではないでしょうか?

1000円札の肖像にもなった野口英世
出典:Wikipedia

野口英世は黄熱病の研究以外にも数多くの功績を残し、ノーベル医学・生理学賞に3度推薦される程、世界的にも評価されていました。しかし、後世になって野口英世の功績の中には否定されてしまったものもあります。

そこで、今回は野口英世が残した功績の中でも有名な偉業5選と、否定されてしまった功績についてまとめました。

野口英世の主な功績を一覧で紹介

研究室での野口英世
出典:内閣府
研究年主な功績
1902年蛇毒の血清学的研究
1911年梅毒菌の培養に成功
1913年梅毒菌を梅毒患者の脳内で発見
小児麻痺の病原体の特定
狂犬病の病原体の特定

1918年黄熱病の病原体を特定
1926年オロヤ熱とペルー疣が
同じ病気の症状であると証明
1927年熱帯リーシュマニア症の研究
トラコーマ病原体の特定

野口英世の功績5選

野口英世は生涯で204編の論文を発表した(イメージ図)

野口英世は非常に研究熱心で、その研究姿勢から当時、アメリカ医学会では「研究マシーン」や「日本人は睡眠を取らない」といった声もあったそうです。それを表すかのように、野口英世は生涯で204編という膨大な量の論文を発表し、そのうち150編は共同研究者のいない単名で書かれています。

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その膨大な研究の中から、特に代表的な5選を紹介します。

  • 功績1:梅毒菌の培養に成功したこと
  • 功績2:梅毒菌を梅毒患者脳内で発見したこと
  • 功績3:黄熱病の病原体の特定したこと
  • 功績4:オロヤ熱とペルー疣の原因が同じ病気であると証明したこと
  • 功績5:多数の感染症の病原体を特定したこと

功績1:梅毒菌の培養に成功したこと

培養実験の一場面(イメージ図)

野口英世は、世界で初めて梅毒の純粋培養に成功します。

梅毒という病気は15世紀末には存在していました。非常に古くからある病気で、作曲家のシューベルトや哲学者のニーチェ、日本では戦国武将の加藤清正など、多くの歴史上の人物も感染したと言われています。

そのため、数多くの研究者が梅毒について研究しており、試行錯誤を繰り返し、梅毒の培養も試みていましたが成功した人は現れませんでした。そんな中での野口の発表は世界に衝撃を与え、この研究により野口英世の名前は世界中の医学会に知れ渡ることとなります。

功績2:梅毒菌を梅毒患者脳内で発見したこと

脳内から梅毒菌を発見した(イメージ図)

野口英世は数千枚の検体を観察することで、当時菌がいるとされていた血管近くではなく繊維の奥深くで梅毒菌を発見しました。また、菌がどのあたりに存在するのかが野口の研究によって分かったため、脊髄でも発見できました。

以前から進行性麻痺・脊髄癆は梅毒患者の末期の症状として認められていましたが、それを証明することはできませんでした。多くの研究者が梅毒患者脳内や脊髄から梅毒菌を見つけ出そうとしますが、発見には至らず、因果関係を証明することは困難を極めていたのです。

野口が患者脳内から梅毒菌を発見したことにより、これらの症状が梅毒によるものとして証明に成功します。この功績は野口英世の最大の功績とされ、この翌年ノーベル医学・生理学賞の候補となりました。

功績3:黄熱病の病原体の特定したこと

黄熱病を媒介するネッタイシマカ
出典:Wikipedia

野口英世の功績と言えば、黄熱病の研究が特に代表的ですよね。野口は当時、猛威を振るっていた黄熱病の病原体の特定に成功しました。

エクアドルで当時、黄熱病が大流行していました。その死亡率は30~50%とされ、エボラ出血熱と同等の死亡率で非常に危険な感染症でした。パナマ運河が開通してすぐのことであり、運河を通行する際に船の乗組員が感染し、場合によっては全世界に黄熱病が流行しかねないと判断されます。

黄熱病の病原体特定のため、野口英世が現地に派遣されることになりました。エクアドルで野口は研究を進め、ついに黄熱病の病原体を特定し、その細菌をもとにワクチンを開発します。

そのワクチンは野口英世の名前から野口ワクチンと呼ばれるようになりました。

功績4:オロヤ熱とペルー疣の原因が同じ病気であると証明したこと

野口英世が研究したペルー疣の画像
出典:MSDマニュアル プロフェッショナル版

野口英世は、オロヤ熱とペルー疣(いぼ)というまったく症状の違う2つの病気が同じ病気であることを証明しました。

オロヤ熱とは溶血性貧血により重篤な症状を引き起こす病気で、ペルー疣とは手足に数センチに及ぶ疣ができる病気です。このような全く異なる症状が、同じ病気であるとは当時考えられていませんでした。

1885年にペルーの医学生が同じ病気であるという説を唱えていましたが、ハーバード大学によりその説は否定されることになります。野口英世は2つの病気の病原体を特定・分離し、猿を使った実験により同じ病気の異なる症状であることを証明しました。

この功績は後年、科学史の研究で有名な中山茂により野口英世の2番目に大きな功績として認められています。

功績5:多数の感染症の病原体を特定したこと

野口英世は多数の病原体を特定(イメージ図)

