日本で起きたヤクザ抗争の歴史
ここでは、ヤクザ間で起きた大きな抗争を紹介します。下記に一覧でまとめたので、ご覧ください。
- 広島抗争:1950年頃~1972年
- 別府抗争:1957年
- 第1次沖縄抗争:1961年~1962年
- 紫川事件:1963年
- 第1次松山抗争:1964年
- 第4次沖縄抗争:1973年~1981年
- 山一抗争:1984年~1989年
- 北見抗争:1985年~1986年
- 山竹抗争:1989年~1990年
- 札幌事件:1990年
- 名古屋抗争:1991年
- 北関東抗争:2003年
多くの抗争では、土地の利権を巡ったことや他の組同士のいざこざが抗争に発展するケースが多いようです。抗争が大きくなると警察が介入することも多数。そのため、抗争が大きくなる前に盃を交わして和解することが、ヤクザの世界では多くあります。
有名なヤクザ抗争一覧まとめ!最大規模の事件や最近の抗争も紹介
ヤクザの歴史
平安時代~:博徒と的屋がヤクザの始まり
ヤクザには博徒系や的屋系の組織が多く存在します。2つは共に平安時代が起源。ヤクザの歴史をたどれば、非常に古くから存在していたことがわかります。
室町時代~:ばさらとかぶき者が誕生する
室町時代になると実力主義を掲げ、天皇や公家といった権力者を蔑ろにする「ばさら」が生まれます。それだけではなく、派手な振る舞いや粋で華やかな服装を選ぶ美意識もありました。
戦国時代になると、ばさらの風潮が下剋上を作り出します。また、ばさらは戦国時代にはかぶき者と呼ばれ、合戦時以外では略奪行為を日常的に行っていました。しかし、戦国時代が終わりを迎えると、居場所が限られてきました。
江戸時代~:旗本奴・町火消などの台頭
旗本奴
江戸時代に入ると、戦国時代の気風が残っていたことで、武士階級の旗本出のかぶき者・旗本奴が生まれました。ちなみに町人階級で生まれたかぶき者は町奴と呼ばれています。
彼らは略奪行為や辻斬りといった反社会的な行為や派手な格好で徒党を組んで行動し、江戸幕府から目をつけられていました。そして、繰り返された奴狩りによって、1686年以降には姿を消しました。
町火消
その後に登場したのが町火消です。町火消の中で火消を生業とする臥煙(がえん)。彼らは全身に刺青を施し、火消がない時は博打や喧嘩に明け暮れるごろつきです。
また、縄張り意識が強く、消火の功績争いを頻繁に起こしていました。その争いで死者が出たり、多額の金額で仲直りしたりと被害は甚大でした。
岡っ引き
岡っ引きは、江戸時代の警察組織だった町奉行と火付盗賊改方の末端に位置する人物たちです。岡っ引きの多くは、裏社会のネットワークに通じた博徒や的屋といったヤクザ。しかし、幕府の名を借りて恐喝をする者も多くいました。
明治時代~:組として活動する
明治時代になると急激な産業の発展から労働力が必要となりました。そのため、屈強な男性が多く集められることになります。その中から力のある人物が兄貴分として統率し、組が出来上がりました。
また、労働者同士の争いを止める役割を持った暴力団組織も同時に作られました。
戦後~:闇市で急成長となる
太平洋戦争後は物資の不足により、非合法な価格で売買する闇市が盛んでした。中でも的屋系組織はこの機に乗じて急速に勢力を増していきます。さらに、治安の悪さも相まって、不良青年集団である愚連隊が暴力団になるケースもありました。
1992年:暴力団対策法により、公然の活動ができなくなる
1992年には暴力団対策法が施行。堂々と組の看板を掲げていたヤクザは、この法律により公然での活動に規制が入ります。また、暴力団関係者だけで銀行のローンが通らないといった、日常生活でも規制が入りました。
ヤクザにまつわる3つの疑問
ここでは、ヤクザ世界の常識や疑問点下記3つをご紹介します。
- ヤクザの全盛期はいつ?
- なぜヤクザは指を切るの?
- なぜヤクザは刺青を入れるのか?
ヤクザの全盛期はいつ?
