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リーマンショックとは?いつ起きた?原因や日本の株価への影響などを解説

「そもそもリーマンショックとはどんな出来事だったのか?」
「リーマンショックが起こった原因は?」
「リーマンショック時の株価の動きは?」

本記事を読んでいるあなたはこのような疑問を持っているのではないでしょうか。リーマンショックとは、2008年にリーマンブラザーズが倒産したことがきっかけで起こった、アメリカ発の世界的な金融危機です。10年ほど前の出来事なので、まだ記憶に残っている方も多いと思います。

リーマンブラザーズ本社が入っていたタイムズスクエアビル
出典:Wikipedia

今回は、リーマンショックとはそもそもどんな出来事だったのか。当時の背景や株価、リーマンショックが起こった原因、コロナショックとの違いについて解説していきます。ぜひ最後までご覧ください。

リーマンショックとは?

リーマンブラザーズ倒産により金融危機が発生

リーマンショックとは、アメリカの大手投資銀行リーマンブラザーズが2008年9月15日に破綻したことがきっかけで起こった世界的な金融危機のことです。投資銀行とは、日本の証券会社と似たような機能を持つ金融機関です。

一般的な証券会社と異なる点は、一般人ではなくプロを相手にすることでしょう。詳しくは後ほど説明しますが、有力な投資銀行であったリーマンブラザーズが日本円にして約64兆円もの負債を抱えて破綻したことにより、金融への信頼が低下しました。

信頼低下から生まれた金融への不安は、アメリカだけでなく世界中に広まり、世界的な金融危機が訪れました。ちなみにリーマンショックは日本だけの呼び名で、海外では世界中に金融危機が広がったことから「the global financial crisis(国際金融危機)」と呼ばれています。

リーマンショックが起きた背景と予兆

今や不景気の代名詞とも言えるリーマンショックですが、突然起こったわけではありません。きっかけはリーマンブラザーズの倒産でしたが、その背景にはいくつもの要素がありました。

リーマンショックの背景

サブプライムローン

サブプライムローンは問題のある住宅ローンだった

サブプライムローンとは、一言で表すと低所得者向け住宅ローンです。アメリカが経済対策として用意した制度であり、普通ならお金を借りられない人でもローンを組めるようにしました。

ここで住宅ローンについて整理しましょう。大前提として、銀行はお金を貸して、そこに金利をつけることで利益を得ています。住宅ローンは、銀行が扱う商品の一つです。

住宅ローンはその性格上、相手にたくさんのお金を貸すことになります。大損しないように銀行側はきちんとお金を返してくれる人か、ローンを組む前に審査を行って借金を踏み倒されるリスクを避けます。当然、リスクの高い低所得者にはお金を貸しません。

では、なぜ信用の低い人へお金を貸す「サブプライムローン」が成立したのかというと、当時のアメリカでは住宅価格が年々上昇していたからです。具体的には、1000万円の家が数年後には1200万円に値上がりしており、住宅バブルが起きていました。

そのため、住宅を担保として設定すれば、たとえローン返済が行われなくても利益が出せる計算となります。言い換えれば、サブプライムローンは住宅価格の上昇を前提においたローンでした。

証券化と規制緩和

サブプライムローンが証券化され、世界にばらまかれた

リーマンショックのダメージが世界中に広がった原因は、サブプライムローンの証券化です。サブプライムローンの証券化とは、貸したお金を返してもらう権利を売ることです。なぜ、サブプライムローンを証券化したのかというと、リスクを補うためです。

住宅ローンの証券化は、地域のリスクの影響を受ける地方銀行を守るために、政府支援機関によって設けられました。サブプライムローンを利用するのは、借金を踏み倒す可能性の高い低所得者たちです。住宅価格が値上がりしており、貸し倒れを踏まえて高金利で貸しているとはいえ、リスクはない方が良いですよね。

サブプライムローンの証券化は、以上のような考えから生まれました。ざっくり言ってしまうと、サブプライムの証券化は、ローン会社にとって利益を確定させ、リスクを回避できるというメリットがあるのです。

3000万円貸し、4000万円が返ってくる予定のローンなら、3500万円で売れば500万円の利益が得られ、なおかつローンの返済がされないリスクを回避できます。対して、お金を返してもらう権利を買った金融機関はきちんと返してもらえれば、4000万円を得られる仕組みです。

