この記事を書いた人
某週刊誌の元記者
Rekisiru編集部、東条りな(とうじょうりな)。新卒で某有名週刊誌を運営する出版社に入社。8年勤務したのち結婚を機に退社。芸能ネタとネットゴシップ収集が生き甲斐であり趣味であり仕事。現在はWeb系メディアを中心にメディア編集業に従事。
25位:城田優&ペピー・フェルナンデス

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城田優さんは、映画「純ブライド」などに出演した俳優でありタレント。城田さんの母は、スペイン出身のタレントとして活躍したペピー・フェルナンデスさんであり、父は放送作家の城田光男さんです。

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ペピーさんは親からDVを受けていたために、19歳の時に日本に来日。テレビのコメンテーターやタレントとして活躍し、「ルックルックこんにちは」などに出演していました。彼女は4回の結婚歴があり、城田優さんは5人兄弟ですが、3人とは父親が違うのだそう。

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城田優さんの父親はペピーさんにとって2番目の夫であり、兄の城田純さんは父親が同じ兄弟です。なお、城田純さんも俳優・声優として活躍しており、芸能一家といえます。父親の城田光男さんはペピーさんと1984年に結婚。優さんを含めた2人の子供に恵まれています。

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しかし1889年にペピーさんは、子供たちを連れてスペインに帰ってしまい、現地の日本語ガイドをしていたのだとか。城田優さんは4年間スペインで過ごしていますが、芸能界を夢見て日本に帰ってきています。婚姻関係は続いていたペピーさんですが、来日した1994年に城田光男さんと離婚しました。

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帰国後ペピーさんは、「ここが変だよ日本人」に出演。タレント活動へ復帰し、スペイン料理店も営んでいたようです。城田優さんは西洋系の顔立ちであるためオーディションに100回以上堕ちたといいますが、2003年に「美少女戦士セーラームーン」で俳優デビューしました。

2026年現在も、舞台を中心に芸能活動を続けています。なお、父の城田光男さんや母のペピーさんとの仲も良好であり、SNSで家族が集まる姿も。父親が違う兄弟とも関係は良好であり、「美男美女兄弟」と度々ネットでも話題になる存在です。
24位:降谷建志&古谷一行

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降谷建志さんは、ロックバンド「Dragon Ash」のボーカル・ギター。降谷さんの父は、「稀代の色男」と呼ばれ、サスペンスドラマ等で活躍した俳優の古谷一行さんです。降谷さんの母は元キャビンアテンダントであり、1973年に結婚。生まれたのが降谷建志さんでした。

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降谷さんは1996年に「Dragon Ash」を結成し、ボーカルとしてデビュー。この時に本名の「古谷」ではなく、「降谷」と漢字を変えていました。理由は「親の七光り」と言われるのが嫌だったためだといい、古谷さんの息子であることを隠していたといいます。

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その後「Dragon Ash」が有名になり、古谷一行さんと親子であることが発覚しました。親子関係を公表してからは、古谷一行さんが主演・プロデュースを務めた映画「手紙」で共演したり、「Dragon Ash」のアルバム「Viva La Revolution」のTVCFでも親子共演も実現しています。

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なお、降谷建志さんの息子である降谷凪さんも2020年の映画「ラブレター」で俳優デビュー。約200人のオーディションから選ばれたのだそう。3代にわたって芸能活動に携わっています。建志さんの妻はタレントのMEGUMIさん。2人は凪さんの現場を訪れ、撮影を見守っていたといいます。

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ネット上では降谷凪さんに対して、
「古谷一行さんのように素敵な役者になれるとよいね」
「おじいちゃんの血を引いても名優だし、スカッとジャパンのMEGUMIの演技の血をひいても、おもしろい!!」
「親が芸能人だと、すぐ簡単にデビュー出来る気がするが、輝やけ無かった時はダメージ大きいね。」
などといった肯定や否定の混じったコメントで溢れています。凪さんには、父の建志さんのように親の威光に頼らずにすむかが注目されるところです。