聖ペトロの運命を決めた「ドミネ・クォ・ヴァディス教会」
ドミネ・クォ・ヴァディス教会は、聖ペトロが、皇帝ネロの迫害から逃げようとした際にイエスに会った場所に建てられた教会です。教会の名前も、この出来事に由来しています。
カトリック教会の古い言い伝えによると、ペトロはイエスに「主よ、どこへ行かれるのですか?」と尋ね、イエスはこれに「ローマへ再び十字架にかかりにゆく」と答えたそうです。
ペトロの問いかけはローマの言葉に直すと「ドミネ・クォ・ヴァディス」となり、そのまま教会の名前として使われました。ちなみに、イエスの答えを聞いたペトロは逃げようとした我が身を恥じて、ローマへ戻って逆さ十字架にかけられたそうです。
こちらの教会に行く場合は、カラカラ浴場からバスが出ているので、そちらを利用すると良いでしょう。
歴代法王が眠る「サン・カッリストのカタコンベ」
サン・カッリストのカタコンベは、その周辺にあるカタコンベの中で最も大きく、重要なものです。カタコンベとは、キリスト教ができたばかりの頃にできた共同地下墓地のことです。
サン・カッリストのカタコンベ内は広大な迷路のようになっています。地下4層で全長20km、約10万人の人々が眠っており、中には3世紀の法王や貴族もいます。また、内部には壁画や装飾がなされており、初期キリスト教の美術も見学可能です。
ローマの貴族の墓「チェチーリア・メテッラの墓」
チェチーリア・メテッラの墓は、アッピア街道で最も有名な遺跡です。大きな円筒形で、一見すると白亜の城または塔のように見える建物です。
墓の名前となっているチェチーリア・メテッラとは、三頭政治(3人の政治家による独裁政治のこと)を成立させたクラッススの長男に嫁いだ、貴族の娘のことを指します。
名門貴族が、このような大きな墓を建造できるほどにローマが豊かだったことが見て取れますね。ちなみに、こちらも中に入って見学できます。
アッピア街道の終点「クインティーリ荘」
クインティーリ荘はローマ市から歩いていける、アッピア街道の終着点です。古代ローマにおいてはクインティーリ一族の邸宅であり、後に皇帝によって拡張されました。結果、当時のローマで最も広い豪邸として有名になったそうです。
建物は高台にあり、高さ14mもの天井を持つ浴場施設や住居が築かれました。古代ローマの露天風呂となっているポイントもあり、優美なアーチの間からは歴史情緒あふれるローマ市を一望できます。また、庭には井戸が設置されており、現在も見学できます。
アッピア街道に面した入り口には小さな博物館があり、そこでは遺跡から発掘された彫刻やモザイクの鑑賞が可能です。
アッピア街道へのアクセス
アッピア街道への行き方はさまざまですが、ここでは2つ紹介します。
1つ目は地下鉄A線に乗って、サン・ジョヴァンニ駅で下車する方法です。電車から降りたら、218番のバスに乗ります。こちらはサン・セバスティアーノ門やドミネ・クォ・ヴァディス教会にまで送ってくれます。
ただし、教会からはアルデアティーナ通りを走行するため、アッピア街道からは少し外れてしまうので注意してください。
2つ目は地下鉄B線に乗り、コロッセオ駅前のバス停を利用する方法です。こちらはコロッセオの見学もしたい方におすすめです。バス118番に乗り、見学したいスポットで降りると良いでしょう。バスは
- カラカラ浴場
- クオ・ヴァディス教会
- サン・カッリストのカタコンベ
- サン・セバスティアーノ聖堂とカタコンベ
- クインティーリ荘
と進みます。アッピア旧街道を実際に歩きたい方は、クインティーリ荘で下車し、アッピア旧街道からチェチーリアメテッラの墓へ向かうとよいでしょう。注意点は、季節によって日曜祝日はコロッセオ前にバスが停車しない場合があることです。
この場合は、ヴェネツィア広場から乗るか、カラカラ浴場で乗車しましょう。
アッピア街道を題材にした作品
ローマの象徴でもあるアッピア街道は、様々な作品でモチーフになっています。その中で、日本でも知られているものを紹介します。
レスピーギ作曲『アッピア街道の松』
イタリアの作曲家であるオットリーノ・レスピーギが1924年に発表した交響詩『ローマの松』。全4部で構成されているこの作品の最終部である第4部を飾るのが、『アッピア街道の松』です。
レスピーギはこの作品で古代ローマを想起させる演出を取り入れていて、夜明けの霧の様子を描いた静かな前半に対して、後半では軍隊の行進のようなリズムを使い、力強く盛り上がりのある曲となっています。
ボードゲーム「アッピア街道」
2013年に発表された「アッピア街道」というボードゲームは、シンプルながら奥深いゲームとして知られています。プレイヤーは街道に石畳を敷いていく職人となって、終点のブリンディジを目指します。道中でお金や敷石を手に入れながら、ゴール時点でポイントが最も高かったプレーヤーの勝利となります。
街道を職人と旅人両方の目線で味わえ、友人たちと楽しみながらアッピア街道を知ることができます。
アッピア街道に関するまとめ
今回はアッピア街道の成り立ちとその使われ方、そして現在の状況をまとめました。古代ローマ帝国ではアッピア街道を参考にして多くの街道を作り、現代の高速道路にも負けない強靭な軍事道路網を作り上げました。これが現在のスペインからエジプト、トルコにまで勢力を広げる大帝国を生み出す基盤となったことは間違いありません。
興味を持っていただいたり、もっとアッピア街道のことを知りたいという方は、イタリア・ローマに観光し、実際に自分の足で確かめてみると良いかもしれませんね。