ですが、権利を得た金融機関もやはりリスクをとりたくありません。そこで、サブプライムローンを証券化し、「絶対に安全な証券」として、さらに他の金融機関や投資家たちに売却し、リスクを回避したのです。

リーマンショックの予兆

上から2004年1月〜2009年12月のNASDAQ、ダウ平均株価のローソク足。フェデラル・ファンド金利誘導目標(赤)、米国債10年利回り(青)、JPY/USD(黄緑)
出典:Wikipedia

住宅価格の低下

2006年に入ると、住宅価格の上昇が伸び悩みました。先ほどお話したように、サブプライムローンは住宅価格の上昇が前提にある商品です。そのため、住宅価格の値上がりを前提に返済計画を立てていた一部の人は、住宅価格が低下したことにより支払いを延滞することが増えました。

ローンの延滞が際立つようになると、サブプライムローンを取り扱う会社へお金を融通していた金融機関は融資を渋るようになります。これにより、サブプライムローンを取り扱っていた会社の経営が悪化しました。

中には、経営破綻する会社もありました。この流れに対し、2006年から住宅ローンの売買を減らした投資銀行もありましたが、問題は解決しませんでした。

専門家の警鐘

経済学者ラグラム・ラジャン
出典:Wikipedia

実は、リーマンショックが起こる前に多くの経済学者が警鐘を鳴らしていました。まず、バブル経済の研究で有名なチャールズ・キンドルバーガー氏は、経済雑誌のインタビューで銀行がそろって住宅担保ローンを売却しようとしており、これは危険な兆候だと指摘しました。

また、インドの中央銀行で総裁を勤めたことのあるラグラム・ラジャン氏は、サブプライムローンの証券化や規制緩和によって金融機関のリスクが上がっていることや、一見してわからないほど複雑化していることを指摘しました。

他にも多くの専門家が、金融危機を示唆しましたが支持されず、状況は変わりませんでした。

リーマンショックの原因

リーマンブラザーズの破綻

米国で差し押さえ対象となった住宅の数。2007年1月から右肩上がり
出典:Wikipedia

先ほどもお話しした通り、リーマンショックのきっかけはリーマンブラザーズの破綻でした。そもそも、なぜ超大手のリーマンブラザーズが破綻してしまったのかと言うと、同社はサブプライムローンで大きくなった会社だったからです。

サブプライムローンは高いリスクがある分、リターンも大きい投資です。リーマンブラザーズは経営戦略として、1999年にサブプライムローンの証券化を推し進めました。幸い、当時は住宅バブルが到来していたため、業績の拡大に成功します。

そのため、住宅価格が下がり、サブプライムローン問題が発生するとその影響をダイレクトに受けました。最終的に、負債総額約64兆円と、米国史上最大の倒産となってしまいます。政府による救済措置も取られず、リーマンブラザーズ倒産をきっかけに金融への不安が広がり、世界的な金融危機へと発展してしまいました。

証券化商品市場と知識のない機関投資家の参入

一目ではリスクの高い商品とわからない仕組みになっていた

当時の証券化商品は、高い利回りと安定性が魅力的な投資商品でした。世界中の投資家から支持を集め、証券化市場は急速に成長していきます。しかし、良いことばかりではなく、複雑でわかりにくい仕組みの商品や担保の信用性が低い証券も発行されました。

住宅ローンや証券に関する知識が豊富な投資家ばかりなら疑問に感じることもあったでしょう。ですが、それらに対する理解が浅い投資家は、表面上の評価を信じて積極的に投資をしてしまいました。

アメリカだけでなく、世界中の投資家が購入してしまったため、リーマンショックの影響は各国へと飛び火したのです。

証券化商品の下落

危険を感じ、投資家が証券を売り始めた

2007年、プロの投資家たちはサブプライムローンの延滞率が上がっていることに気づきました。そこで、危機感を抱いた投資家たちは、サブプライムローン関連の証券化商品を売却し始めます。

対して、証券化商品に関する知識の浅い投資家たちは的確な価格を出せません。そのため、証券化商品の適正価格がわからなくなってしまい、商品価格の下落を後押ししてしまいました。

リーマンショックの影響

2009年の実質GDP成長率。茶色は景気が後退した国
出典:Wikipedia

リーマンショックが日本へ与えた影響

日本は、サブプライムローンの証券化商品をあまり所有していなかったため、アメリカの金融危機による金融機関への影響は、ヨーロッパ諸国に比べて軽いものでした。ですが、外国証券を多く運用していた生命保険会社は影響を受け、倒産した会社もあります。