野口英世は黄熱病以外にも数多くの病原体の特定に至ります。野口が特定した疾患の一覧を以下にまとめました。

  • 小児麻痺(急性灰白髄炎・ポリオ)
  • 狂犬病
  • トラコーマ

これらはどれも非常に危険な病気ばかりです。急性灰白髄炎は、まれにではありますが身体に麻痺が生じることもあります。狂犬病は感染すれば100%死に至り、トラコーマは眼疾患で重症化すれば失明することもある疾患でした。

自分のやりたいことを一所懸命にやり、それで人を助けることができれば幸せだ。

こちらは野口の名言の一つです。まだ詳しく判明していない病気もある中で、自分が感染するリスクもあったはずでした。しかし、野口の研究者としての根幹にこの言葉があるからこそ、これだけ研究に打ち込み、次々と病原体を特定できたのかもしれません。

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否定された野口英世の功績とその理由

否定される功績の数々

ここまで野口英世の代表的な功績5選を紹介しました。しかし、実はこの中には現在では否定されてしまった功績が含まれています。

ここからは野口の否定された功績にスポットライトを当て、なぜ否定されるに至ったのかを紹介していきます。

梅毒菌の培養に成功したこと

野口が培養に成功したと言われる梅毒トレポネーマ
出典:Wikipedia

野口英世を世界的に有名にした功績でしたが、後にこの功績は否定されることとなりました。その理由は野口が培養に成功した方法で、他の研究者が培養に成功しなかったためです。

研究結果が発表され、何度も野口が発表した方法で梅毒の培養を試みましたが、残念ながら誰一人として成功しませんでした。そして残念ながら、現在に至るまで培養に成功したという報告はありません。

彼が研究を発表した年から70年後の1981年に、野口とはまったく別の方法で梅毒の培養に成功したという報告はありました。研究の世界において再現性は非常に重要視されています。

再現性とは同じ条件・方法で行われた実験が同じ結果になることです。野口以外の研究者が同じ方法を用いても、培養に成功しないということは再現性がないということとなり、この功績は否定されることになりました。

最近ではSTAP細胞の存在についても、同様に再現性がないという点から存在が否定される一因となっています。

黄熱病の病原体の特定したこと

野口英世の死後発見された黄熱ウイルス
出典:Wikipedia

日本人にとって非常に有名な功績ですが、これに関しては野口英世が研究結果を発表した当初から野口の説に反論がありました。それは、野口より前に黄熱病がウイルスによるものと証明された研究結果と矛盾が生じたことが原因です。

また、黄熱病と似た症状であるワイル病と混同しているのではないかという指摘もされていたようです。実際に、野口が開発したワクチンは黄熱病に効果がありませんでした。

後に、黄熱ウイルスというウイルスが発見され、それを元に1937年にマックス・タイラーによって黄熱ワクチンが開発されたことから、野口の説は間違っていたことが証明されることになります。しかし、これには当時の技術的な問題もありました。

野口が黄熱病の研究に従事していた1918年にはウイルスの存在自体は認められていましたが、光学顕微鏡しかなくウイルスを観測することが当時の技術ではできませんでした。ウイルスを観測することのできる電子顕微鏡が開発されたのは1931年のことで、彼の死から3年後のことです。

もし、野口英世が生きている間に電子顕微鏡が開発されていれば、また違った歴史になっていたかもしれませんね。

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多数の感染症の病原体を特定したこと

野口英世が所属していたロックフェラー研究所(現ロックフェラー大学)
出典:Wikipedia

野口英世が特定した急性灰白髄炎や狂犬病、トラコーマの病原体も黄熱病と同様に、ウイルスなどの別の病原体によるものと分かったため、この功績も否定されることになりました。これを見ると野口の研究がいい加減だと考える人もいるのではないでしょうか?

しかし、決して彼の研究がずさんだったというわけではありません。当時、訪米した知人に「十分とはいえない段階の論文であっても研究所に急かされ、結果、発表したものが賞賛されて責任が圧し掛かり内心、忸怩たる気持ちになるが、その賞賛の声を発奮材料に研究に打ち込む」と言ったという話が残っています。

発表した論文の大部分を掲載した医学誌は、野口が所属していたロックフェラー研究所以外の研究員による査読がされていませんでした。また、研究所の所長サイモン・フレクスナ―の推薦があれば掲載されるなど、論文のチェックに不備があったとも言われています。

知人に漏らした言葉はこのことを表していたのか、十分な検証がなされていない論文でも発表せざるを得なかったことも、後世になって功績を否定される一因となったのではないでしょうか。

野口英世の功績に関するまとめ

いかがでしたでしょうか?今回は野口英世の功績についてフォーカスを当てて紹介させていただきました。野口の功績が否定されていたとは驚きですよね。

紹介した野口の功績5選のうち、現在では3つが否定されているという驚きの結末かもしれませんが、彼の研究や研究に対する姿勢が後世に与えた影響は計り知れません。野口英世の人生は波乱万丈で、非常に魅力あふれた人物でもあります。

野口英世の人物や生涯についてもっと知りたいという方は、書籍も多数出版されていますのでそちらも是非読んでみてください。

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この記事を読んでくださった皆様が、今まで知らなかった彼の功績について少しでも知っていただければ、幸いです。

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