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フローレンス・ナイチンゲールの名言21選!その言葉の意図や背景も解説

フローレンス・ナイチンゲールとは、19世紀に活躍した看護師であり、看護師という職業の地位を飛躍的に高め、公衆衛生という概念を世界にもたらした偉大な女性です。

クリミア戦争という地獄を経験した彼女は、そこで学んだ「看護」という行為の重要性を世界に訴え続け、60年にも及ぶ長い戦いの末に、世界の医療体制をがらりと変革させた、まさに「世界を相手に戦った女性」と言っても過言ではありません。

この記事では、そんなナイチンゲールの名言について、時代背景や発した意図なども含めたうえで解説していきたいと思います。「人命」「看護」「人の愛」「行動」といったような分野に対しての名言が多く、彼女の「人間愛」が感じられる非常に前向きな言葉ばかりなので、励まされる人も多いでしょう。

もっとも、文書こそ大量に残していながら、あまり自身の事を語らなかった彼女ですので、その大半の意図は想像するしかありません。その点に留意しつつ、ご覧になっていただければと思います。

ナイチンゲールの名言と意図、背景

クリミアの天使・ナイチンゲール
フローレンス・ナイチンゲールとは何をした人?生涯・功績まとめ【年表や名言、エピソードも紹介】

若い時分より看護の道を志し、90歳でこの世を去るまでの間、一貫して「看護」の重要性を世界に向けて説き続けたナイチンゲール。そんな彼女の名言をいくつか紹介していきましょう。

「精神」の名言

天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者である。

「クリミアの天使」と称され、看護師の代名詞である「白衣の天使」という異名の元ともなったナイチンゲール。しかし彼女自身は、「天使」という呼ばれ方を好んではいなかったようです。

史実を少し調べればわかりますが、ナイチンゲールの本質は「戦う女性」。清楚可憐な「天使」のイメージを押し付けられることは、彼女としてはあまり快くはなかったのかもしれませんね。

私は地獄を見た。私は決してクリミアを忘れない。

フローレンス・ナイチンゲールという偉大な看護師の原風景。クリミア戦争の最前線の光景を表した言葉です。

下水の上に建てられた野戦病院。蔓延する感染症。不衛生なベッド。そして、そんな惨状を見てみぬふりで済ませる軍医長官……。

まさに「地獄」と形容するに相応しいその光景を経験したことが、ナイチンゲールが看護と公衆衛生の普及と発展に力を尽くす原動力になったのかもしれません。

子を失う親のような気持ちで、患者に接することのできない、そのような共感性のない人がいるとしたら、今すぐこの場から去りなさい。

クリミア戦争後、長年の夢であった看護学校を設立したナイチンゲールが、入学生たちに告げた言葉です。非常に厳しい言葉ですが、「看護」という行為の重要性を文字通り体現した彼女が口にすると、説得力と重みが違います。

「病人を”看”て、”護”る」とはどういうことか。その厳しさと求められる覚悟を問う、ナイチンゲールという強い女性を象徴する言葉だと言えるでしょう。

自分の命より大切なものが多くなると、人間、気苦労が多くなる。

ナイチンゲールにしては珍しい、弱音のようにも受け取れる言葉です。

とはいえ、語っている内容の大きさは一般人とは桁違い。きっと彼女の「命より大切なもの」は、「患者たち」や「医療の発展」という、世界規模の大きさのものだったに違いありません。

立派な男性が求婚すれば、女性がそれを受諾しない理由はない、という考えにはまったく賛成できない。

当時としては異質としか言いようのない、ナイチンゲールの結婚観です。現在では当たり前のことを言っているだけのようにも見えますが、この言葉は実は非常に広い範囲に当てはまる言葉です。

「○○だから当たり前」「××してくれるのが当然」なんて事柄は、実はこの世には存在しません。そういった行為は全て、根本的には誰かの善意によって成り立っているのです。

過剰なサービスを「当然」と認識する”お客様”や”視聴者様”がはびこる現代。今一度この言葉を見つめ直して、様々な事柄の裏にある善意を再認識してみてはいかがでしょうか?