しかし、金融機関のダメージは少なかったものの、国内の経済への影響は多大なものでした。

円高不況

円高により、輸出産業が大ダメージを受けた

リーマンショックによって金融不安が広がり、アメリカドルではなく、比較的安全な円に投資する投資家が増えました。結果、1ドル104円だった為替レートが1ドル87円と極度の円高となってしまい、日本の輸出産業に大きなダメージを与えました。

円高だけでも大打撃ですが、アメリカの金融機関がお金を融通しなくなったことも日本の景気後退に拍車をかけました。金融不安によって疑心暗鬼となったアメリカの金融機関は車のローンに慎重な姿勢を取ったため、自動車の需要が落ち込んでしまったのです。

このことも日本に大きな影響を与えました。

株価低迷

需要が下がり、日経平均株価が大暴落した

円高により、大打撃を受けた日本の株価は大暴落。日経平均株価は約1万2000円から7000円近くまで下落しました。この下落幅は26年ぶりの安値として記録されています。

倒産も相次ぎ、上場企業をも含む約1万5000件の会社が不景気により破綻しました。

就職氷河期

就職氷河期だったが、バブル崩壊後よりも期間が短かった

円高不況により、業績が悪化した企業は非正規雇用の労働者を解雇し、内定の取り消しも行いました。結果、2009年3月末までに19万人もの人々が失業し、2009年7月には完全失業者数は359万人にのぼりました。

とはいえ、バブル崩壊後の就職氷河期より期間も程度も軽いものだったという声もあります。

アメリカへの影響

アメリカは真っ先に影響を受けた

リーマンショックの影響が最初に現れたのは、問題の中心となったアメリカです。リーマンショック前までは5%だった失業率は、リーマンブラザーズ倒産後からは月日が経つごとに悪化し、2009年10月には10%を記録しました。

また、逆張りした一部の投資家は利益をあげたため、貧富の差か拡大しました。

西ヨーロッパへの影響

ヨーロッパも大ダメージを受けた

西ヨーロッパの金融機関は、サブプライムローンに深く関わっていたため、大きな打撃を受けました。リーマンショックが与えた経済的影響は、欧州債務問題やギリシャ破綻危機などの金融危機を引き起こす原因となり、ヨーロッパ経済に大きなダメージを与えることとなります。

そのため、失業率も高い数値が長らく続きました。

影響の少なかった国々

中南米

メキシコ国旗

アメリカと地理的に近い中南米ですが、アメリカから始まった金融危機の影響は軽いものでした。過去に起こった金融危機の教訓を生かし、常に外貨を準備していました。

リーマンショック時には他の国と同様に収入は減りましたが、それまでの蓄えが十分ありました。ただし、北米自由貿易協定により、アメリカと密に貿易をしていたメキシコは影響を受けました。

ドイツ

ドイツ。ヨーロッパの中でも立ち直りが早かった

リーマンショック時は打撃を受けたドイツですが、西ヨーロッパの中では比較的ダメージの少ない国でした。政府は、破綻しかけていた不動産金融の大手を救済し、銀行から預金を引き出そうとする人が殺到しないよう、預金の全額を保護すると発表しました。

ドイツの経済は輸出に頼っていたため、経済の立ち直りも遅いのではと思われました。しかし、影響の少ない新興国への輸出が増え、日本と違って為替相場が安定していたこともあり、ダメージは軽いものでした。

一時期はGDP成長率が5%減り、戦後最低を記録しましたが、その翌年には4%増となります。さらに失業率も7.8%で低下しました。ヨーロッパの中でも早く経済が上向きとなったため「ドイツの独り勝ち」とも言われています。

中国

中国は政府が金融機関を管理していたため、ダメージが少なかった

中国は金融機関の資金調達を制限し、政府や中央銀行が主導して貸付をしていたためリーマンショックによる影響は軽微なものでした。

金融機関への影響は少なかったのですが、2008年後半に入ると経済に陰りが生じました。というのも、中国はリーマンショック以前から輸出大国として急成長しており、ヨーロッパへ輸出していたからです。

とはいえ、迅速な対応と国内消費の拡大により、中国は世界最速で金融危機を脱しました。翌年には9.1%の経済成長率を誇り、世界で最も高い数値となりました。

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