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キング牧師とは何した人?生涯・年表まとめ【演説や功績、暗殺された理由も紹介】

キング牧師の功績

功績1「公民権運動のきっかけを作った」

バス・ボイコット運動のきっかけとなった黒人女性ローザ

キング牧師の最も大きな功績と言えるのが公民権運動です。1955年のバス・ボイコット運動でキング牧師は先頭に立って運動を成功に導いたことで、各地で非暴力による運動が盛んに行われるようになりました。

実はこの運動でキング牧師は自宅を爆破されています。彼のすごいところは、家族や自分の身に危険が迫ってもなお、運動を続けたことでしょう。恐怖にも怒りにも負けなかったキング牧師の強い精神力があったからこそ、人々は彼の後をついてきたと言えます。

功績2「非暴力を貫きノーベル平和賞を受賞した」

キング牧師はガンディーをお手本に公民権運動を起こした

キング牧師はすべての運動で非暴力を人々に説き、貫いてきました。非暴力と聞くと、解決に結びつかない消極的な態度に思えます。しかし、キング牧師は暴力ではなく、不服従によって、抵抗しました。

黒人は現状に満足していない、と態度で示したのです。上記のバス・ボイコット事件に代表されるように、暴力は決して用いず、理不尽なルールに従わない姿勢でもってキング牧師は公民権運動を成功させました。

もし、解決の手段に暴力を選んでいたら、多くのアメリカ人から共感を得られずたくさんの血が流れていたかもしれません。平和的に解決したキング牧師の功績は大きく、史上最年少でノーベル平和賞を受賞するに至りました。

功績3「『I have a Dream』演説で公民権法の進展を後押しした 」

「I have a Dream」演説が行われたリンカーン記念堂

キング牧師の最も有名な演説と言えば「I have a Dream」です。アメリカは社会的にスピーチが重要とされる文化ですが、そのなかでもキング牧師の演説は20世紀のアメリカで最高の演説であると評価されています。

キング牧師が行った「I have a Dream」演説は、人種差別の撤廃と異なる人種同士の協和という、ともすれば遠い国の出来事のように思えてしまう理想を、簡単で身近な言葉へと言い換えて多くの共感を得ました。

具体的でイメージの浮かぶ演説は、公民権運動のためにワシントンDCへ集まった人々だけでなく、アメリカ中の人々へと思いを届けました。届けられた思いはさらに自由を求める気持ちを人々に呼び起こし、公民権法の成立を後押ししたのです。

キング牧師にまつわる都市伝説・武勇伝

都市伝説・武勇伝1「キング牧師はアメリカ政府に暗殺された?」

暗殺されたキング牧師

1968年4月4月4日、テネシー州メンフィスの宿泊先のモーテルでキング牧師は暗殺され、ライフルの指紋から犯人は、人種差別主義者の白人ジェームス・アール・レイだということが分かりました。ところが、彼は単独犯ではなく背後にアメリカ政府やCIAがかかわっていたという説があるのです。

なぜ政府やCIAなどの組織がキング牧師を暗殺する必要があったのでしょうか。その理由は、ベトナム戦争に対する反戦デモを行ったり、ベトナム戦争を批判したため邪魔になったからだと言われています。

実際、犯人のレイは攻撃的な性格ではあるものの、暗殺の前日まで刑務所にいたと言われています。そんな犯人レイが、どうしてキング牧師の宿泊先を知っていたのでしょうか。また、犯人は逮捕後、米国下院暗殺問題調査特別委員会で「 ラウールという男にはめられた 」と証言し、無実を主張したとのことです。しかし、彼は獄中で病死したため、真相は闇に葬られたままとなってしまいました。

都市伝説・武勇伝2「キング牧師は自分の死を予知していた」

キング牧師は演説で自らの死を予言していた?

キング牧師は数多くの演説をおこなってきました。それぞれの演説の内容は、非暴力を訴えながらもその場にいる黒人たちを力づけ、人種差別撤廃に向けて結束を強める内容のものが多いですよね。

しかし、1968年テネシー州メンフィスのメイソン・テンプルでおこなった演説は一風変わったものとなりました。演説の内容が自らの死を予言していたのではないか、ととれる内容だったからです。

公民権運動のリーダーとして活動してきた中で、脅迫されたり、実際に命を狙われたことも何度もありますが、このような内容の演説をおこなったことはなかったようです。

なぜ、この日に限って自らの死を予言するような内容の演説をおこなったのでしょうか。実際に、この時この場で演説を聞いていた人々は、「不吉な予感に震えた」と後に語っているようです。そして、その不吉な予感は悲しい現実となり、翌日宿泊先のモーテルでキング牧師は暗殺されてしまいました。

都市伝説・武勇伝3「女性関係でFBIに脅迫されていた?」

キング牧師の死後、側近の証言やFBIの調査で明らかになった

平和的な手段で公民権運動に貢献したキング牧師ですが、実は女性関係ではだらしない一面がありました。さらにFBIに浮気の現場を盗聴・録音されており、それで脅迫されていたようです。

妻コレット以外の女性と密会していた証拠の録音テープと共に、不倫関係を暴露すると脅す内容の手紙が送られており、さらには自殺するよう暗に迫るような内容の手紙まで送られ、キング牧師は執拗な脅しを受けていました。

キング牧師の略歴年表

1929年
アメリカ合衆国ジョージア州アトランタに生まれる
バプテスト派の牧師の家に、父マーティン・ルーサー・キングと母アルバータ・クリスティーンの元に長男として生まれました。姉と弟の3人兄弟です。
1954年
牧師として教会で働き始める
父と同じく聖職者の道を選んだキング牧師は、25歳の時ボストン大学神学部で博士号を取得し、卒業するとアラバマ州モントゴメリーの教会で牧師として働き始めました。
1963年
バスボイコット運動
黒人女性ローザ・パークスが逮捕されたことに怒ったキング牧師は、「いかなる場合にもバスに乗らない」というバスボイコット運動を指揮し、連邦最高裁判所からバス車内人種分離法違憲判決を勝ち取りました。
1958年
暗殺未遂
ハーレムで黒人女性に胸にナイフを胸に突き立てられましたが、一命を取り留めました。
1963年
バーミングハムで解放運動
最も人種差別が激しかったアラバマ州バーミンガムでデモを開始しました。この抗議デモの最中に逮捕され、一週間投獄されました。
1963年
ワシントン大行進
人種差別即時撤廃を求め、役20万人がワシントンD.C.のリンカーン記念堂前のワシントン記念塔広場に集結しました。
1964年
ノーベル平和賞を受賞
公民権運動への貢献と、非暴力を掲げ人種差別撤廃運動を指揮していたことを評価され、ノーベル平和賞を受賞しました。
1968年
暗殺
メンフィス市内にあるロレイン・モーテルの2階バルコニーで、白人男性ジェームズ・アール・レイにライフルで撃たれました。弾は喉から脊髄に達する致命傷となり病院に搬送されたものの、死亡しました。
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