命を奪われた男たちの前に立って思う。生きている限り、彼らを死に追いやった相手と戦い続けると。

ナイチンゲールの鋼の意思の、まさに原型だと思われる言葉です。

命尽きるまで看護や衛生の発展に力を尽くし続けた彼女は、言葉通りにこの宣言を全うしたと言っても過言ではないでしょう。

価値ある事業は、ささやかな、人知れぬ出発、地道な労苦、地道な苦闘のうちで、真に発展し、開花する。

クリミア戦争の野戦病院へ派遣された当初、ナイチンゲール達看護師団の仕事は、トイレ掃除だけでした。そんな地道な部分からナイチンゲールは院内で勢力を拡大していき、兵士たちから「天使」「母親」と称されるまでになったのです。

人は”良い結果”ばかりをすぐに望み、地道な努力を敬遠する傾向があります。しかし、それで本当にいいのだろうか?ナイチンゲールのこの言葉は、そんな人の弱さに真っ向から問いかけてくるようです。

「行動」の名言

進歩のない組織で、持ちこたえたものはない。

クリミア戦争の最前線である野戦病院で、事なかれ主義の軍医長官と何度も対立したナイチンゲール。本国への帰還後も、看護や公衆衛生の重要さを政府機関に訴え続け、彼女は「小陸軍省」とも綽名されたと伝えられています。

そんな「小陸軍省」である彼女の精神を現した言葉ではありますが、言われてみれば当たり前のこと。事なかれ主義や”忖度”が蔓延する現代社会においても、権力者の方々に噛み締めてほしい言葉です。

今年で30歳になる。もはや子供っぽいことは終わり。無駄なことも、恋も、結婚も。

先述した通り、一生を独身で過ごし、看護や衛生の発展に尽力を続けたナイチンゲール。30歳になった彼女が手記に残した言葉です。

「”フローレンス・ナイチンゲール”という一個人の幸福ではなく、世界中全てにもたらされる幸福を優先する」という、彼女の鋼の意思が伝わってくるようです。

経験をもたらすのは観察だけなのである。

クリミアの野戦病院で、次々に命を落としていく兵士たちを観察し、その原因が感染症にあることを突き止めたナイチンゲール。後に統計学者としても功績を遺す彼女らしい、理論的で端的な言葉です。

病院の第一の条件は、患者に害を与えないことである。

ナイチンゲールが残した功績の中で、最も広く現代にまで残っているのは、病院の建築構造を立案したと言う部分でしょう。「ナイチンゲール病棟」と呼ばれたその建築構造は、現在も多くの病院で採用されています。

きっとナイチンゲールの考えた建築構造が、現代に至るまで活用され続けているのは、この言葉が彼女の発案の根底にあり、それが看護にとって何より重要な事だったからなのだと思います。

どんな仕事をするにせよ、実際に学ぶ事ができるのは現場においてのみである。

「現場と上層部の対立」というのは、ドラマなどでもよく描かれる、組織にとって永遠のテーマです。この名言は、そういった対立に一石を投じる言葉だと言えるでしょう。

現場に出ていない者に現場の事は分からないもの。当たり前の摂理ではありますが、現代ではもう一度振り返るべき言葉のように思えます。

人の思いは、言葉に変わることで無駄にされているように、私には思えるのです。

「平和な方がいい」と、誰もが口ではそう言いますが、そのために自分で行動を起こせる人は、一体どの程度存在するでしょうか?

この言葉には続きがあり「それら(思い)は皆、結果をもたらす行動に変わるべきものなのです。」と続きます。

ナイチンゲールが口にすると重みが格段に違う、現代を生きる我々すべてが考え直さなくてはならない言葉だと言えるでしょう。

私が成功したのは、決して弁解したり、弁解を受け入れなかったからです。

医療物資を緊急で補給するために木箱を叩き割ったり、軍医長官にピストルを突きつけた、なんて逸話も持つナイチンゲール。そんな彼女の、苛烈な人柄がよく表れた名言です。

何か失敗をしてしまうと、基本的には言い訳を考えてしまうのが人の性。けれどナイチンゲールは、自分にも他人にもそれを許さない厳しさを持っていたからこそ、偉大な女性として大成することができたのでしょう。