ヤクザの全盛期は、1963年頃だと言われています。その時は107団体、ヤクザの数は約18万5000人と過去最多数。また、1986年~1991年のバブル期には地上げ屋を行っていたことで、億単位を持つ幹部もいました。
その後は1992年に施行された暴力団対策法により、2020年には約1万3300人に減りました。
なぜヤクザは指を切るの?
ヤクザが指を切る行為には、「謝罪」の意味があると言われています。昭和時代までのヤクザは、刀を武器に使用していました。その上で小指を切ると、刀を握る力が半減。そのため、指を切る行為はヤクザとしての大切なものを、相手に差し出すほど反省していることを表していました。
またヤクザ同士の対立の際、「仲裁」の意味を持って指を切ることもありました。ただ、暴力団対策法により、指を切る行為が廃れつつあります。また、現代は指を切る価値がなく、対立の際は示談金で済ましています。
なぜヤクザは刺青を入れるのか?
ヤクザは、脅迫やたかりなどの行為で威圧感を与えるために刺青を入れています。また、もう1つの理由は、男としての見栄を張れること。刺青を入れる際には、長い激痛が伴います。それを我慢することで、忍耐力と度胸を持つことを証明する意味があるようです。
ちなみに、刺青の大きさで発言権があることも特徴。ヤクザ社会では、刺青の大きさで幅を利かせています。
ヤクザの今後はどうなる?
長い歴史を持つ反面、現代に即わない「時代遅れ」のイメージがあることから、ヤクザの今後が気になる人も多くいますよね。
ちなみに、今現在ヤクザの数は減少傾向です。現在は暴力団対策法により公の活動ができない中、資金源が次第に減っていっていることが現実。さらに追い打ちをかけるように、新型コロナウイルスで行動の制限がかけられています。そのため、今後も減少していくと考えられます。
資金を得る手段がないヤクザの多くがたどり着く先は、詐欺で資金を得る半グレ。また、組織も運営できる程度まで構成員を減らした小規模の組織になると考えられます。
ヤクザをよく知れる作品
本・漫画
マル暴: 警視庁暴力団担当刑事
40年にわたって暴力団犯罪を専門とした捜査員・マル暴だった櫻井裕一さんが著した本。マル暴とは?ヤクザとは?をヤクザと長く関わってきた著者がまとめたので、読み応えがあります。また、捜査員視点からのリアルが文面でも伝わり、非常におススメの一冊です。
JINGI(仁義)
ヤクザだった仁が、誤って元テロリストの義郎を撃ってしまいます。そこから2人は意気投合し、下っ端だった仁が段々ヤクザ世界でのし上がっていくマンガ。ただ、作中には極悪非道なことも平然とやってのけるので、読む際には注意が必要です。
ヤクザ漫画おすすめ26選【鉄板のおすすめからギャグ、イケメンヤクザも】
映画
仁義なき戦い
広島抗争を題材にした映画。ヤクザ同士の抗争を暴力的に表現しており、臨場感が伝わってきます。しかし、娯楽作品でもあるので、ヤクザを感情移入させやすい魅力的な存在に描いています。
ヤクザ歴史に関するまとめ
今回は、ヤクザの歴史を極道・暴力団との違いや指切り・刺青の意味なども交えて解説しました。日本の裏社会に根付くヤクザは、意外にも平安時代から存在。そこから集団として徒党を組んで、現代のヤクザ組織となりました。
実態をあまりよく知らないヤクザを知ったことで、ヤクザ世界の流儀に理解が深まったと思います。この記事を通してヤクザの歴史に興味をもっていただけたら幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ウィキペディア見ながら書いてそう
すごい。
君の声は、遠い
新石切薬局・山岡信也は、詐欺と脱税で、隠し財産隠す。東石切町4
うん、浅い
あなたふらふらふらふらミンゴ
ヤクザは強面の人の集団だけのようですが、現在は経済ヤクザとして分からないように活躍している場合があります。例えば建設コンサルタントを買収し、そこから建設に絡んでゆくとかです。地方では選挙協力を通して、影響力を強めてゆくとかです。そうゆうことも調べられると、より内容が深くなるのではないでしょうか。
↑は?
明日今日よりも好きになれる
草
セックス
sex俺もしたい
やめろ
そ、それな~
お前は~?
プーさん
きもいよ