恐れを抱いた心では、何と小さいことしかできないことでしょう。

政府機関や権力者にも臆することなくものを言い、命知らずレベルの恐れ知らずだったとも言えるナイチンゲール。

そんな彼女が恐れ知らずだったのは、もしかするとこういった考えをずっと持ち続けていたからなのかもしれません。

「愛」の名言

愛というのは、その人の過ちや自分との意見の対立を許してあげられること。

有力な貴族の子女であり、17歳ごろまでは「舞踏会の花」ともてはやされて婚約者までいたナイチンゲール。しかし彼女は婚約を破談にし、生涯を独身で過ごしたと言います。

そんな彼女の語る「愛」は、おそらく「恋愛」ではなく「母性愛」だったのでしょう。それ故に彼女は、戦場で戦う優も追う名兵士たちから、母のように慕われる看護師となったのです。

最も上手に人をおさめるのは、その人のためになること、その人にとって最高の利益になることを、親身になって考える人です。

看護学校の校長になったナイチンゲールは、学生たちに対して非常に厳しく接していました。医療や看護の知識だけでなく、日常的な所作や言葉遣いまで厳しく指導し、日記の提出をさせて文法や誤字のチェックまでしていたと言います。

しかし、ナイチンゲールの看護学校を卒業した生徒たちは、全国各地の大病院から引っ張りだこになり、彼女たちはナイチンゲールの遺志を受け継ぐ者として、立派に大成を果たしたのです。

甘やかすのではなく、厳しく接することも時には重要。多くの人、とりわけ子を持つ親などには特にささる名言だと言えるでしょう。

「理想」の名言

あなた方は進歩し続けない限りは退歩していることになるのです。目的を高く掲げなさい。

偉人の名言によくある「とにかく進み続けろ」系の名言です。

正直よく聞くタイプの名言ではありますが、「当時の社会的に地位の低い女性」「軍や官僚との度重なる対立」「”看護師”という当時では最底辺の職業」という逆境だらけの状況で、一生を掛けて目的を果たした彼女が言うと、正直説得力が段違いになる言葉だと感じます。

人生とは戦いであり、不正との格闘である。

これも、ナイチンゲールという女性を象徴する言葉だと言えるでしょう。権力者相手にも一歩も引かず戦い続けた彼女にとって、その人生はまさに戦いの歴史でした。

事なかれ主義だったイギリス政府と論戦を続け、ついには女王すら動かした不屈の女性。彼女の人生を表すのに、この20文字足らずの言葉以上の表現は見当たらないような気がします。

構成員の奉仕の精神にも頼るが、経済的援助なしにはそれも無力である。

看護体制の発展に力を尽くしたナイチンゲールですが、現代で言う「赤十字」のような、無償での医療奉仕組織の設立には、意外なことに反対の立場を取っていました。

「正当な奉仕には、正当な労働としての対価を」。ナイチンゲールはきっと、このように考えていたのでしょう。

様々な職種に、報酬や労働環境的なガタが来ている昨今ですので、今こそこの言葉を考え直す時なのではないでしょうか?

私はすべての病院がなくなることを願っています。

筆者個人として、この言葉が最もフローレンス・ナイチンゲールの強さと凄さを表す言葉だと思っています。

自分の尽力した証が、遠い未来に存在しなくなる事を願って尽力し続けた女性。その無私の精神は、真似しようと思って真似できるものではありません。

遠い未来、病が根絶された世界が訪れたとしても、この言葉を口にして医療の発展に尽くした、フローレンス・ナイチンゲールという偉大な女性がいたことを、歴史の中で誰かに覚えていてほしいと思います。

ナイチンゲールの名言に関するまとめ

以上、ナイチンゲールという偉大な女性が残した名言の数々を紹介いたしました。

「無私の奉仕精神」を持ち合わせながら、周囲には決してそれらを強制することなく、ひたすらに誇り高く目的に向かって駆け抜けた彼女。そんな彼女が残した言葉は、当たり前の摂理のようでありながら、現代を生きる我々を母親のように励ましてくれるものばかりです。

「目標にすべき名言」は多々ありますが、「励ましてくれる名言」というのは、歴史上に多くある言葉の中でも、かなり貴重なものなのではないでしょうか?

この記事を読んでくれた皆様が、紹介した名言を心に刻んでくれると嬉しいです。